シャーリー、反省する?
————気が付くと、私、ベッドに押し倒されていました。
(?????)
えっと、確か、リード君と美少女の告白シーンを目撃して逃げ出して……、からの記憶が曖昧なんですが……。
なぜに、私は、リード君に、押し倒されて、いるの、でしょうか??
状況を理解できないまま呆然としていると、私に跨ったリード君は、ひとつに結んでいた髪をするりとほどき、ジャケットを脱ぎ、タイを弛め、シャツの首のボタンを二つほど外しました。なぜに脱ぐ?
シャツの首を指でゆるめながら、ふるりと頭を振るリード君は、いままでで一番、凄まじいばかりの色気を発散しておりました……。
私はその圧倒的な色気にあてられて、目を逸らすこともできず、体は硬直して動きません。動いているのは、倍速かと思う程激しくバクついている私の心臓のみ。
リード君の両腕が、私の頭の横に置かれ、ぎしりとベッドがきしみました。
(あれ……、なんだコレ、なんかこのカンジ憶えがあるぞ……。そうだ、召喚された時に、リドさんで妄想した状況と似ている————?)
だけど、あの時はこれ以上の妄想は爆死しそうで止めたけど、いまは現実で、相手がリード君で、なんだか色気が満載で、だから何が言いたいかというと、そう、妄想と違って、止まりそうもないってこと————!
私を上から見下ろしたリード君の艶のある金茶色の長い髪が、さらさらと私の頭の周りに落ちてきて、まるで金茶色の天蓋のようです。
リード君は無表情でじっと私の顔を見つめています。無表情ではありますが、その切れ長の目は滲み出る劣情で、色気がダダ洩れています。
久しぶりにゼロ距離で見たその瞳は、紅色の虹彩が輝きを増していました。こんな時ですがうっとりします。
「……きれ…い……」
私のついこぼれた呟きに、リード君は目元を赤らめ、ふっと視線を逸らし、口元は何かに耐えるように歪みました。が、すぐに視線を戻して聞いてきました。
「シャーリー、どうして逃げたの?」
その質問で、『好き』と告白し合っている二人が脳裏に甦って、胸が締め付けられました。
「だって……、リード君、あの女の子に告白してた……。私、邪魔者でしょ……」
「僕の婚約者は、シャーリーだよ?」
いまさら、そんなことをひどく優しい口調で言うリード君に、一瞬ですが殺意が湧きました。
「他の子に告白してたくせに、リード君は何を言っているの? それに……、だって、私は、『好き』って言われてないのです!」
「んんっ?」
リード君は、急に鳩が豆鉄砲を食ったような、なんとも微妙な顔になりました。
「私、リード君から好きって言われたことないのです! だから、私、いろいろリード君の言ったことを勘違いしていたのかと思って、恥ずかしくなって……」
あまりの阿呆さ加減に自分自身に嫌気がさします。羞恥で顔が熱くなってきました……。
「んんん??」
リード君が盛大に首を捻った後、ものすごく顔をしかめて、恐る恐る聞いてきました。
「えっと、ちょっと質問なんだけど、じゃあ、シャーリーは、僕がシャーリーと婚約したのは、何でだと……」
そう言われると、好きでもない女性と婚約するなんておかしなことです。
私の気持ちを察して……? 見て見ぬ振りができなかった……?
「同情……? あ、もしかしたら慈善活動……!」
「…………!!!!」
リード君はこの世の終わりの様な、途轍もない絶望を感じさせる表情をしました。
その顔をしたいのは、私の方なのです!
「……そんな、僕の長年の努力はいったい……。またイチからやり直しなのか……?」
どうしてリード君の方がショックを受けたような顔をするのでしょうか。
「だから私、リード君の言葉を勘違いして、好かれているって自惚れていたから、さっきも二人を見て嫉妬なんてしちゃって……。馬鹿ですよね、恥ずかしいにも程があるのです」
そもそも、嫉妬する資格なんて私にあったのでしょうか。
私の心の中では、悔しさ悲しさ、憤りに妬みや後悔……もう、なんだかわからないいろんな感情が湧いて出てごちゃ混ぜになって、もう、とにかく自分が恥ずかしいのです!
