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見覚えのない宝石箱


 少しだけ大人びた青いドレスを侍女がふわりと広げた。社交界にデビューした時、このドレスを着てダンスを踊った。

 ルエラはあの時のときめきを思い出して目を細めた。


「懐かしいわね」

「残しますか?」


 侍女がそう聞いてくるので、首を振る。


「ううん、客室に持っていってちょうだい。わたしには、もういらないもの」


 侍女は積まれていた他のドレスと一緒に抱えると、部屋を出る。


 ドレスや宝石、それに小物など、グウィンとの記憶に繋がるすべてのものを侍女たちに客室へと運ばせていた。あれもこれも、と積み上げていけば、相当の数になる。それはルエラとグウィンの一緒にいた月日の長さを意味していた。


 どんどんと運び出されて、部屋は徐々に寂しいものになっていく。最後の方になってくると、小部屋に押し込まれていた子供の時に一緒に読んだ本や彼のために練習した刺繍など、懐かしいものまで出てきた。


 うろ覚えの記憶をなぞった後、すべて客室へ持っていってもらう。もうルエラには必要ない思い出が徐々に取り払われる。


「お嬢さま、こちらはどうなさいますか?」


 ハリエットに手渡されたのは、小さな宝石箱だった。銀製の、手のひらに収まる大きさで、美しい彫刻が施されている。蓋の四隅に美しい宝石がはめ込まれ、中央には家紋のような紋章が刻まれていた。


「見覚えがないわね。どこにあったの?」

「衣裳部屋にある小物の棚です。一番下の引き出しに入っていました」

「一番下の段だと……使わなくなったものを入れているんだったわね」


 宝石箱を少し揺すれば、からりと何かが動く小さな音が鳴った。中に何か入っているようだ。

 宝石箱の裏を見れば作った工房のマークだろうか、刻印が押されている。ただ、その刻印を見ても、何も思い出さない。仕方がなく、蓋を開けてみようとしてみても、蓋は開かなかった。


「鍵がかかっているのでしょうか?」

「そうなのかしら? 鍵穴もないから、どこか壊れてしまっているのかも」


 どうしたものかと考え込んでいれば、ノックの音がした。移動作業のため扉は開けっ放しにしているので、すぐに戸口にローレンスとユリシーズの姿が見えた。


「お兄さま、それにユリシーズ様も」

「随分と派手に後片付けしているね」


 やや呆れたような顔をしている。ルエラは肩を竦めた。


「やることがなくて。気持ちの整理ついでに、荷物も整理してしまおうと思って」

「半分ぐらいは運び出されているじゃないか」

「そうなのよね。領地には、あまり思い出すようなものはなかったのだけど……こっちには嫌になるほど沢山あって」


 誕生日や夜会への参加、そういうときには必ず何かが贈られてくるし、自分で用意したものも大抵グウィンの色を使ったものが多い。会話が続くようにと、彼の好む本を読んだり、知識を得たり。


 部屋中が彼へ向ける気持ちで溢れていた。

 それが今はとてつもなく、気持ちが悪い。間違いなく自分自身が積み上げてきた気持ちの表れなのに。


「俺が何か贈ろうか」


 がらんどうになった部屋を見回していたユリシーズが突然告げた。ルエラは驚いて目を瞬く。


「ユリシーズ様が?」

「ああ。何もないと寂しいだろう? 好みを教えてくれたら、何か探してくるが」

「え、でも」


 流石に男性に買ってもらうわけにはいかないと、頭を悩ませれば、ローレンスが笑いだした。


「気にせず買ってもらえばいいじゃないか! ユリシーズが自分で贈りたいと言い出すなんて、滅多にないぞ」

「?」


 ローレンスの笑いの意味がわからなかったのか、ユリシーズは首をかしげる。


「ユリシーズ様はお嬢さまのことをお好きなのですね。わかります。身の回りのものを自分の選んだもので埋め尽くしたい気持ち!」


 ハリエットのうっとりとした言葉を聞いて、ルエラはぎょっとして目を見開いた。そして、さらに何か言おうとするハリエットをすぐさま止める。


「ちょっと、ハリエット! ユリシーズ様はそんな気持ちで申し出てくれたわけではないのだから」

「そうですか? ユリシーズ様だって、流石に異性に贈り物をする意味ぐらいはわかっているかと」


 そう言われて、ルエラはユリシーズを見た。顔の表情自体はいつもと変わらないが、ほんの少しだけ、耳の先が赤かった。それがどういう心を表しているのか、知りたい気持ちもあったが、はっきりさせたくない気持ちもある。


