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シャーリー、嫉妬する?

「四回転生~」と「ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切」第1章ヴィクトリアの終了後くらいの時期のお話になります。

ネタバレにならないよう次話投稿していきます。

宜しくお願い致します。

 私が転生者だとバレて(バラされて)から暫くして、リード君はカフェを辞めました。


 リード君最後の出勤日は、朝から女性客が引きも切らずひっきりなしに店に訪れていました。その騒ぎたるや、〇ャニーズのライブ当日のア〇ーナ周辺といった人混みと賑わいで、カフェ従業員が何人も外に出て行列の整理や案内をするという有様。その人気ぶりをまざまざと見せつけました。

 そして店が閉まる頃、リード君強火担(カフェ常連女性客)と女性従業員の悲痛な叫びや号泣などまるで気にするそぶりもなく、あっさりと「お世話になりました」とだけ言って、リード君は誰をも寄せ付けない、いつものアルカイックスマイルでカフェを去っていきました……。


 リード君は元々私を監視する為にこのカフェに派遣されていたので、その必要もなくなったいま、アルディス様に「早く帰ってこい」と言われた次の日にはカフェの店長に話を通し、店長も事情を知っていたのですぐに退職届は受理され、ある程度の引継ぎを済ませるとすぐに退職日も決まり、冒頭の騒ぎに至る……、という事態になったのです。

 そして私シャーリーは、リード君の去ったカフェの、阿鼻叫喚の最中に佇み、いたたまれない気持ちでいるというワケです。



「あぁぁぁ~!! 私たちの至高の存在、毎日の生活の潤いが……!」


(スミマセン……)


 今日の朝、私の寮の部屋に訪ねてきたリード君が思い出されました。

 ノックが聞こえたのでドアを開けると、リード君が猫のようにするりと部屋の中に入り、後ろ手にドアをすぐ閉めました。


『おはよう、シャーリー。朝から君と逢えるのが今日で最後かと思うと……、つらいな。僕の潤いだったのに。だけどかわりに君を僕のものにできたのだから、仕方ないか』


 そんなことを言いながら、私をきゅっと抱きしめて、うなじに顔を埋めて猫みたいに頬をすり寄せました。


『ひぃぇ……』


 こ、こん、婚約者になったとはいえ、抱きしめ返すなどという高度な技をまだ会得していない私は、どうしていいかわからない両手をワキワキさせているだけ。

 それを見てリード君は、それはそれは楽しそうな笑みを浮かべました。その笑みはとっても可愛くて……、い、いけません。思い出すと思わず変な顔をしてしまいそうです!



「ううぅぅぅぅ……。どうしてこんな急に……! 急すぎて何も出来なかった……!」


(スミマセン、スミマセン……)


 こうなることをある程度予測していたリード君は、退職に関して箝口令を敷くことを店長に頼み、カフェの従業員にも今日の朝に発表しました。


『退職するからと、いきなり告白されたり、つきまとわれたり、何かを贈られたりするのは、迷惑ですから』


 無情。無表情でそう言うリード君の中身は、幼年学校に通っていた時とそう変わってはいないようです。

 でもそこまでしたのに、朝リード君の退職を聞きつけた強火担のひとりがいただけで、今日この騒ぎなのです。

 確かに前もって言っていたら、どんな大騒ぎになっていたのか……。想像するとオソロシイです。



「寮に行けば、最後にもうひと目会えるかも!」


(スミマセン、スミマセン、スミマセン……)


 その事態も予測していたリード君は、すでに三日前、寮を引き払いました。今頃は転移陣を使ってとうに魔導塔に戻っていることでしょう。

 今日の朝も転移陣で、アルディス様のいる魔導塔から寮に来ていたのです。そのついでに、私の部屋に顔を出して……、思い出すとまた変な顔をしてしまうのでもうヤメなのです!



「でもこれで諦めもつくわ。リード様がいつか誰かのモノになるのを見なくて済む……。知ったら相手の女をコロスかも……」


(ひいいぃぃぃ……!)


 カフェの従業員に過激な同担拒否の強火担がいた模様です!

 私が、こ、こん、婚約者、だと知られたら……! コロサレル!

 退職には箝口令を敷いたのに、こ、婚約したことは言いたがっていたリード君を止めて、正解でした!!

 あの時、どんどん不機嫌になるリード君に負けず、必死に抵抗した私によくやったと拍手を送ります!




