リードの戸惑い?
「ヴィクトリアの挺身~」でのアリアナの修業先はココ、というネタバレ回です。
「リードさん、この記述がよくわからないのですが」
アルバート男爵邸襲撃事件後、ちょっとした経緯があってルキア侯爵家で預かることになったアルバート家のメイドであるアリアナが、アルディスの書いた購入品メモを見ながら首を捻っている。
アルディスはひどい悪筆なのだ。たぶん頭で考えていることが、手で文字を書く速度に追いつかないのだろう。省略したり、文字を続けざまに書いたりと、初見ではまず読めない。
天才の、頭が良すぎる主人について行く為には、凡人の従者である自分たちにとってはいろいろ苦労と努力が尽きない。
アリアナが指さしている個所を良く見るために、かがみ込んでじっと見た。
「ああ、これは——と書いてある」
「え。じゃあ、これは? 同じに見えますけど」
「いや。それは——なんだ。微妙にハネがあるだろう?」
「??? いや、さっぱり分からないです。同じですよ」
アリアナの首の捻りが止まらない。メモを机の上に置いて、さらに指さしてコレは? こっちは? と聞いてくる。
それぞれ説明するが、さっぱり納得しない。
「ま、最初は仕方がないさ。僕だって読めるようになるまで相当苦労したんだから。そのうち分かるようになるだろう……、たぶん」
「リードさん程には絶対なれない自信だけはあります。なんせ、主人に対する愛の度合いが違います。私の愛はヴィクトリア様に捧げられていますから。アルディス様に捧げる分がこれっぽっちも残っていません!」
堂々と胸を張って言うアリアナに、思わず苦笑が漏れる。
「そんなに愛する主人をほったらかして、修行に来ているのか?」
「うっ……。それを言われると、結構ツラいものがあります……。でも、いまのままの自分じゃ全然ダメなんです……」
なんでも、ヴィクトリア嬢が襲われた時に、何の役にも立たなかった自分が嫌で、ここに修業にきたと聞いている。正直、メイドに魔導が必要なのかとは思うが、そこまで主人の為に自分を高めようとする姿勢は評価に値する。
それに、僕の顔に全く興味がないところは好感が持てる。一緒に働くのにとても楽だ。
とは言っても、ヴィクトリア嬢も相当な美少女であったし、ここには僕以上の美形がゴロゴロ存在するから、僕程度ではアリアナは気にも留めないというところか。
「ま、愛する主人に忘れられないよう、早く修業とやらを終わらせることだな」
それはお嬢様にも言われました、と複雑な顔をしながらアリアナはため息をついた。
「ところで、リードさんはいつでもアルディス様を完璧にサポートしているけれど、私のように仕える主人に心酔しているってカンジではないですね? どこか突き放しているっていうのか……、命令に忠実なだけではなく自分の考えで動いている部分があるというか……?」
眉間にシワを寄せてしきりに首を捻って考えているが、自分の感じたことを掴みとれなくて、うまく言葉にできないようだ。
だが、まだ十五歳と聞いているが、なかなか鋭い。僕の本来の仕事はアルディス様の従者ではなくルキア家の密偵であるので、その辺の違和感を何か感じ取っているのだろうか。あの聡明なヴィクトリア嬢が信を置くだけはあるということか。
だとしても、ルキア家預かりなだけのメイドに正直に話すことでもない。
「そうですね……。昔の僕は、アルディス様の従者になることは、自分に無能の烙印を押されることなのだと、そう思っていた時期がありました。だからそもそも、自ら進んでアルディス様に仕えたいと思った訳ではないのですよ。それで、ついアルディス様に対して斜に構えてしまう態度が抜けないのかもしれませんね」
「え?」
アリアナにとっては思ってもみないことだったのだろう。ぱちくりと大きく目をしばたたかせた。
「……でも、その馬鹿げた考えをすっかり糺してくれたのが、僕の婚約者なんです」
言いながら目尻が下がり口角が上がるのが分かる。シャーリーのことを考えるだけで、顔の筋肉が勝手に反応してしまうのだ。
そんな僕の告白を聞いて、「おおっ?」と言いながら目を見開き、何かに気付いたように次第にアリアナの口元がにやにやと緩んでくる。
「なるほどなるほど? その婚約者さんとは、しばらく会えてないと聞いています……。急ぎの仕事も一段落しているのに、朝早くからやけに一心不乱に仕事の片付けをしているからどうしたんだろうとは思っていましたけど……。これは、ズバリ、午後から休みを取って、その婚約者さんに会いに行くつもりなんですね!」
なかなか勘もイイ。メイドとしては、このくらいの気働きがないと優秀とはいえないのかもしれないな。ちらりと視線を流し、小さく頷いた。
「とても尋常じゃない速度で動いていましたもんね! あ、よく見たらほとんど片付け終わってるじゃないですか。うわぁ、ほんとに会いたくて堪らないんですねぇ! これは婚約者さんの事、かなり……いやいや、もうめちゃくちゃ好きなんでしょ?!」
アリアナの声のトーンが興奮してどんどん上がっていく。そのうえ、こうもあからさまに言われると、さすがに照れる。
だが、アリアナの言う通り、今日は彼女の顔をひと目でも見なければ眠れないと思う。我慢の限界だ。だから、絶対に今日は会いに行くと、昨日から決めていたのだ。
これから会いに行くと思うとさらに緩んでくる口元を隠すように手で覆い、心から溢れてどうにもならない、ここ最近言いたくてたまらない言葉を口にした。
「ああ。どうしようもなく、好きだ」
衒いもない僕の惚気に、アリアナは赤くなった頬を両手で抑えると、瞳をキラキラさせて歓喜の表情を浮かべ、声にならない悲鳴をあげた。
その時、扉の方からゴツンと物音がしたので、ハッとしてそちらへ顔を向けた。
「あらっ、どちらさまでしょう……?」
物音がするまで全く気付かなかったことに自分でも驚いたが、出入口の扉が少し開いていて、そこに青褪めた顔をした女性が立っていた。アリアナの問い掛けも聞こえていない様子の、その女性は——
「……シャーリー……?」
あまりにも会いたい気持ちが強すぎて、幻を見ているのかと動揺したが、アリアナにも見えているようだから、僕の妄想ではないらしい。なんでここに?とは思ったが、顔を見られた嬉しさの方が先に立った。
だが、シャーリーの表情がおかしい。
まるで、僕を憎んでいるように睨みつけて……、いや泣くのを堪えているのか?
久しぶりに会えたのに、なんでそんな表情をしている————?
そう訝しんだ途端、シャーリーの姿が扉の前から消えた。
(なんなんだ————)と、思ったのは一瞬だった。
今のこの状況、直前に言った自分の言葉を思い出して、すぐにシャーリーの表情の意味を察することができた。
じわじわと喜びの感情が湧いてくる。思わずくっと喉が鳴った。
「アリアナ、今日はもう早退するとアルディス様に伝えておいてください!」
それだけ言うと、彼女の後を追う為に走り出す。
「りょーかいしましたぁー!!」
何故だかもうすでに全てを理解しているような、アリアナの浮かれた声が背中に聞こえた。
廊下に出てまわりを見回すと、数メートル先にへろへろとした足取りで廊下を走るシャーリーがすぐにみつかった。どうやら動揺しているせいか、転移や身体強化で逃げるという考えまで及ばないらしい。
全速力で走ればすぐに追いつき、がっしりと彼女の腰を掴んで抱え上げて、すぐ先にあった自分の部屋に連れ込んだ。ついでに誰にも邪魔されないように、扉に結界を張った。
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次話は、来週投稿します。




