大団円?
数日後————
私のずっと待ち望んでいた、ヴィクトリア様の護衛になれる日が決まりました。
その連絡と今後の予定を魔導塔のアルディス様の執務室にて、いま聞いていたところです。
そして、アリアナのこともきちんと説明されました。
リード君からも説明を受けていたので誤解は解けていますが、改めてアルディス様からの弁明とアリアナの紹介をされたのです。
アリアナさんは私の顔を見ると、それはもうきらっきらに輝く瞳で意味ありげな視線を向けました。私は顔から火を噴きそうでした。覗き見して勘違いした私が一番いけないのはわかっていますが、あんな紛らわしい会話をしないで欲しいのです!!
これは、今後私がヴィクトリア様の護衛になるなら、いずれ彼女とも深く付き合うことになるわけですから、禍根は残さない方がいいだろうとのアルディス様の配慮ですが、別のところで禍根を残しそうです。主に私の羞恥心に!
そして、リード君が席をはずした(わざと用事を言いつけられた)隙に、アルディス様からとても真剣に注意を受けました。
「お前は、本当にリードを煽るのが恐ろしい程上手だな」
「へっ……?」
「俺が魔導塔長に呼ばれた後、なんで……、どうしてあんなことになるんだ……!」
ものすごく苦々しい顔して睨まれました。せっかくのお美しい顔が歪んでひどいことになっています。なんか、スミマセン。
「え、えと……、まぁ、主に、私のカンチガイ……です、ね」
思い出すと身の置き所がないほど恥ずかしいです。どんどん頭が下がっていきます。
「俺の気遣いを返してくれ」
「ス、スミマセン……」
「あの日、俺がアリアナの話を聞いて、どんな気持ちになったかわかるか? この研究室に戻ってきたら————」
※※※
「あ、アルディス様、お帰りなさいませー」
アルディスが自分の研究室に戻ると、アリアナだけが迎えに出てきた。
きょろきょろと見回してリードとシャーリーの姿がないことを確認し、心の中でにんまりとした。
昨日の時点で、婚約者であるシャーリーと会えないことに、リードが臨界点ギリギリ、もうキレそうになっているのは勘付いていた。なんとか間に合って良かったと、胸を撫で下ろした。
「ああ、ただいま。リードとシャーリーは、どこへ遊びに行くとか何か言っていたか? それとも侯爵邸に帰ったか?」
アルディスがご機嫌でそう聞くと、なぜかアリアナは「あれ?」と言った後、むぅと腕を組み、考え込んだ。
「? ……どうかしたのか?」
ちょっと、嫌な予感がした。
「リードさんの婚約者さんは、シャーリーさんと仰るんですね? じゃあ、やっぱりあの女性が婚約者さんでいいんですよねー? なんか噛み合わないな……」
「おい、な、何か、あったのか?!」
ものすごく、嫌な予感がした。
「いえ? ……あー、いや、おそらく?」
「どっちなんだ!!」
「なんとなく誤解が発生して、ロマンス小説みたいな展開があって、リードさんが獣になって、婚約者さんを拉致しに行きました!」
「さっぱり、わからん!」
「とにかく、逃げた婚約者さんをリードさんが野獣のように追いかけていきました。早退するとアルディス様に伝えてくれ、と言付かりました」
「なんでそんなことに?!」
俺が折角お膳立てしたサプライズは、どこへ行ってしまったんだ?!
俺にサプライズはいらないのだが!
「いやぁ。リードさんたら婚約者さんにベタ惚れですねぇ。いつもスカしたリードさんがあんなふうになるなんて! 初めてあんなお芝居みたいなシーンを間近でみちゃいましたよ! もう胸が激熱です! きっと今頃、リードさんは婚約者さんに野獣のように襲いかかって……! きゃあ、もうやだ!!!」
はしゃいだアリアナは、顔を真っ赤にして、火照った頬に両手をあてて悶えた。
「…………!!」
アルディスは血の気が引いた青い顔をして、初めて頭が真っ白になり白目を剥く、という体験をした。
だが、すぐにアルディスは母キャロラインの言い付けを思い出し、意識を強制的に復活させた。
「まずい! リードを止めなくては……!」
気配を探れば、隣のリードの部屋に結界が張られているのが感知できた。
(ここか!? まずいまずいぞ! 間に合うか? 頼む、無事でいてくれ、シャーリー!)