 とまあ、リード君がカフェを辞める時はこんな感じでしたが、私が辞める時はじつに穏やかなものでした。

 フロアからいきなり二人も抜けるのは厳しいということで、引継ぎやシフトの調整やらなんやら予定を組み直す時間をくれと店長やモニカに言われ、私はその三週間程あとに退職しました。

 リード君がいなくなったカフェは強火担の常連客が減り、少し寂しくなった気もしますが、以前のように高級感のある雰囲気のカフェに戻り、ある意味通常営業になったとも言えます。

 おかげで、私が辞める頃には店内もすっかり落ち着きを取り戻し、リード君と私がこ、こん、婚約しているということもバレずに済み、送別会までしてもらい、円満に退職することができたのでした。




 カフェの退職後、アルバート男爵令嬢ヴィクトリア様の元で、すぐに護衛の仕事ができると私は思っていたのですが、そう簡単な話ではなかったようです。

 アルディス様は、マイラ鉱山で『自分がヴィーの婚約者だ』とイキっていたくせに、どうやらまだ見込みだったらしく、なんだかアルディス様が幼年学校を飛び級で卒業しなくちゃならないとか、何かの条件を満たさなければならないとか……、私にはとんと分からないのですが、結局は————まだ婚約者じゃなかったみたいです。

 これ言うと、「本人と約束済みだ!」とスゴク不機嫌になるので、口にはしませんけどね。

 そんなこんなですぐにはヴィクトリア様の護衛にはなれないようなので、私はしばらくルキア侯爵家預かりの身となったのです。

 その間、ルキア侯爵家のタウンハウスでルキア侯爵夫人からマナーやダンスを叩きこまれたり、ルキア家の護衛騎士の方と一緒に鍛錬をしたりと、充実(?)した日々を送ってはいたのですが…………。


「リード君に、ちっとも会えない……」


 リード君がカフェを辞めてから一カ月以上たちましたが、実はあれからずっと会えていません。

 どうやら、アルディス様の幼年学校卒業の準備やら、他にも何かいろいろ用事が重なっているとかで従者であるリード君も多忙を極めているようです。

 マナーやダンスはもうお腹いっぱいですが、ルキア侯爵夫人はとんでもない美女なうえにとても愉快な方で一緒にいてすごく楽しいし、護衛騎士様との鍛錬はいままで体験したことの無い戦い方や守り方をそれは懇切丁寧に教えてもらえて、勉強になります。

 ルキア侯爵邸(ここ)にいることに不満なんてありません。あるはずがない、のに……。


「さみしい、なぁ……」


 してみると、私にとってもリード君と毎日会えることは、潤いだったようです。

 いままでの転生人生、好きな人(リドさん)に会えないことをそれほど苦しいと思ったことはありませんでしたが、どうしたことでしょう。リード君とは思いが通じ合った途端、ほんの一カ月会えないだけでこんなにもつらく切なくなるのですね……。初めての体験です……。

 はぁ、と大きなため息をつくと、背後から声が掛かりました。


「あらあら~。物思いかしら? 素敵な風情ね、シャーリーちゃん」


「キャ、キャロライン様! ごきげんよう」


 け、気配を、感じませんでしたっ! 思わず三センチは飛び上がったと思います!

 ルキア侯爵夫人キャロライン様は、ときどき知らないうちに近くに居てびっくりすることがあります。武道の鍛錬なんて、絶対にしたことないと思うのですが、気配を消すことに関しては、達人の域なのです!


「満開の花の中に佇む、騎士服の憂いをおびた美女……。いいわ……」


 うっとりとそんな呟きをもらしたキャロライン様は、美女で完璧な淑女ですが、若干腐っているのが玉に瑕です。ところで、眼鏡をかけた私の顔がぶすに見えないところを見ると、キャロライン様はかなりの魔力量の持主ってことでしょうか。


「……花……?」


 言われて気付きました。ルキア侯爵邸の庭を散歩していましたが、花なんてちっとも目に入っていませんでした。季節は春。よく見れば、どこもかしこも花盛り。薔薇も満開です。これはかなりの重症ですね。リード君欠乏症の。


