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下される罰


 特に予定もなく、規則正しい生活を送っていた。

 それは領地での療養とあまり変わらない。一つ変わったとすれば、ユリシーズが街に出かけて行っては、色々と買ってくるところだろうか。


 街にふらりと出かけては、ルエラに贈り物を持ってくる。ガラスペンや便箋など、可愛らしいデザインで女性が好みそうなものではあるが、実用的なものがほとんどだ。


 大掃除をした後からなので、可哀想だと思う気持ちからだったとしても、彼がルエラのことを考えて選んでくれていると思うと嬉しかった。


「今日は何でしょうね?」

「楽しみね」


 ハリエットとそんな会話をしているうちに、ユリシーズがやってきた。初めはどこか恥ずかしげだったが、四日目にもなるとごく普通に渡してくる。


「今日はこれを。女性に人気なんだそうだ」


 そう言って渡されたのは、ころりと丸みのある可愛らしい瓶だ。中には色とりどりの、綺麗な飴が沢山入っている。お洒落なリボンが飾られていて、明らかに女性へのプレゼント用だ。


「綺麗な飴ね」

「今日は市場に行ってみたんだ。沢山の女性が買っていたので、女性が好きなんだろうと思って」

「ありがとう。嬉しいわ」


 女性が集まる店に無表情なユリシーズが交ざっているところを想像して、思わず笑顔になる。


「ユリシーズ様、また髪をぼさぼさにしているのね。街歩きをするなら、ちゃんとしたらいいのに。警備隊に不審者として捕まるわよ」

「最低限の清潔感はあるから問題ない。それに顔をあまり見られたくない。王都には貴族が多いから、自分勝手な令嬢に目をつけられるのも遠慮したい」


 自意識過剰だとは言えなかった。彼には彼の苦い経験があるし、きちんと整えると女性が見とれてしまうことは間違いない。


 ルエラは王都にいる仲の悪い令嬢達を思い出した。親しいわけではないが、茶会や夜会などのちょっとした交流から、彼女たちが一時期、競うように見目の良い護衛を連れて歩いていたのを知っている。ユリシーズがそんな彼女たちの言いなりになるとは思えないが、しつこく絡まれて感情が爆発してお尋ね者になっても困る。


「ねえ、過ごしにくいようならユリシーズ様は先に領地へ戻る? わたしはもう少しこちらにいるつもりだけど」

「治療がある」

「このバングルがあるから、治療の間隔が開いても大丈夫でしょう?」


 そう言って、腕に嵌っているバングルを持ち上げて見せた。ユリシーズは眉根を寄せる。


「確かにそのバングルは優秀だ。治療の補助にはなっている」

「だったら」

「元々、ルエラ嬢の治療師としてこちらにいるんだ。気にしなくていい」


 そう言われれば、その通りで。ただ、ルエラとしてもユリシーズに居心地の悪い思いをしてもらいたくなかった。どう言えばいいだろう、と悩んでいれば、ユリシーズがそういえば、と話しだす。


「話が変わるが、領地に戻る前に師匠の所に行かないか? 師匠は口の悪い老人だが、腕は確かなんだ。そのバングルも、ルエラ嬢に合わせて調整したら、もっと治りが早くなるかもしれない」


 ルエラは手首に嵌っているバングルに目を落とした。これをつけてから、随分と体調は良くなっている。とても魅力的な誘いだ。


「転移魔法でしか行けない場所にあるんだが、ここにはローレンスも侯爵夫人もいる。ハリエットを連れて三人一度に転移しても、魔力不足にはならないだろう」

「ユリシーズ様が魔力不足になるほど遠いの?」

「地図にはない場所だから、距離はわからない。ただ、あそこに転移するといつも魔力が空になる」


 一体どんな所に住んでいるか、興味がわく。それにユリシーズの師匠にも。

 バングルの調整をお願いしてみようかと思い始めた時に、扉が乱暴に開いた。


「ルエラ!」

 飛び込んできたのはラモーナだった。ドレスではなく、魔術師団の制服を着こみ、所属がわかるローブを羽織っていた。髪もきっちりと結い上げている。

 城でも攻撃しに行くのかと、顔色を悪くした。


「お母さま、落ち着いてください! 城を壊しては駄目です!」

「失礼ね、壊さないわよ。ついさっき議会が始まったとローレンスから連絡が入ったの。ルエラも参加するなら、連れていくわ」

「え?」


 議会が始まる、それはつまり処遇が決まったということだ。そろそろだとは思っていたが、突然すぎて、ラモーナの誘いにすぐに返事ができなかった。


「わたしは無理に参加せずに結果を聞くだけでいいと思うの。だけど、ローレンスがルエラが決めることだと言うのよ」


 ラモーナはそう説明しながらも、納得できていないのか、どこかイライラしていた。ルエラが毒を飲んだ後、情報を与えるのはいつもローレンスだ。ラモーナはどちらかというと、娘を守るためにすべてを排除する行動をとることが多い。


