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第六章 脳筋令嬢のないしょの使命

 


 お父様が出て行った扉をぼんやり眺めながら、つい昔のことを思い出してしまいました。

 この認識阻害の眼鏡をかけるようになってから、両親と兄弟姉妹とはあまり話すことがなくなってしまいました。向こうからは私が認識し難くなっているのですから、当たり前なのですが、シアもいないこの屋敷で寂しくなかったと言えば噓になります。

 でも、これもこれからのことを考えての第一歩だと思って、自分の寂しさは気にしないようにしていましたが、今日のようにお父様を傷つけることになってしまったのは、想定外でしたね……。ちくちくと心の奥が痛みます。

 ぱん! と自分の両頬を叩いて気持ちを切り替えました。


「やめやめ! 使命の為に誰とも深く付き合わないってきめたじゃないですか!」


 最初の転生の時にきめたのです。転生者と知られて怖がられるくらいなら、最初から親しくなるのをやめようって。すぐにさよならできる距離感がきっと楽なのです。

 それに、これから冒険者として生きていくのに、この家にいたままでは何かあった時に家族に迷惑を掛けてしまいます。私はこの家とは関わりのない場所にいた方がいいはずです。私が転生者となれば、なおさら。




 シアがこの屋敷を出て行ってから十五年近くが経ちました。その間に、この皇都では政変が起き、当時の転生者の皇帝は誅されて、現皇帝が即位しました。そして皇帝を取り巻く統治形態が物凄く変わったそうです。変わったのは公爵家や高位貴族の雲の上の方達なので、男爵令嬢程度には縁遠く、私が政治に疎すぎるのもあってよくわからないのですが、とにかく、変わったらしいのです!

 ですが、前皇帝の側近だったものの残党やら、現皇帝に反発する勢力がいるやらで、政変から十年になろうという今でも、政情は不安定です。……という話です……。

 おかげで転生者や獣人に対する風当たりも世間的にまだまだ厳しいものがあります。転生者はともかく、獣人は被害者だと思うのですが、何故差別されるのでしょうね?

 まぁ、そんな事情もありまして、もしも私が転生者とバレた時に家族に迷惑が及ばない様、学院と呼ばれる貴族学校を卒業し、成人と認められた二年前から、着々とこの家を出る計画を私は立てていました。

 タクミさんや私たち、代々の転生者が引き継いでいる『使命』を全うする為に。


 その『使命』とは、ある血族を守ること。


 でも、表立ってはなりません。陰ながら、その血族が途絶えないよう見守り、不幸や絶望に見舞われないように立ち回る、それが私たちの『使命』です。




 私は二年ほど前の学院卒業からしばらくして、その『使命』を知る転生者が集まる、皇都のとある場所へ向かいました。そこは、いままで三回の転生の間も足繫く通っていた、平民街にある食堂兼居酒屋です。

 その店は、代々事情を知る店主が食堂を継ぎ、いつの時代でも『使命』を知る転生者の集合場所となっていたところ。そして、守るべき血族の情報を交換する場でもありました。

 その店が————


「なくなっている……!」


 あまりのことに、膝から頽れてしまいました。漫画ならガーン!という効果音付きの事態です!

 そこは廃墟でした。もうずいぶん前にうち捨てられたようで、朽ち果ててボロボロのお化けでもでそうな状態でした。呆然とした頭で、取り敢えず誰かに事情を聞かなければ、とよろよろと立ち上がって隣の宿屋へ入りました。

 からん、とドアベルの音が響き、受付の奥からおじいさんが出てきました。


「ん? お嬢ちゃんがお泊りかい? ここは行商人や冒険者が使う素泊まりの宿だから、あんまりきれいな宿じゃないよ」


「あ、いいえ。そのぅ……すみません。宿泊ではないのです」


 革袋から小金貨を一枚出して、受付のカウンターにぱちりと置きました。


「お隣の食堂『カナリーエイド』はどうして廃墟になっているのでしょう……」


 受付のおじいさんの目がぎらりとしました。


「しっ! そんなこと大きな声で言わないでくれ!」


 えっ? えっ? なんでそんなヤバい感じの対応なの?