アルディスは祈るような気持ちで、脱兎のごとくリードの部屋へ駆け出した。
※※※
「そこからは、お前も知っている通りだ……」
アルディス様は、話し終わると疲れた様にふぅーっと大きくため息をつきました。
「……ほんとうに、スミマセンデシタ……」
「いいか、リードの暗黒面を引きずり出すことはとてつもなく危険だ。俺もお前も、よくよく注意しなければならない」
「はぁ……?」
アルディスサマハ、トツゼンナニヲイッテイルノデショウ?
リード君はジェ〇イの騎士かなにかなのでしょうか?
「俺はいい。リードの地雷はだいたい把握している。問題はシャーリー、お前だ」
びしぃっと指差されました。マナー悪いですよ。
「その顔は、全くわかってないな……」
また言われてしまいました。私はそんなに心の中がわかりやすい顔なんでしょうか。
「だけど、リード君のなにが危険だと言うんです?」
確かに、時々黒いナニかは感じますけど、特に問題はなかったと思うのです。
アルディス様は、ひどくうんざりしたような顔をしました。なぜ。
「おい、鈍いにもほどがあるぞ……。婚約者であるシャーリーに言うのもなんだが、アイツは、普段は人当たり良く常識的な人間の様に振舞っているが、本当は違うぞ……」
「ああ。それは知っていますよ。一緒に幼年学校に通っている頃はものすごく人に対して疑い深くて、冷たい態度を隠そうともしていませんでしたから」
いつからあんな社会性を身に着けたのかなぁ? やっぱり私と会えなくなってからだよね。リード君もきっといろいろな経験をして大人になったんだね!
私がそんなことを考えてにこにこしていると、アルディス様はさらにうんざりした顔をしました。
「知っているならハッキリ言うぞ。アイツは基本他人なんてどうでもいいと思っているが、執着したものにはとことん粘着質だ。そのうえ、なにかのきっかけで隠していた暗黒面が出ると、自分の耳に入る情報と己の持っているもの全てを使ってでも、力業で自分の思い通りにしてしまう。そして、そのきっかけになるのは、だいたいお前だ。シャーリー」
「うえっ?」
「今回のことだって、休みを取らせてなかったのもあるが、大方お前が原因なんだからな」
「ハイ、スミマセン。私が変な誤解を……」
「それだけじゃないだろ。お前、ルキア侯爵家の護衛騎士たちと、ずいぶん仲がいいみたいじゃないか」
「え? ああ! そうですね、良くしてもらっています。皆さん、すごく丁寧にいろんなことを教えてくれるんですよ~」
もう用事が無ければ、ほとんど一日中騎士団で一緒に鍛錬しているくらい!
皆さん、侯爵家の騎士さんだけあって、実力も筋肉も(コレ大事!)、本当に素晴らしい方たちなのです。そのうえ貴族出身なのに、気さくにご飯に誘ってくれて、おまけに奢ってくれるし、とても優しくて楽しい方たちばかりなのです。
「それだ。シャーリー、それなんだよ!」
それ? え、どれ?
思わずきょろきょろする私に、アルディス様がうんざりし尽くしたような顔になりました。
「お前、自分が騎士団の中でアイドル化しているの、分かってないな? あいつらは貴族出身といっても、所詮は脳筋。むさくるしい男ばかりの中に、いくらその眼鏡で不細工に見えていたとしても、明るく素直でスタイル抜群、しかも自分たちの仕事と筋肉を絶賛してくれる女性が近くにいたら、恋愛対象になるのは当然だろう?」
「いや、まさか……。皆さん、よくて弟扱いだったと……」
アルディス様は頭痛を堪えるように頭を抑えました。
「お前がそう思っていたとしても、細作からの報告を詳細に受けているリードはそう思っていない。特に最近は休みが取れなくて、護衛騎士団の連中に牽制できていなかったからな。さらに言うと、その眼鏡がなにかの拍子にとれてしまったら……、とずっと戦々恐々としていた。だから……、よくよく注意してくれ……」
「はぁ……」
「やっぱり、わかってないな……。ルキア家に数週間滞在しただけで、こうなんだ。今後をリードが心配になるのは仕方がないだろう。近々シャーリーがヴィーの護衛に就くことはリードも知っていた。だから今度はアルバート家の護衛騎士団の方が気がかりになっていたはずだ。こっちは他家の騎士団だから牽制ができないしな。それで余計に、なにがなんでもリードはシャーリーに会いに行くための定期的な休みが欲しかった……。その為の方策を絶対練っていたはずだ、と俺は思っている」
「それって、この前のことはやっぱりリード君の策略だった、ということですか?」
「いや。たぶんそれは違う。全ては偶然だったはずだ。だが、その偶然を、ヤツはいつの間にか自分に都合のいい流れに落とし込んだんだ……。俺はそれが、結構コワいぞ……」
「そう、言われると……?」
確かに、あの日魔導塔に私が行ったことも、私が覗き見して変な誤解をしたことも、その時にアリアナさんに私のことを話していたことも、全てが偶然。
なのにリード君はいつの間にか、最終的にアルディス様からあの休みの条件を引き出す状況を作り出していた……?