「もちろん表には出ることはないわ。議場の様子が見える小部屋があるの。移動も転移魔法の許可も下りているし、主治医としてユリシーズ殿の入城許可を貰っているわ」


「わたしは」


 処罰を受けるのは、ずっと先の未来まで一緒にいるのだろうと思っていた人たち。


「領地にいるのなら、わざわざ聞かないけれども。王都にいるのだから、あなたの意見を尊重する」


 気持ちの混乱を抑え込むように、ルエラはぎゅっと両手を握りしめた。



 身なりを整えて、城に入る。車椅子で来るとは思っていなかった。

 久しぶりの登城に緊張した。どういうわけか、最後に来た時ばかりを思い出す。あの日はとても忙しくて。それでもグウィンからのお茶の誘いがあって、嬉しかった覚えがある。


 それも遠い昔のように感じ、そして自分たちが随分と違った関係性になってしまったのだとしみじみと思う。


「大丈夫か? 手が震えている」

「えっ?」


 車椅子を押していたユリシーズは後ろから覗き込むようにして、指摘した。自分の手に視線を落とせば、確かに両手が細かに震えている。震えを止めようと、ぎゅっと両手を握りしめた。

 気持ちの整理ができているはずなのに、体はルエラの想い通りにならない。


「どうしてかしら。震えが止まらないわ」

「ルエラ、無理をしないで。気分が悪いなら帰ってもいいのよ? 結果はきちんと伝えるから」


 優しい言葉に頷きたくなったが、それでも首を振った。


「ここで戻ってしまったら、ずっと後悔しそう」

「そう、わかったわ。直接会うことはないし、わたしもユリシーズ殿も側にいるから」


 ルエラの気持ちが落ち着いたところで、用意されていた小部屋に入った。小部屋は議場のすぐ隣にあり、大きな窓がつけられていた。この窓は特別な魔術が使われているようで、議場からは見えない。


 部屋の中にはすでにローレンスがいて、座らずに立ったまま議場を見ていた。入ってきたルエラたちに気がつくと、ローレンスは表情を和らげる。


「待っていたよ。ちょうどフレーザー子爵家の処罰が言い渡されるところだ」


 手招きされて、ユリシーズはルエラの車椅子を移動させた。

 

 国王と王妃、第二王子のジョセリン、議長と役職のある貴族たち、そしてネスビット侯爵。

 罪人としてはフレーザー子爵夫妻とロニー、何故かぐるぐる巻きにされて猿ぐつわまでしているジェイニー。少し離れた場所にグウィンとデリック、ルエラの知らない一組の貴族の夫婦がいた。


 フレーザー子爵家の人たちに比べて、グウィンとデリックはどこか他人事のような顔をしていた。それがとても不思議で、思わずローレンスを見上げた。


「どうかした?」

「あの二人だけ、どうして他人事のようなのかしら?」

「あまり厳しい罰にはならないと思っているんじゃないのか? 最後まで陛下は交渉していたからね」


 ローレンスの適当な答えに、ラモーナがばちっと魔力を弾けさせる。


「母上、あまり興奮しないでください。今回は流石に見逃してもらえませんよ」

「弱い造りなのが悪いのよ」


 苦しい言い訳をしていたラモーナにルエラがそっと触れた。


「お母さま、落ち着いてください。わたしは皆さまの判断で満足ですから」


 小声でそんなことを話しているうちに、議長が処罰を読み上げた。

 まずフレーザー子爵夫妻とロニー。こちらは禁制品の売買に関わったとして、爵位剥奪の上、辺境での強制労働十年。


 罪の内容を聞いて、驚きしかなかった。禁制品の売買とロニーが結びつかなかった。


「禁制品の売買? ロニーが?」

「そうみたいだね。城で禁制品の売買をしていたそうだ」

「……本当に?」

「あの嫡男は禁制品であることは、知らなかったみたいだ。それでも城で貴族に売ってしまった事実は変わらない」

 