きっといま私は、眼鏡なんかなくてもとても醜い顔をしているはずです。
(そんな顔、リード君に見せたくない)
両手で自分の顔を隠すように覆いました。ところが————
その両手はリード君に手首を持たれてすぐにべりっと顔から剝がされ、そのままベッドに押さえつけられ縫い留められたのでした。
「あ、あのね、リード君……! 私だっていいかげん怒りますよ!」
いじわるするにもほどがあるのです。責めるようにリード君に視線を向けると、思わず絶句しました。だってその顔は、驚くほど蕩けるように微笑んでいたからです。
「は……?」
「やっぱり、嫉妬、したんだ。……シャーリーが……!」
そう言うと、私の胸にぽふりと額を落とし、安心したように大きく息を吐き、くすくす笑い出したのです。
急に笑い始めましたが、リード君大丈夫でしょうか。いやいや、そうじゃないです! 私がこんな恥ずかしい思いをしている時に、笑うなんてひどいじゃないですか!
「! ……そうか。もしかしてシャーリーのトラウマに触れてしまったのか……」
今度はぴたりと笑いが止まったかと思うと、なにかぼそぼそと呟いています。どちらにしても私の胸の上ではやめて欲しいのです。
「ちょっと……! リード君」
リード君は急にがばりと起き上がり、ベッドに押さえつけていた私の両手を持ち上げて自分の唇に寄せ、指先にキスを落としました。でも、リード君の顔には甘さの欠片も無く真剣な表情で、その瞳には悔いるような色が滲んでいて、私は驚きで目を瞠りました。
「え……?」
「まずはシャーリーに誤解させたことを謝ります。君が“心変わりされること”——傷つくことを異常に怖がっているのを、僕は知っていたのに。本当に、……ごめん」
「……あ、あぁ……!」
リード君に謝られて、私はにわかに混乱状態から回復したのです。
そして、私は本当の自分の気持ち——この恥ずかしさの正体に気付きました。
私はリード君が心変わりをしたと思った時に、動揺してリード君と再会する前の自分にすっかりリセットされてしまいました。
人と深く関わって裏切られたり傷ついたりするくらいなら、最初からそんな関係はないほうがいい——そんな風に思っていた、あの頃の自分に。
リード君との関係をなかったことにすれば、深く傷つかない。勘違いして恥ずかしい思いをしただけ、という方が自分の心は傷つかない……無意識にそんな考えになっていたのです。
あんなにリード君の好意を確信していたくせに、無意識とはいえ、自分を守る為にリード君の気持ちをなかったことにしようとするなんて……。
あんなに恥ずかしかったのは、きっと自分のこの、卑怯な心のせいだったのです。
私の方こそ、リード君に謝らなければ……。
そんな私の気持ちの変化を読み取ったのか、リード君の表情がふっと和らぎました。
「あの『好き』は彼女に向けて言った『好き』ではありません。君のことを言ったんです」
「え……? ええ??」
驚く私に、リード君はほっとしたような、同時にあきれるような複雑な表情でため息をつきました。
「少し会わないでいると、いつも君は変な考えに囚われて僕から離れていこうとする……。シャーリーの斜め上の考え方には毎回驚かされるけど、今度もほんとうに胆が冷えました。どうして僕が同情して君と婚約したことになるのか、全く理解不能だ。だいたい僕はそんなお人好しじゃないし、以前に言ったこともありますよ? 君に『好き』だって……」
え? ちょっと記憶にないんですけど。
「ああ、憶えてないって顔ですね」
なんで、わかるんですか? それにだんだん、笑顔が邪悪になってきているような……
「シャーリーが忘れっぽいのは知っていましたが、僕の告白まで忘れるなんて、ね……。まあ、いいです。憶えてないなら、いま、きっちりと刻みつけますから……」
