今さらのお見舞い
ルエラはげんなりとした表情を隠すことなく、突然先触れもなくやってきた客人たちと対峙していた。
本当ならば、通すつもりはなかったのだが、あまりにも無様に騒ぐので仕方がなく居間に通した。領地をメインに警備している騎士たちから、身分をちらつかせてくるので扱いが難しいと泣きが入ったというのもある。
ただ居間には通したが、お茶は出さなかった。いかに自分たちが歓迎されていないか、理解できるはずだ。
「謹慎していると伺っていましたが、どのようなご用件でこちらに?」
「体が不自由になったと聞いたが、元気そうじゃないか」
訪問の挨拶もなく、グウィンは真っ先に咎めるように言ってきた。ルエラは特に気にすることなく、小さく頷く。
「元気そうに見えるのなら、治癒師の腕のおかげですわね。歩くことはまだできませんが、短時間なら、こうして座ることができるようになりました」
嫌味のように言ってやれば、気まずそうにグウィンが視線を下に落とした。
「その、回復には時間がかかると聞いている」
「そうです。まだまだ元通りの生活に戻るには時間がかかりますわ」
治癒の魔術のかかったバングルのおかげで、治療は随分と進んでいた。二年かけてゆっくり治療する方針であったが、バングルとの相性が良すぎて一年もかからないうちに完治するのではと言われている。
でもそれを素直に口にするつもりはない。ユリシーズがネスビット侯爵家と契約関係にあったことも、彼がたまたま師匠から貰っていたバングルがルエラの状態にあっていたことも、すべて偶然であるから。
すぐに治ったのだからと、なかったことにしてほしくはない。存分に罪悪感を持ってほしかった。
グウィンは突き放すようなルエラに戸惑い、口を閉ざした。何を言ったらいいのかわからないのか、視線をふらふらと彷徨わせる。ルエラにとってグウィンと話すことは特にないので、そのまま沈黙していた。
「どうして婚約破棄をしたんですか!」
重苦しい沈黙に耐えられず大声で怒鳴ったのは、ジェイニーだった。彼女はいつものように遠慮することなくグウィンの隣に座っていた。
ルエラは冷めた目を彼女に向ける。
「間違った認識をしているようですが、婚約白紙です。当然の結果だと思います」
「婚約白紙でも破棄でもどっちでも一緒よ! あなたが我儘を言うからグウィン様は王太子になれなかったじゃない! どうしてくれるの?!」
ジェイニーは世の中の終わりのような顔をする。ルエラはこの人はどの世界に生きているのだろうかと、どうでもいいことを思いながら口を開いた。
「わたしに毒を盛った時点で、王太子になる道は閉ざされました。グウィン殿下とジョセリン殿下、どちらが王太子になってもおかしくはなかった。何も問題が起きなければグウィン殿下が王太子に選出されるはずだった」
「あなたが国王に告げ口しなければ」
「告げ口? バカじゃありませんの? 子どもの喧嘩ではないのです。わたしが、ネスビット侯爵家が言わなくとも、ジョセリン殿下の支持者たちが糾弾するに決まっているじゃありませんか。逆に感謝していただきたいものですわ。あなた方は罪人として捕まってもおかしくはなかったのですから」
これは、覇権争いなのだ。
相手の失敗は、自分たちの成功に繋がる。当然、お互いの陣営に内通者がいる。その内通者がこんな美味しい情報を黙っているわけがない。もっとも今回のことはルエラの家族が激怒したため、ジョセリンの支持者たちが何もしなくても王太子の椅子は手に入れられたのだが。
「どうすれば……どうすれば、元に戻るのだろうか」
絞り出したような、弱々しい声。
ルエラはストレスにあまり強くないグウィンに優しい笑みを向けた。本当に困った時だけ頼ってくる。
「今までと同じとはいきませんが、殿下には心から愛する彼女がいるではありませんか。簡単に毒を盛ることができるようなわたしと結婚するよりも、より素晴らしい人生が送れるはずですわ」
