二つが絡み合った結果
ジョセリンは騎士に引きずられていくジェイニーを見送りながら、ため息をついた。
デリックに助けを求めて騒ぐ様子は、なかなか見苦しい。聞いていられなかったのか、途中で騎士が乱暴に口の中に布を突っ込んでいた。それを吐き出そうとますます暴れるものだから、騎士たちも苛立っている。
「ずっとあんな感じだと拘束中もそれなりに酷いことになってしまいそうだけど、それでいいんだよね?」
「はい。もうグウィン様には必要ないので」
「でも異母兄上にとって最愛だろう? 陛下は二人を結婚させるつもりで議会と交渉している」
グウィンたちの処罰がなかなか決まらないのは、国王が、幽閉されてもその限られた空間で幸せな結婚ができる様にと議会に訴えているからだ。もちろんこの国の刑罰に照らし合わせると、そんなことは許されない。それでも、と食いついているため少しも進んでいなかった。
そんな中での、ジェイニーの捕縛だ。議会はどんなに国王が訴えても、印象も悪く、さらに犯罪を犯した家の娘との結婚など絶対に許さないだろう。
「優しいのですね。そもそもジェイニーが毒婦であると広めたのは王妃派では?」
ちくりと事実を言われ、ジョセリンは肩を竦めた。
「貴族の噂に派閥は関係ないだろう? 元々、異母兄上とフレーザー子爵令嬢の二人はいい噂をされていなかったんだ。そこに毒という単語が混ざれば、自然と繋げて考える人が多くなるだろうよ」
「そうかもしれませんね」
やんわりと王妃派の仕業ではない、と否定した。事実、二人は気を使って行動していたようだが、城にいるのは貴族だけではない。貴族が認識していないだけで、人の目がないところなどどこにもないのだ。ジョセリンですら、二人の危うい関係は耳に入っていた。
「もっとも、君は二人を応援していただろうから王妃派の仕業だと思うのも仕方がないかもしれないね」
「応援なんてしていませんよ。正直、見え見えの媚を売ってきたときには排除しようと考えていました。ですが、上手くすればネスビット侯爵家とグウィン様の間に亀裂が入れられるかもしれないと思いまして。想像以上に上手くいって、正直驚いています」
デリックの満足そうな笑顔に、ジョセリンは苦笑した。
「やっぱり君の考えはよくわからないな。ネスビット侯爵家の後ろ盾があった方が、異母兄上にとって楽な人生が送れただろうに。あんな風に敵に回してしまうなんて」
「そうでしょうか? グウィン殿下は素晴らしい血筋なのです。この国に縛られる必要はない」
「でも、異母兄上は母君の国のことを何も知らないだろう? 自分から国を出たいなんて思うかな?」
この国で、前王妃の祖国ラフジアはほとんど知られていない。ジョセリンですら、デリックが接触してくるまで不思議なことに知ろうとは思わなかった。
ラフジア国はこの国から随分と遠い場所にあり、国交はない。彼の持っている知識はその程度しかなかった。今まで気にしたことがなかったが、たとえ小国であっても、国交がなくても、王妃として迎えた王女の国だ。もう少し詳しい情報があってもいいものであるのだが。
「心配いりません。ルエラ嬢さえ近くにいなければ、グウィン様は昔から私の言葉をよく聞いてくれます」
日が傾き始めているが、夕暮れには程遠い。気温もこの時期は過ごしやすく心地よいはずなのに、うすら寒く感じた。纏わりつくような気持ちの悪い空気に、息苦しさすら感じる。それを振り払うように、デリックに取引の確認をする。
「――フレーザー子爵令嬢の引き渡しの対価は母上の議会への口添えだったな」
「そうです。穏便に国を出られるように口添えしてもらえれば。もちろん命と安全が保障されていれば、形は国外追放でも構いません。そちらの都合の良い様に」
デリックは別れの挨拶をすると、振り返ることなく馬車に戻った。ジョセリンは動き出す馬車を見て、詰めていた息を大きく吐いた。
◆
「母上、ご機嫌麗しく」
王妃であるアデリーナはカップを持ったまま、先触れもなくやってきた息子をじろりと睨みつけた。強い眼差しに、ジョセリンは人当たりの良い笑みを見せる。
「少しでも早くお伝えしたいことがあって」
「だからと言って、突然の訪問はどうなのかしら?」
「今日は目を瞑ってください」
秩序を愛するアデリーナの言葉を流しつつ、侍女にお茶を用意するように伝える。そして勧められる前に、アデリーナの前の椅子に腰を下ろした。アデリーナの眉根が不愉快そうに寄ったが、ジョセリンは気にしない。
「フレーザー子爵令嬢を捕らえました。今、一時的に離宮の地下室に放り込んであります。明日にでも牢獄へ移動する予定です」
「随分と早かったわね。もう少し時間がかかるかと思っていたけど。フレーザー子爵も一緒なのかしら?」
「いいえ。令嬢は一人で道を歩いていたところをデリックが拾ってきました。すでに指示を出したので、子爵夫妻と嫡男も禁制品の売買の罪で関わった商会ともども今日中には捕らえます」
一通り報告をすれば、アデリーナは満足そうにうなずいた。
「ところで、異母兄上の側近、あの男は何なのです?」
「まあ、急にどうしたの? 今まで興味がなかったでしょうに」
「つい先日まではルエラ嬢の影に隠れていたので、気にならなかったのですが……不思議な感性の持ち主だと」
アデリーナはジョセリンの言いたいことを上手く掴めなかったのか、数度、瞬いた。
「どういうところが?」