「へっ……?」
リード君は自分の口元に寄せていた私の指をちゅっと口に含んだ後、かぷりと甘噛みしました。痛くはありませんでしたが、指先に当たる柔らかな唇と舌の妖しい感触に、びきりと体が固まりました。
そんな私をリード君は楽しそうに見つめながら、今度は私の右手を自分の頬にあてさせ、左手のてのひらには、私に見せつけるように口づけを落とします。その間、ずっと私から視線をはずしません。色気の波状攻撃です。そして、とどめのように、
「シャーリー。好きです。いえ、すでに……愛しています」
言い放ちました。
「ぅひ…ひぃ……」
あ、もうダメです。私はいま召されました……。
一瞬、確実に天に昇ったようです。意識がなくなりました。
そして、気が付くと私の両手は、いつの間にかリード君と恋人繋ぎをして、私の頭の両脇に移動していて、リード君によってベッドに再び縫い付けられていました。
「僕は『好き』なんて言葉よりも、もっと重い言葉で告白していたと思うんだけど……。シャーリーには全然伝わっていなかったみたいだね」
そう言うと、リード君は私の眼鏡を口で銜えて持ち上げると、頭を振って眼鏡をぽいっとベッドの下に落としました。
じっと眼鏡のない、素顔の私を火照った顔で眺めています。でも以前のように動揺はしていません。
「リード君、私の素顔、いつの間に平気になったんですか?」
「ああ、この前はいきなりだったからね。あんまりシャーリーが綺麗すぎてびっくりしちゃっただけで、僕は君の顔がどんなだろうとほんとのところ全く気にしてないんだ。僕は、君が君であれば、どんな姿であろうとも好きだ。そうだな……、例え君の性別が男であっても、全然構わないぐらい」
衝撃です。衝撃の告白をされました。メガトン級の重さです。ここまでの『好き』は、正直求めていなかったです。
ですが、リード君に言われると、どうしてでしょう、どんな重い告白でも嬉しく感じてしまいます。言葉が重ければ重いだけ、心臓にどすんとダイレクトにくる感じです。その衝撃は、私の心に淀んでいた、なにか黒くてイガイガしたものを粉砕してくれました。
さっきまでの胸のムカムカなんて、胃薬を飲んだ時よりも爽やかに解消されて、替わりになんともこそばゆい感情——幸福感とでも言うのでしょうか——で、胸がいっぱいになりました。体がふわふわと軽く感じ、自然に笑みが浮かんで、思わず心の声がもれでました。
「リード君……、もう、ほんとに、好き……!」
リード君は、無表情のまま、ぴきりと石のように固まりました。
あれ。どうした。何があった?
しばらくして硬直から復活すると、リード君はどこか仄暗い笑顔をしながら呟きました。
「まったく……。少し言い過ぎたかなと心配したのに……。シャーリーは、何度も僕の息の根を止めそうになるし、煽るのがうまい」
「へっ……?」
意味の分からないことを言い出したリード君の瞳に、色気だけではなく何か獰猛な光が宿っています。
「君に会えなくて限界を迎えていたところに、嫉妬されたと一回は上げられ、変な勘違いでどん底に落とされ、最後には煽ってくるなんて……。いい度胸です。覚悟はできているんでしょうね?」
あれ? どうしてだろう。魔王と対峙した時より、いま、ずっとずっと恐ろしい程の身の危険を感じます……。
「え、えと、えと、リード君も欠乏症患ってた? 私も重症だったんですよ~! 『リード君欠乏症』! 二人でお互いの欠乏症が重症化してたなんて、私たち、気が、合う……ね……」
私の苦しまぎれの話なんて意にも介さず、リード君の妖艶ながらも邪悪な笑顔がどんどん近づいてきます。
お互いの鼻先が触れあいました。
このまま、ファーストキス?!
