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領地に帰る途中、拾いました


 がたがたと舗装されていない道を馬車が進む。

 久しぶりに王都を離れ、領地に向かっていた。ネスビット侯爵家は辺境の要として国の東部に領地があった。馬車で移動した場合、十日ぐらいかかる。ただし、ルエラは王都から転移魔法を使うため、近い街まで移動してからの馬車だ。あと半日もすれば、ネスビット領の屋敷に到着する。

 窓から外の様子を眺めていれば、前の席に控えている侍女のハリエットがそっと声をかけてきた。


「お加減はどうですか? 揺れが厳しいようなら、休憩を挟みます」

「痺れが強くなっているけれども、まだ大丈夫」

「あまり無理なさらないでくださいね。この移動もお体に障りますのに」


 ハリエットは納得していないような顔をしている。ルエラは心配をかけている自覚があったので、素直に頷いた。


「わかっているわ。でも二十日も屋敷にいて、つまらなくなってしまったんですもの」

「つまらないだなんて」


 やや呆れを含んでいたが、ルエラは気にしなかった。目が覚めて、こうして何とか出かけられるようになるまでに二十日かかった。毎日のように治癒魔法をかけていてこの状態だ。ハリエットの言うように、まだ屋敷でゆっくりと横になっていた方がいいのは間違いない。


「どうしても王都にいたくなかったのよ」

「お嬢さま」

「聞きたくないことまで入ってくるもの」


 毒によって自由にならない体であったが、それでも意識があれば色々な情報が入ってくる。最初の頃は家族によって情報自体が遮断されていたが、状況がわからない状態の方が不安だと強く訴えた。両親はあまりよい顔をしなかったが、兄があっさりと今の状況を教えてくれた。


 ルエラの婚約は白紙に戻ったこと。

 そのことをグウィンは知らされていないこと。


 こちらは母との会話でわかっていた。それでも淡々と事実だけ告げられると、胸がぐっと痛んだ。長い間、グウィンを支えなくてはいけないと思って生きてきたから、引きはがされるような痛みがあった。


 情報はこれだけで終わらなかった。


 グウィンたちの行動も二日に一度の頻度で報告書が上がってくる。どこの店でバカ騒ぎしたとか、仮面舞踏会に飛び込み参加をしたなど。


 もちろん一人ではない。行動する時には側近たちが側にいるし、さらに悪いことにグウィンが常に側に置いているのはジェイニー・フレーザーだ。


 二人はとても距離が近く、知らない人が見たら、恋人同士かもしくは婚約者同士ではないかと思えるほど。


 報告書を読んでいるだけなのに、その様子がありありと思い描ける。二人は心を通じ合わせた運命の恋人同士のように、晴れやかな笑顔で毎日楽しく過ごしているに違いない。


 やりたいことをやって本人は満足だろうが、ルエラやグウィンを支える貴族たちにとっては裏切りにも近い行為だ。第二王子に劣らないようにと、必死に積み上げたグウィンの実績を、評価をあっという間に崩してしまった。


 今ではもう、第一王子を支える貴族は一人もいない。皆、グウィンに王太子としての資質なし、と密かに行われた王太子決定の事前議会で満場一致したそうだ。通常なら、お互いの功績を並べ、これからの未来どちらの資質がより国王に向いているか判断する場だというのにだ。


「あんなにも力を合わせて王の後継として相応しい様にと積み上げたのに、なくなってしまうのはあっという間ね」

「……」


 しみじみと呟けば、ハリエットは黙ってしまった。その表情には悔しさとやりきれなさが滲んでいて、見ているルエラの方が申し訳ないと思ってしまうほどだ。彼女がそんな気持ちになる理由はわかっていた。毒を飲んだ日、彼女がルエラの付き添いだったからだ。


「あのとき、わたしが無理にでも同席していたら」

「下がるように言ったのは殿下よ。わたししか拒否できなかった。だから、自分のせいだと責めないで」

「ですが」


 ぽろぽろとハリエットが泣き出した。彼女の涙を見たのが初めてで、ルエラは目を見張る。そして、ポケットからハンカチを取り出すと、少し身を乗り出して、彼女の涙をぬぐった。


「ああ、泣かないで。あの時すぐに屋敷に帰れるようにお父さまに連絡してくれたでしょう? おかげで、城に閉じ込められることがなかった。あなたができることをしっかりとしてもらったわ」

「だって、あんな場所にお嬢さまを置いておくなんて、絶対にイヤだったんです」


 その泣き方から、ルエラは自分が意識を失った後どんなやり取りがあったのか、理解した。意識がないルエラのすぐ側で、言いたい放題、暴言を吐いていたのだろう。陰口を叩かれていることは知っていたが、死にそうなルエラの横でも同じように、もしかしたらさらにひどく罵っていたに違いない。


 口元に笑みを刻み、強い目でハリエットを見つめる。


「ごめんなさい、気が付かなかったわ」

「お嬢さま」

「毒を盛られたことは怒りしかないけれども、婚約が白紙になってよかったと今は思っている」


 きっぱりと言えば、ハリエットがさらに号泣した。泣きたいだけ泣かせようと静かに見守っていると、がたりと馬車が大きく揺れて止まった。


「……?」


 ルエラは御者に声をかけた。


「どうしたの?」

「お嬢さま、道に何か落ちています」

「落ちている?」


 御者の言葉がよくわからなくて、ハリエットと顔を見合わせた。


「護衛が確認してまいりますので、しばらくそのままで」


 そう注意をされてしまえば、大人しくしているしかなく。興味津々で窓の外を見ていれば、ハリエットがそっとルエラの腕を押さえた。


「それ以上乗り出してはいけません。もう少し中の方へ」

「危険はないみたいよ?」


 ここから見える範囲での確認になるが、護衛がしゃがみこんで会話をしているところを見れば危険なものではなさそうだ。


「ちょっと様子を見てきたいわ」

「お嬢さま」

「ほんの少しじゃない……」


 そんなやり取りをしている間に、扉がノックされた。慌てて窓の方を向けば、護衛が困った顔をしている。


「どうしたの?」

「それが。あそこに横になっていたのはどうやらネスビット侯爵家に雇われている魔術師のようでして」

「え、我が家?」

「はい。特別契約の証も確認いたしました」


 特別契約と聞いて、驚きに目を見開いた。


「まあ、それでは拾って帰った方がいいかしら?」

「できれば」


 そんな会話を始めたところで、ハリエットが大いに反対した。


「いけません! 得体が知れていても、男です。お嬢さまと一緒にするわけにはいきません!」

「でも、死にそうなのよね?」

「怪我はしていないのですが指一本、動かせませんね」

「もしかしたら魔力の枯渇かしら?」


 護衛は微かに頷いた。どんなに強い魔術師であっても、魔力が枯渇すれば死に至る。死にかけているということであれば、ルエラに怪我を負わすこともないだろう。


「お嬢さま!」


 悲鳴のような声をあげるから、安心させるように微笑んで見せた。


「大丈夫よ。我が家の特別契約は特殊なの。ネスビット侯爵家に攻撃しようとすると、契約の呪いが発動するようになっているのよ」


 結構えげつない呪いが契約の中に仕込まれている。

 そのことを知っているハリエットは渋々と言った様子で、口をつぐんだ。


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