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愛って簡単に冷める

 許せるか、許せないかと問われれば、絶対に許せない。


 よほど腹が立ったのか、夢うつつにもそんな言葉を繰り返していたような気がする。


 何度も繰り返される、あの日の茶会の場面。


 最後は必ずグウィンと寄り添うジェイニーが毒に倒れたルエラを笑いながら見下ろして。ルエラなど、どうでもいい雑草であるかのように二人は楽しそうに離れていく。動かない体を横たえ、その二人を見送った。


 二人の後ろ姿を目に映し、心の底から念じるのだ。


 絶対に許さない、と。


「許さなくてもいいと思うぞ」


 まだ完全に戻らない意識の中、笑いを含んだ声が聞こえた。気力を振り絞り、目を開けた。覗き込むようにしているのは、プラチナブロンドと青い目の男性。


「お、兄さま」

「無理に話さなくていい。喉が辛いだろ」


 がらがらの声で兄を呼べば、口の中に甘いとろりとしたものが流し込まれた。喉の痛みが引いていく。


「甘い」

「もう少しいるか?」


 首を左右に振れば、優しく頭を撫でられた。子供にするような慰めは、ルエラの口を軽くする。


「絶対に許さない。わたしに毒を盛って笑っていたのよ」

「……へえ、そうなんだ」


 いつもよりも心持ち、兄の声が低くなった。やや冷気も漂っている気がするけど、これは体が冷えているからかもしれない。体を震わせ、兄の手にすり寄った。


「なんだか寒いわ」

「ああ、熱が出るのかもしれない。もう少し休みなさい」

「ん……」


 休んでいいと囁かれ、意識が落ちていく。次の眠りは深く、嫌なシーンを繰り返した夢を見なかった。



「お嬢さま、何か欲しいものはありませんか?」


 ようやく起き上がれるようになった。毒を盛られてから、もう十日経っている。意識が戻っていても日を気にすることがなく、聞いた時には驚いた。時々誰かが体を支えながら食事をさせてくれていたのは覚えている。


「お腹は空いていないわ」


 かいがいしく世話をする侍女のハリエットに甘えながら、手を握ったり開いたりしていた。どうしても痺れが残っていて、上手く力が入らない。足も同じ。今は飲み物を飲むことも、寝台で起き上がることさえも、ハリエットの手助けがいる。


「では、気が向いたら摘めるものを用意しましょう」

「後でいいのに」

「目の前にあれば、食べたくなるかもしれませんでしょう?」


 そういうものかしら、と思いつつも、用意する気満々の彼女を止めるのは無理だった。気乗りしないまま曖昧に頷けば、嬉しそうに部屋を出ていく。

 こうしてゆったりと過ごせるのはとても久しぶりで、初めは慣れなかった。だけど一日中ゆっくりとしているうちに、ルエラは気を張って生活をしていた時が遠い昔のように感じるようになった。

 

「ルエラ、起きているかしら?」


 控えめなノックの後、母親の声が聞こえた。


「ええ、お母さま。起きていますわ」

「入るわね」


 入って来たのはルエラの母ラモーナ・ネスビットだった。

 プラチナブロンドに柔らかな琥珀色の目をした優し気な顔に、心配そうな色を滲ませていた。ルエラはラモーナに似ているにもかかわらず、目の色が濃い青のせいなのか、不本意ながらとても意志の強そうな性格に見られてしまう。


「気分はどうかしら?」

「昨日よりはとてもいいわ。でも手足がまだ痺れていて」


 視線を落とし、膝の上にある自分の両手を見る。


「あのクソ王子、どうしてやろうかしら」


 優美な母の口からとてつもない不穏な言葉が零れた。


「お母さま、言葉が」

「あなたしかいないからいいでしょう? これでもわたくし、かなり気持ちを抑え込んでいますよ。可能なら、あのろくでなしの首をひねり上げてしまいたいぐらい」

「魔術師のお母さまが言うと洒落になりません……」


 はかなげな姿をしているが、ラモーナは魔術師団の副団長であり、この国では一、二を争うほどの実力者だ。常に発生する魔物狩りにもいくし、国難があればすぐさま駆けつけるほど。しかもバイタリティがあり、侯爵夫人としての役割もきちんと果たしている。