「異母兄上を大切に思っているようで窮地に追いやっているようにも思える。どうも異母兄上を自分に依存させたいようにも見えました」
「ああ、それならなんとなくわかるわ。ベグリー伯爵夫妻もそんな感じだったから。もしかしたら二人がこの国の人間じゃないから、彼もそうなったのかもしれないわね」
アデリーナの言葉がすぐに理解できなかった。そんな疑問が顔に出ていたのだろう。アデリーナは説明を加えた。
「ベグリー伯爵夫妻はあの女が国から連れてきた側仕えよ。確か幼いころから仕えていると聞いたことがあるわ。陛下が後継のいないベグリー伯爵家の養子にしたの。そうしないと、側に仕えさせられないでしょう?」
想像していなかった事実に驚いた。ベグリー伯爵夫妻とは派閥が違うため、ほとんど接点はない。ただ前王妃がなくなってから、ほとんど城には上がらなくなっていた。その代わりにデリックがグウィンの側に上がったのだ。ごく普通の世代交代だ。
「ベグリー伯爵夫妻はデリックの行動を知っているのでしょうか?」
「さあ? ただベグリー伯爵夫妻はあの女が生きていた頃から、グウィン王子にはあまり興味はなさそうだったわね」
どういう関係だろうと思いめぐらせたが、すぐにやめた。知っている情報などごくわずかで、考えたところでわかるとは思えなかった。
「それから、噂の出どころ、母上だとバレていますよ」
アデリーナはくすくすと声を上げて笑った。
「いやあね、噂なんて流していないわ。わたくしはただ、グウィン王子とルエラ嬢、あれほど仲が良かったのに毒を盛ってしまうほど壊れてしまったのはどうしてかしら、と皆さんに聞いただけよ」
「そんなことを言ったのですか」
「ええ。でもわたくしが話題を先導したわけではないわよ? 流石にルエラ嬢のことはどの貴族も知っていたもの。話題の中心になるのは当然でしょう?」
噂のコントロールも貴族にとっては重要だ。逆に少しの悪意を垂らされて、すぐに結びついてしまうような行動をしていたグウィンとジェイニーが迂闊なのだ。
「でもそれなら、デリックに協力しなくてもよかったのでは? 私がすごく面倒臭いことになっているんですが」
「それぐらいは我慢しなさい。わたくし、陛下の嘆願を確実に潰して、グウィン王子をこの国から徹底的に排除したいのよ。だから禁制品の売買にかかわった一族として、陛下に気が付かれる前にこちらで捕らえる必要があるの」
アデリーナの母としての気持ちが篭っていた。何をしても、どんな称賛を得られても、いつだってアデリーナもジョセリンもこの国にとってスペアだった。もしかしたらジョセリンよりも、アデリーナの方が悔しさに泣いたかもしれない。
「……証拠は十分にそろっていた。デリックの協力などなくても」
「先に気が付かれてグウィン王子に泣きつかれたら、毒婦だけ助かる可能性があるじゃない。ああいう女は変に勘がいいから、油断しない方がいいわ」
確かにジェイニーは野性的な勘を備えていそうで、さらには予想外の動きをする。結果的に、デリックとの取引はよかったのだと呑み込んだ。
「デリックの要望は異母兄上の国外追放です。我が国にはそんな罰則ないんですが、どうするつもりです?」
王族の最大の罰は、塔への幽閉、もしくは極寒の辺境へ封じられる、のどちらかだ。国外追放にするぐらいなら、病死にするだろう。王族の胤を他国でばら撒かれても困るのだ。
「たとえ陛下が許可したとしても、議会が国外に国王の血筋を出すとは思えません」
「なんとかするのではないかしら? わたくし、口添え以上は求められていないもの」
他人事のような言い分に、喉元まで文句が込み上げてきた。アデリーナに何を言ったところで、彼女が考え直すことなどないのもわかっていたから、意識して抑え込んだ。
気持ちを切り替えるように、軽い口調で母に告げる。
「そういえば、父上が勝手にルエラ嬢に茶会の招待状を送ったことを怒っていました」
「あら、もうバレてしまったの?」
「そりゃあ、すごい剣幕でネスビット侯爵夫人が乗り込んできましたから。ネスビット侯爵も顔がはれ上がって誰であるか判別ができないほど、ぼこぼこにやられていましたよ。どうも、夫人に断りなくルエラ嬢に渡してしまったようで」
「ふふ、ちゃんとわたくしがお願いした通りにしてくれたのね」
どうやらアデリーナはネスビット侯爵を脅したようだ。その内容は怖すぎて、聞く気はないが。
「ようやく起き上がれるようになった令嬢に、断りにくい招待状を送るなんて非情過ぎると思います。聞いた時には流石に驚きました」
やや非難を込めて伝えれば、アデリーナは朗らかに笑った。
「応じてもらえるとは思っていないわよ。ただの嫌がらせなのだから。ラモーナが怒り狂ったのなら、期待通りだわ」
「……母上、そんな子供じみた感情で王宮を壊すようなことを引き起こさないでください」
私的な面会をする、それなりに贅を凝らした部屋が、怒りで魔力を爆発させたラモーナによって吹っ飛ばされていた。その被害を目の当たりにした文官たちは蒼白な顔をしていた。きっと頭の中で、被害金額が弾かれていたのだろう。
「しかも、母上の招待状が原因だからと賠償は求めないそうです」
「まあ、そうなの? 陛下への嫌がらせにもなったのなら上々だわ」
澄ました顔でアデリーナはお茶のおかわりを侍女に求めた。
お待たせしました。
推敲がまだ残っていますが、完結まで書けたので、毎日1話、20時に投稿再開します。
すみません、一話一話が長いです。