 ローレンスの説明に、何も考えていないのだろうとルエラは頷いた。フレーザー子爵夫妻はルエラにとってあまり関係のある人でもなかったので、大した興味もなかった。


「……あの令嬢、どうしてあんなにもぐるぐる巻きになっているんだ」


 どうしても気になったのか、ユリシーズがローレンスに聞いてきた。ジェイニーのあの姿を見ると、不思議と緊張感がなくなる。


「暴れるし、煩いから。グウィン殿下の妻になる自分を不当な扱いをしているから訴えてやると議場に入るなり喚いたんだ」

「それは、すごいな」


 そんなことをすればああいう扱いになってしまうだろう。

 最後、グウィンとデリックの処遇を聞いて終わりというところで。

 グウィンが議長よりも先に声を上げた。


「議長殿、罰に国外追放を望みます」

「ならん!」


 国王が突然顔を真っ青にして、立ち上がった。あまりの様子に、皆が目を剥いた。議長だけは冷静で、考えるように顎を撫でる。


「陛下、少し黙っていていただきたい」

「しかしだな」

「騒ぐようなら、出て行ってもらいますが?」


 この場では国王よりも議長の方が立場が上だ。追い出されたくないのだろう、国王は渋々と腰を下ろした。


「それで、国外追放になりたい理由は?」

「この国にとって僕はもう不要な王子だ。だけど、母の祖国では違う。僕は王位継承権を持っている」

「ほほう。それは初耳ですな。確か、前王妃陛下は王女であったとは聞いていますが……本当にグウィン殿下はかの国の王位継承権があるのですか、ベグリー伯爵?」


 議長はベグリー伯爵に直接聞いた。


「今はまだこの国の王子であるので、仮の状態でございます。ですが、グウィン殿下がラフジア国での儀式を行えば、正式に王位継承権を持つことができます」

「だから僕は母の祖国に行きたい」


 淀みなく答えたベグリー伯爵とグウィンの希望に、議長は考え込む。何とか大人しくしていた国王が、グウィンの希望を聞いて再び激高した。


「何度も言っているように、ラフジア国に行くことは許さないっ!!」

「父上が決めることじゃない。それに僕は幽閉なんて嫌だ」


 国王とグウィンの言い合いに、ただただ周囲の人たちはぽかんと二人を見ていた。冷静な国王の姿はなく、ただの父親がいた。


 国外追放を望むグウィンと幽閉を望む国王はいつまでも平行線で、二人の言動は次第にエスカレートしていく。


 議長が不愉快げにぎゅっと眉根を寄せて、口を開きかけた時。ぱんという甲高い音が議場に響いた。


 音の鳴る方を見れば、王妃が扇でテーブルを叩いたようだった。

 二人は音に驚いて、口をつぐんだ。


「こんなところで言い争うなんてみっともない。国外追放、本人が望むのだからよろしいではありませんか」

「黙れ。あの国は」


 低い声で国王が王妃を威嚇する。だがそんな国王を気にすることなく、持っていた扇を優雅に広げた。


「国外追放にするのなら、陛下が望んでいたグウィン王子とその娘の婚姻を議会も許可できるのではないかしら?」


 王妃の思わぬ言葉に、ジェイニーが喜色満面の笑みを浮かべた。喜びのあまり、床を転げまわり、奇声のような呻き声が聞こえる。グウィンも王妃から後押しされるとは思っていなかったようで、驚きの顔だ。


「……ジェイニーとの結婚を許していただけるのですか?」

「わたくしは構わないわ。国外追放になるんですもの。国から出た後は好きにしたらいいじゃない」

「だから、国外追放など許さないと言っている!!」


 大声で吠える陛下に議長がため息をついた。


「国外追放はこの国にはない処罰です。ですが、断種と罪人印の魔術、二つの処置を受け入れるのなら、特別に許可をしましょう」

「何だと!」


 ぎょっとした国王は議長に噛みついたが、彼はどこ吹く風だ。


「もちろん処置が受け入れられないのなら、予定通りにグウィン王子は幽閉、他の方々は辺境での強制労働とします」


 強制労働は嫌だったのか、ジェイニーがわかりやすく飛び跳ねた。


「処置を受け入れる」


 グウィンは躊躇うことなく、国外追放を受け入れた。この国ではあり得ないほどの重い罰なのに、グウィンは喜びに顔を上気させている。


 一連の様子を見ていたローレンスが変な声を上げた。


「うわー、殿下、何も考えていないな。断種って想像を絶するほど痛いんじゃなかったかな?」

「処罰の一環ですからね。使えないようにするために痛みを心にも刻むのだと聞いたことがあるわ。罪人印も体に三箇所、魔術を焼き付けるから、かなり痛いわよ」


 冷静なラモーナの説明に、ルエラが震えた。ユリシーズも中の異常な様子に、首を捻っていた。


「あの王子、国外追放で喜んでいるが……王位継承するつもりでいるのに断種していいのか」

「いいんじゃないかしら?」

「私は何も考えていないだけだと思うな」


 ユリシーズの疑問に、ラモーナもローレンスも適当だ。


 いつもと同じ、現実を見ていない姿。

 どういう気持ちで国外追放を希望したのかはわからない。でもこれから先、彼が幸せになることはないような気がした。

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