「さあ、手を出して。癒しの魔法をかけてあげる」


 ゆっくりと両手を差し出せば、ラモーナは優しく握った。体の中に、柔らかな魔力が流れ込んでくる。幼い頃から馴染みのある魔力。冷え切った体が隅々まで温もりを感じた。


「本当に忌々しい。王家の毒は簡単に解毒できないようになっているのよ。量を調整したからと言っても、どんな影響が残るかわからないというのに」

「一か月ほどで回復する程度にしてあると、倒れた時に言っていたのですが」

「そんな細かな調整がたかが王子付きの侍医にできるわけがないわ。この王家の毒の恐ろしいところは、持っている魔力が影響してしまうところなのよ。だから、絶対に目が覚めないようにたっぷり服用するの。中途半端に助かると、苦しむことになるから」


 ルエラはラモーナの言葉を聞いて、唖然とした。


「苦しむ?」

「そうよ。ほんの少しだけ飲んだだけでも、魔力が体の中で固まってしまうの。正直、わたくしではこれ以上の改善は難しいかもしれないわ」

「そんな」

「今、治癒に長けている魔術師を探しているわ。でも……覚悟は必要よ」


 覚悟、と言われて、胸が苦しくなった。


「わたしは……そんな毒を使われてしまうほど、グウィン様にとって目障りだったのでしょうか」

「ああ、泣かないで。あなたは求められるまま、ちゃんとやっていたわ。あの王子が盆暗だったから、このようなことになってしまっただけで。あなたの努力も、そして成果もわたくしはちゃんと知っているわ」

「お母さま」


 ぎゅっと抱きしめられて、ますます泣いた。

 グウィンを王太子にするためには沢山の努力が必要だった。ルエラも将来の王妃として相応しいかどうかを常に見られていた。グウィンがあまりにも能天気な王子だったから、ルエラはそれ以上に努力を重ねた。


 第二王子であるジョセリンは現王妃の息子で特に優秀で、しかも人望も厚い。取り巻きとは違う人たちがいつも集まっている。ネスビット侯爵家の後ろ盾があったとしても、人望がなければ王なんて務められないのに、グウィンはそれをいつまで経っても理解してくれなかった。


「あなたはどうしたい?」


 問われている意味が分からず、無言でラモーナの顔を見つめた。彼女の顔は優しさに満ちていて、侯爵夫人の顔ではなく母親の顔だった。いつもならば大丈夫と笑顔で言えるのに、体が震えて涙しか出てこない。


「わたしは」

「あの盆暗王子と結婚できる? それであなたは幸せになれる?」

「結婚は、難しいと思います」


 愛されないことを、常に愛されている誰かを見続けることができるなら結婚はできるかもしれない。でも、心を殺してまで我慢する必要があるのだろうか。


 前王妃の遺児であるグウィンの将来を心配した国王がネスビット侯爵に頭を下げて纏まった縁談だ。それなのにグウィンはルエラの差し出すものを当然と思って受け取り、ねぎらいの言葉すら返すことはない。


「わかったわ」

「でもお母さま。わたしと婚約解消してしまったら、グウィン様はどうなるのでしょう?」


 後ろ盾を失った彼の決して明るくない未来を思い、胸が潰れそうだ。幼い頃にあった親愛はすでに擦り切れているが、それでも八年以上、彼の婚約者だった。

 やっぱり自分が我慢した方が、という気持ちがこみ上げてくる。でも、もう彼を支えていくだけの力が出ない。


「さあ? 彼の将来なんて、知るつもりもないわね」


 あまりの言葉に、涙が止まった。

 ラモーナはにっこりと笑う。


「野垂れ死のうと、幽閉されようと、心底どうでもいい。あ、でもわたくしに報復させてくれるというのなら、ちょっと考えてもいいわね」

「……」


 どうでもいい、どうでもいい。


 呪文のように口ずさめば、どうでもいいような気がしてきた。


「……そうですね。本人が優秀ならどうにかなります。陛下だって成果に対しては公平ですもの」

「そうよ。いつも余裕のないルエラを馬鹿にしたように見ていたじゃない。本当に優秀なら今回のことがあっても、陛下はきちんと成果を見てくださるわ」


 そうだ。そもそもルエラとの婚約も、国王の親心から始まっている。ルエラがいなくなったところで、親の愛は変わらないだろう。それに、ルエラが引けばジェイニーと心置きなく愛を育める。王太子になるのでないのなら、気に入らないルエラよりもジェイニーと結婚した方がきっと彼も幸せだ。


 頭ではそう思うが、心はじぐじぐと痛んだ。今はもう信用も信頼もしていないが、間違いなく大切な人だったから。引き裂かれたかのように心が痛み、息が苦しい。


「お母さま、わたし、婚約解消したい。こんな体では、王子妃など務まりませんもの」

「それでいいと思うわ。毒性が強く出たということはすでに報告してあるから何も心配はいらないわ」


 ラモーナは安心させるように娘に微笑んだ。

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