「こういうことをあまりしたことがなく……その、気を悪くしたのなら断ってくれても」

「そんなことありません! ただ驚いて」


 なんだかよくわからないやり取りをして、二人で黙り込んだ。


「あれは意識し合っているのか? 微妙に違う気もするけど」

「何事もちょっとしたきっかけです。わたしはお似合いだと思うのです」


 ローレンスとハリエット二人のひそひそ話に恥ずかしさがこみ上げてきて、両手で顔を隠した。

 その拍子に、膝に置いていた宝石箱が転がり落ちた。ユリシーズが床に落ちる前に掬い上げてくれる。


「おっと」

「ありがとうございます。壊してしまうところだったわ」

「これ、ルエラ嬢の?」

「整理していて出てきたのだけど、見覚えがなくて」


 会話が変わったことで、気持ちが落ち着いた。それはユリシーズも同じだったらしく、彼は受け止めた宝石箱をまじまじと見つめた。表の彫刻を見て、裏を見て。何度か確認してから、表に刻まれている紋章を指さした。


「……この紋章。ラフジア国の王族の印だと思う」

「ラフジア国?」


 聞いたことのない国の名前に、首を傾げた。ローレンスの顔を見れば、彼も知らない様子だ。


「初めて聞くな。どこにある国なんだ?」

「だいぶ遠い国だし、今は消滅しかかっている」


 滅亡でもなく、消滅。


 驚きすぎて、声が出なかった。


「国が消滅……自然災害?」

「自然災害ではないけど、災害には違いない。ラフジア国はそもそも王族の魔力で豊かさを保っていた国だ。だが、今の国王に国を維持するだけの力がない。だから領土は年々、砂漠に呑まれている。ここ数年で一気に砂漠化が進んだと言っていたな」

「ちょっとよくわからないわ。一人の魔力でそんなことができるの?」


 ルエラには想像ができず、目を白黒させた。当然、ローレンスも理解できずに腕を組み、首をかしげている。


「ラフジア国は元々魔女の国と言われていて、まあ、なんだ。砂漠のど真ん中に国を作ったんだ。師匠が言うには、始祖の魔女はとんでもなく天才で、水を作り緑の成長を促す魔道具を作り出したそうだ」

「そんなこと、可能なのか?」

「現実に国が豊かだったのだから、可能なんだろう。でも問題が一つある。その魔道具が受け付ける魔力が魔女の血筋の者だけだった」


 まるでおとぎ話のようだ。国の建国記にはそういう神秘的な物語も多いことから、この国の話も半分ぐらいは作り話かもしれない。


「よく知っているんだな。行ったことがあるのか?」


 ローレンスがユリシーズの説明を聞いて、質問した。ユリシーズは首を左右に振る。


「行ったことはないが、師匠は付き合いがある。何度か使者が相談に来ていた」

「使者? どんな相談なんだろう?」

「さあ? あまり興味がなかったから」


 二人の会話を聞きつつ、宝石箱について思い出そうと記憶を探った。あれほど奥の方に片づけてあるのだから、誰かの置忘れではないはず。それにルエラに与えられてから一度も部屋を変えたことはない。だから、ルエラの知らないうちに仕舞ってあるとすれば。


「……お兄さま、わたし、すごく大変なことに気がついてしまったわ」


 ルエラが声を上げれば、二人は会話をやめた。


「この宝石箱、わたしのものではないのは間違いないの。貰った覚えもない。でも、わたしの部屋にある。出入りできて、そんないわくつきのものを持っていそうな人が一人だけ」


 ローレンスはすぐに誰のことを言っているのか、わかったようだ。


「グウィン殿下だ」

「前王妃様の出身の国名を不思議なことに覚えていないのだけど、この国とは全く交流のない、小国の豊かな国の王女だと聞いたことが。それに、グウィン殿下は前王妃様を亡くした後、しばらくこの屋敷で暮らしていて」


 当時を思い出したのか、ローレンスが天井を見上げた。


「殿下、ここに来た時はルエラに懐いていたな。何をするにも、ルエラの後ろをついてまわって。衣裳部屋によく隠れていた」

「そうだったかしら?」


 ローレンスよりも幼かったルエラはそこまで覚えていなかった。だけど、衣裳部屋でよく遊んでいたのなら、これを隠したのはグウィンで間違いないだろう。


「それでどうする?」

「グウィン殿下に返すのが筋でしょうね」


 そう思うものの、自分で返すのも気が進まない。その気持ちに気がついたローレンスがユリシーズから宝石箱を受け取った。


「私が預かるよ」

「お兄さまが?」

「ああ。会えそうな時にでも渡してくるよ」


 ルエラは、ありがたくお願いした。

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