白々しいことを告げた。まだ、処罰が決まっておらず、グウィンは未だ謹慎状態だ。そしてグウィンの今後が決まらないため、側近たちやジェイニーの処罰も保留状態。誰が毒を盛るように言いだしたかはわからないが、グウィンの立場を引きずり下ろした責任は誰かが取る必要があるだろう。
「その、ルエラ嬢にしたことは申し訳なかったと思う。ネスビット侯爵の怒りももっともだ。こうして謝罪をするから、グウィン殿下の未来を潰さないでほしいんだ」
「未来を潰す?」
デリックの言葉が理解できず、首を傾げた。デリックは躊躇いがちに口を開いた。
「ルエラ嬢と結婚すれば王太子になれなくても、グウィン殿下は普通の王族としてずっと生きていけるだろう? だから」
「ねえ、頭がおかしいの?」
ルエラはそれ以上聞くことができず、ぴしゃりと跳ね除けた。自分が何を要求しているのか理解しているのか、デリックは顔色を悪くして視線を下に落とした。
「わたし、あなた方と違って、とても心が狭いようなの。自分に毒を盛るような人と一緒にいることができません。しかも毒を盛っておいて笑っている人となんて、とても恐ろしくて」
「……それについてはやり過ぎたと思っている」
グウィンは小さな声で反省を述べた。別に反省しようが、謝罪しようがルエラにとってはすでにどうでもいいことだ。二人が交わる未来はないのだから。
「あなた方が、わたしを都合よく使うことはもうできない。自分たちの身の丈に合ったやり方で生きていってください」
「なんて意地悪なの! あなたがグウィン様と結婚すればすべてうまくいくのに」
「うふふ。それで貴女は愛される愛人のままで、のんびり贅沢をしようと。笑ってしまいますわ」
くだらなすぎて、ため息しか出ない。どっと疲れを感じて、侍女のハリエットに目を向けた。ハリエットはすぐさま扉を開けた。
「これ以上話すことはありませんので、お帰りを」
「ルエラ」
「そうそう、もう婚約者でもないのですから呼び捨てはおやめください」
「だが、婚約者でなくなっても幼馴染じゃないか。助けてくれないのか? せめて父上に一言、言ってもらえれば」
子供の時の、自信のないような顔をするから、ルエラは困ってしまった。確かに幼い頃はとても気が弱くて、ルエラがよく一緒にいたものだ。世話をすることは別に嫌いじゃない。でもそれは信頼関係がある場合だ。今はもう、助けたい気持ちはない。
「わたしが、ネスビット侯爵家がグウィン殿下のために口添えすることはありません。ねえ、グウィン殿下。怒っているのは、わたしの家族だけではないのです。殿下を支持していた貴族全員が怒っているのです」
グウィンを支える貴族たちはいつも不満を抱えていた。グウィンは彼らの期待に応えようという気概はなかった。なのに、派閥への希望だけは大きい。
彼らが不満を呑み込んだのは、国王に頼まれたネスビット侯爵家が後ろ盾を続けてきたから。そんな状況であったのに、ルエラが毒を盛られた。しかも自由が欲しいという身勝手なもの。
後ろ盾であるルエラを害し、愛人と好き勝手に過ごす。ほんの少しの自由だと思っていただろうが、その行動はすべて見られている。どんなに挽回しようと頑張っても、今さら彼らが浮上することはできない。それが現実だ。
きちんと自分たちの状況を理解していれば、わかること。ただし、自分たちの望むように事が運ぶと思っている彼らには少し難しいのかもしれない。
今までのようにはいかないのだと、ちょっとしたミスが命を脅かすと、彼らが実感するのはいつになるだろう。もう誰も守ってくれないのだから、目を覚ましてほしい。
今の状態が最終ではない。一か月以上たっても処罰が決まらないことから、庇護してきた国王でもままならないことに気が付いてほしい。
そう願って、思わず警告しそうになったが、すぐに呑み込んだ。
代わりに口にしたのは、先を祝う言葉。
「――ネスビット侯爵家が離れたことで、想像を絶するご苦労があるかと思いますが、どうかお幸せに」
ルエラは美しく微笑んだ。
許せない気持ちしかないはずなのに、何やら寂しさを感じた。それだけ長い間、家族として側にいた。でも、これでグウィンとの家族としてのつながりも切れる。今日ぐらいは寂しさで泣いてもいいかもしれない。