 おじいさんは、小金貨を素早く懐にしまうと、声を潜めました。


「お嬢ちゃん、誰かに頼まれたのかい?」


「え、ええ。まぁ、そんなところです」


 探る様に目を眇めたおじいさんでしたが、小金貨のおかげか教えてくれました。


「もう十五年以上も前だよ。政変前に、いろんな領の冒険者が集まる食堂ってことで、不穏分子の集まる場所だって目を付けられたらしいんだ……。秘密結社の本拠地だってな。お嬢ちゃんも悪いこといわねえから、あの店に近寄るのはやめといた方がいい」


「なんてこと……、店主さんはどこにいるかご存じですか」


 秘密結社? いや確かにそういう側面はあったかもですけど、不穏分子って、どうしてそんなことに?


「店主は死んだよ。ガサ入れの後尋問で牢に入れられて、じいさんだったからそれで体壊してなぁ。子供もいなかったから、俺と近所のやつらで見送った」


「そんな……! じゃあ、あの店を継ぐ人は誰もいなくなって……?」


「ああ、そうだな。何百年も続く店だったのになぁ。ひいじいさんの代から百年以上も隣で宿屋を営んでいるんだ、俺だってあの店がそんな悪だくみを企むわけないって分かっているさ。だけどな、こんなご時世だろ? いわくつきになったあの店には誰も近づかなくなっちまった。おかげでウチも商売あがったりだぜ。まったくよ」


「いままで誰か訪ねる人はいなかったのですか?」


「そうだな。俺の知る限りではいないな。お嬢ちゃんも、すぐ帰りな。店の前をうろうろしていると警邏兵にしょっぴかれるぜ」


 ということは、いま転生者は私以外いないということなのでしょうか。それとも警戒して近づかないだけ?

 ひとまず、おじいさんの言うことをおとなしく聞いて、すぐにその場を立ち去りました。ですが、心の中は、「えぇー? どうしよう? どうしたらいいの?」と嵐のように乱れて荒れていました。そのせいで、私を監視している気配になど、その時まったく気が付かなかったのです。




「うん。取り敢えず、調べよう」


 混乱した頭でも、このくらいは思いつきました。そうなると、皇都の情報が集まるのは図書塔か冒険者ギルド。今日は平民女性の街歩きといった格好できてしまったので、図書塔の方がいいでしょう。


 図書塔とは、貴族が必ず通う学院に併設されているこの国で一番大きな図書館です。身分に関係なく誰でも利用可能、そのうえ無料です。余談ですが、このサスキアという世界は教育が手厚く充実しています。皇国民全員が七歳~十五歳の間に最低三年は幼年学校に通うことになっているので、国民の識字率が百パーセントに近いのです。

 そのため、平民向けの俗な雑誌から研究者向けの高尚な専門書まで揃っているのが、この図書塔! もちろん、閲覧制限があって見られないものもありますけどね。

 さて、図書塔に来てみたものの、何をどう調べればよいか……。

 まずは自分の持っている情報を整理してみましょう。

 かの血筋は、最初はこの皇都シャイリーンの神殿に仕える神官の血筋でした。『マルツフレイの花まつり』の起源となったいにしえの聖女の血筋です。

 でもこの血筋の神官は、すでにシャイリーンの神殿にはいませんでした。神殿の方に男爵令嬢ごときが聞いても理由や行方など素直に教えてはくれないでしょう。

 最近ではすっかり神殿の権威は地に落ちて、『マルツフレイの花まつり』の主役であるいにしえの聖女役はその血筋の神官が務めていたはずなのに、いつの間にやらその役目は学院で選ばれた貴族の令嬢が務めることになっていました。学院に入学してその事実を知った私は、愕然としましたよ。