「リードに休みをあげてなかった負い目とか、母上との約束を上手く利用して……、俺がああ言わざるを得ない状況に誘導した……」
「そんな、まさか……。リード君はそんな子じゃ……なくも、ないかも……?」
寒くもないのに、二人でぶるりと震えました。
このとき、扉のノック音が響き、用事を済ませたリード君が研究室に戻ってきました。
「ただいま戻りました、っと、どうしました二人とも? 幽霊でも見たような顔をして」
不思議そうな顔をしてリード君が首をこてりと傾げました。やだ、可愛い……。
アルディス様がにやけている私を見て、とことんうんざりした顔をしています。だから何故。
「いや、なんでもない。ちょうどいま話が済んだところだ。では、くれぐれも頼んだぞ。シャーリー」
「はい。それでは失礼致します」
アルディス様、最後まで目で訴えています。そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うのですが……。
退出の挨拶をすると、いま戻ってきたばかりのリード君が「シャーリー、門まで送ります」と当然のように声を掛けてきました。
門までなんて五分くらいなのにと思うけれど、その短い時間でも一緒にいたいと思ってくれる気持ちがすごく嬉しいので、素直に頷きました。
リード君もにこりと微笑みます。
門に到着し、私が辻馬車の乗り場へ移動する前に、リード君が言い難そうに口にしました。
「……アルディス様から何か言われましたか?」
ちら、と横目で見ると、少し不安そうな顔。何を言われていたかは、おそらく見当がついているのでしょう。
でも、リード君がほんとうは何を考えていたって、ほんとうはどんなことをしていたって、別に構いません。だって、そういうこと全部を含めてリード君ですから。私の気持ちはまったく変わらないのです。
それはきっと、リード君が『どんな姿をしていても好きになる』って私に言ってくれたのとたぶん似たような気持ちなのです。
それに、私に他の男性を近付けまいと心配して、いつも焦っているなんて聞いたら……、そんなのいじらしくって可愛さ半端ないじゃないですかー!
「うーん……言っても、いいのかなぁ」
困ったように言うと、リード君はものすごく不安そうな顔になりました。
私は、リード君と向かい合うと、にぱーっと笑いかけました。
「……あのね、私はリード君が、大好きだなぁ、……と思って!」
また、リード君は石のように固まってしまいました。あらら。
とはいえ、私の深く考えずにしていた行動で、いままでリード君にもあんな胸やけするような思いをさせていたとすると、私は猛省しなくてはならないのです。
お詫びとして、リード君に何か気の利いたことを言えないものでしょうか……。
あ、そうです! 以前、乳兄弟のガイがカフェにきた時、嫉妬したリード君に言おうとしたあの言葉……。
あのときは、こんな自惚れが強い女みたいな台詞言えない、と思って飲み込んだけれど、いまは違います。ちゃんと『好き』って言ってもらえましたからね!
『好き』と言えば……、リード君にはまた呆れられるかも知れないからナイショですけど、あれから、前にリード君に『好き』と言われたことも、ちゃんと思い出したのです。
あの時は、婚姻誓約書や私の過去の話やら、私の頭がいっぱいいっぱいになっていたようで……。
でも二回も『好き』って……、それも二回目はあんなに熱烈に言ってもらえて、かえって得しちゃったかな~!
さて、ではいい機会だから、堂々と言っちゃいますよ!
「……それとね、私は、過去も現在も未来永劫、リード君しか好きになれないらしいから、護衛騎士さんとか他の男性のことなんて気にすることないの————だから、安心して?」
すると、リード君の石化は解け、みるみる顔が真っ赤になっていきます。
そして、切れ長の目をきゅっと細めて、嬉しそうにはにかんだ、私の大好きな可愛い笑顔を見せてくれたのです。
了
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