この雰囲気のまま、突き進んでいいのか?! それとも、なんとなく納得がいかないので、やり直しを再度要求するか?! でも、ちょっと期待している自分もいたりして————
埒もない思考がぐるぐると渦巻いて、感情はアワアワしていますが、体は緊張で硬直したまま。
そうこうしているうちに、リード君の熱い吐息を、くちびるに感じ————
ばきん、と強引に結界が破られる音が部屋に響き渡りました。
「リード! そこまでだ! 踏み込むのは勘弁してやる。だから早く出てこい!」
立てこもり犯を検挙する様なアルディス様の怒声と扉をガンガン叩く音が轟きました。
「ちっ」
リード君の舌打ちが耳に届きました。
寸止めです。
三度目の寸止めです。やはり二度あることは三度あるのか……。
リード君は、黙ってベッドから降り、私にも手を貸して起こすと、ベッド下に落とした眼鏡を拾ってかけさせて、すばやく髪と服を整えてくれました。
気配り半端ないです。
「リード! いい加減にしないと、踏み込むぞ!」
「……ったく、この部屋にも監視かめらを設置してあるのか……?」
笑えない冗談をつぶやかないでください。
リード君は憮然とした表情のまま、扉へ向かい、うるさく叩かれている扉を開けました。
「シャーリー! 無事か?! 襲われていないか?」
リード君を押しのけて、アルディス様が必死の形相で部屋へ踏み込んできました。
なんですか、リード君は猛獣ですか。……うん。確かに獣ではありましたね。
「はい……。無事、です」
アルディス様は、そう言う私を頭からつま先までチェックし、おそらく服や髪の乱れがないことを確認すると、やっとホッとしたように息をつき、脱力しました。
「そうか……、間に合ったか。助かった……」
はて、アルディス様がなぜそこまで私の貞操を心配するのでしょうね?
そして、アルディス様はくるりと向きを変え、怒りの形相でリード君に向き合いました。
怒られるのでしょうか?!
「あ、アルディス様、違います、私が勘違いして、それで……!」
「リード、スマン!!」
あれ? アルディス様が、リード君に謝っている?????
リード君は依然、憮然とした表情のままです。
「お前が限界を超えているのは分かっていた。だから、今日は午後から休みをあげるつもりだったんだ! 本当だ!」
そう言って、私の方をちらりとアルディス様がみるので、私はコクコクと大きく頷きました。リード君は胡乱な表情で、それを横目で見て黙っています。ものすごい威圧です。
「う……。これからは定期的に必ず休ませるし、シャーリーと会う時間も絶対に取らせる! だから、婚姻前にシャーリーを襲うのだけは、勘弁してくれ!! 俺が母上に怒られる!」
あ、ああ~。なるほど~。キャロライン様から言われているんですねー。納得しました。確かにキャロライン様は怒らせるとコワそうです!
「……わかりました。お休みは週二日、シャーリーと必ず合わせてもらいます。いいですか? 絶対に守ってもらいますよ。約束しましたからね? アルディス様」
リード君はそう言うと、にっこりと、それは美しい微笑みをみせました。ですが、見る人が見れば、とてつもなく底知れぬ黒い微笑みだったかもしれません。
アルディス様は、確実にその一人です。
「あ、ああ……」
あれあれ? もしかしてこれって、きちんと休みを取る為の策略だったの?
それとも、成り行きでうまいことやっただけ?
わかりません! リード君のやることは、どこまで謀でどこから偶然だったのか、さっぱりわかりません!
「それでは早速、今日はもう休暇でよかったんですよね? ついでに明日も休んでいいですか?」
「あ、ああ……」
「では、シャーリー、一度侯爵邸に戻って着替えてから、どこかへ出掛けましょう?」
そう言って、リード君は呆気にとられる私を連れ出して、意気揚々と休暇に入ったのでした。
この後、久しぶりに、私が悲鳴をあげるほどの超絶極甘なデートをしたのは言うまでもありません。
そのときに、私の唇を奪われたかどうかは……、御想像にお任せします!
ありがとうございました。
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次話(最終話)は、来週投稿予定です。