 このへんの事情も、『カナリーエイド』に行けば説明してもらえると思っていたのですが、自力で調べるしかないようです。

 そういえば、何百年か前に神官にはならず商人になった人が立ち上げた分家がありました。前回の転生でその分家の護衛をしましたよね……。そちらから調べるのが早いでしょうか。確か、家名が……なんでしたっけ、マルツフレイに由来していたと……、マルツ…マル、いやルツ……、そうです! ルッツです! ルッツ商会! ふぅ~。スッキリしましたぁ。

 でも、それって何の本で調べればいいんでしょう? 分からない時は、司書さんに聞いてみましょう。そうしましょう。

 早速受付カウンターへ行き、司書さんに「ルッツ商会について知りたいのです」と相談したところ、「そうですね、商会の登記や取扱品目を調べるのでしたら“経済”の書棚に商会一覧があります。最近の動静を調べるのでしたら、ルッツ商会ほど大きな商会のことなら、過去の新聞経済欄の記事を探す、というのもいいかもしれませんね」とすぐにアドバイスしてもらえました。司書さんすごいです。とりあえず、商会一覧を探しましょう。

 広い図書塔の中の“経済”の書棚。探すのとても大変でした。なんせ一度も足を踏み入れたことのない領域だったもので。散々うろうろして、やっとみつけた時には歓喜しました。すぐに死んだ魚のような目になりましたが。だって、その書棚って。


「うぅ……。理解不能な文字の羅列。ちっとも目に入らない……」


 またもやウロウロヨロヨロして「いちらん、いちらん」と呪文のように唱えながら、本棚に並ぶちんぷんかんぷんな背表紙の字を目で追いました。そしてその棚の一角に、「何年度版□□□」と同じような背表紙がたくさん並んでいるところがありました。


『三六一年度版 商会登記一覧』


 ありました! きっとこれです! その本へ勢いよく伸ばした私の手と同時に別の大きな手が重なりました。


「あ、失礼」


「へっ……?」


 思わず間抜けな声を出して、その手の持ち主の方へ顔を向けました。至近距離に目の玉が飛び出るほど美麗な男の人の顔があったので驚愕のあまり「ぎゃっ」と叫んだその拍子に、つかんでいた本が本棚から落ちそうになり、慌てて体を捻ったところ、バランスを崩して大きく海老反りの体勢になってしまいました。

 私をびっくりさせたその男の人は、焦りもせずに私の腰に手をまわし体を支え、落ちそうになった本と本を持っていた私の手の両方をぎゅっと大きな手で救ってくれました。


「すみません。驚かせてしまったようですね。大丈夫ですか?」


 体が向かい合っているので、ものすごく密着しています。支えてくれたのはありがたいですが、「か、顔が、顔が近いのです」と、目を瞑って顔を横にぐいーっと反らしました。家族以外の男の人とこんなに近づくなんて、リドさん以来かもです。ひぃ。

 その人は小さくくっと喉を鳴らした気がしましたが、過度の接近のせいで頭に血が上った私の耳に入ってはいませんでした。


「手を離しますよ。ちゃんと立ってくださいね」


「はひ。だ、だいじょうぶです! 早く離してくださいっ」


 相撲取りのように思い切り踏ん張って、両ひざに力を入れました。

 ゆっくりと私の腰を支えていた手が離れていき、すっと目の前に本が差し出されました。


「はい。どうぞ」


「あ、どうも」


 本を受け取ると、その人は少しの間私を見つめました。数秒私たちの視線が絡み合った後、その人はくるりと踵を返してそこから立ち去っていきました。


(えっと、本、いいのでしょうか……)


 私は呆然とその後姿を見送りました。後ろでひとつに結んださらりとした金茶色の髪が、足の運びに合わせて左右に揺れてきらきらと美しく輝いていて、なんとなく目が離せませんでした。

 いまの人の髪と瞳の色、なんだか懐かしい……。

 同じ色を持つある男の子の思い出がふいに私の中で強烈に蘇りました。



ありがとうございました。

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