「ふふ。さてはリードのことでも考えていて、花なんか見てもいなかったかしら」


「ふぐっ」


 図星です。さすが社交界の女王、人の心の機微に聡いですっ。


「あはははは。シャーリーちゃんは、なんでも顔に出てほんとうに面白いわね。さて、そんなシャーリーちゃんに朗報です!」


 じゃじゃーんというように、手紙を顔の前に持ち上げました。


「アルディスから連絡があって、『今日の午後からリードに休暇をあげる予定でいるから、シャーリーを魔導塔に寄越してくれ。リードにサプライズだ』ですって! やっとリードに会えるわね、どう、嬉しい~?」


 にやにやと揶揄うようにキャロライン様は言いましたが、本音は一緒に喜んでくれているのが感じられます。


「はいっ! すごく嬉しいのです!!」


 にぱーっと笑顔で答えると、キャロライン様は一瞬ぽかんとしましたが、すぐにくすっと笑み崩れて(これがまた花が綻ぶような美しい笑みなのです)、「ほんとうにシャーリーちゃんは面白くて馬鹿みたいに正直で可愛いわー」と褒めて(?)くれました。


「これぐらい意外性がないと、あのリードが興味を示さないわよね……」


 そんなキャロライン様のつぶやきなど、すでに嬉しさで興奮している私の耳に届くはずもなく。


「あのっ、私、もう行きますね! とにかく早く魔導塔に行きます! いってきますっ」


「えっ? ちょっと待って、まだ時間が早いからドレスに着替えて…、久しぶりに会うならおしゃれとか……!」


 キャロライン様のせっかくの提案も耳に入らず、挨拶もそこそこに踵を返して、私ははやる気持ちのまま全速力で魔導塔へ向かったのでした。




「おい、手紙はついさっき言付けたばかりだぞ」


 驚きの顔のアルディス様が、魔導塔に到着した私を迎えに来てくれました。

 えへへ、と頭を掻く私を呆れた様に眺めています。


「まぁ、その、スマンな。俺の事情のせいで会う時間が取れなかったからな」


「いえいえ。もう、終わる目途はついたのですか?」


「ああ。やっと、な……」


 力なくそう言うアルディス様をよく見れば、目の下にはギャルのアイラインのごとく物凄い隈ができているし、少し痩せたかな……? いや、でも急激に背が伸びたようなので、痩せてみえるのはそのせいでしょうか……? でも、とにかくとてもやつれています。きっととんでもなく忙しかったのでしょう。

 リード君は、大丈夫でしょうか。心配です。


「それは、よかったですね。ヴィクトリア様もきっと喜びますね」


 そう私が言うと、何故かアルディス様は申し訳なさそうな、私の顔色を伺うような表情をしました。


「ああ。その、ここ数週間のことなんだけどな……実は、あんまりリードが惚気て早く会いたいだの顔だけでも見たいだのうるさいから、俺は会いに行けないのにって、つい腹が立ってアイツに仕事を極振りした。……悪かった」


「ええぇ~?!」


 ずっとリード君に会えなかったのは、アルディス様のせい?!

 むぅ、と頬を膨らませると、焦ったように「だって、俺はもう何カ月もヴィーに会えてないんだぞ?!」と泣きそうにいうので、しぶしぶですが怒るのはやめました。

 会えないのがつらいのは、この一カ月で実感しました。それを何カ月も、と聞けば、ちょっと…いえ、かなり同情してしまいます。


「早く会えるといいですね」


「ああ、……もうすぐ会える」


 そういったアルディス様は光を放つような美しい笑顔をみせました。顔はひどくやつれているのに、ビッグバンの様な輝きです。うぉ、と呻いて、思わず目を眇めました。

 そんなことをおしゃべりしているうちに、目的の部屋に到着したようです。

 アルディス様は急に声をひそめて、話しだしました。


「ここが俺の研究室だ。これから来てもらうことも増えるだろうから、憶えておいてくれ。三部屋の続き部屋になっていて、入ってすぐは応接兼研究室、次の部屋が資材部屋、その奥が俺の寝室。そこの先にある、隣の扉はリードの部屋だ。リードはいま俺の研究室で仕事をしているが、片付け程度しかしていないはずだから、今日はもう一緒にどこかへ出掛けていいぞ」


「ほんとですか?!」


 アルディス様に合わせて、私もひそひそと小さな声で喜びます。


「ああ。俺はホワイトな職場のホワイトな上司だからな」


 ドヤ顔でそんなことを言いましたが。いえいえ、そもそもホワイトな上司は部下に仕事を極振りしないと思うのです。しかも自らそんなひどい隈を作っているのに……ブラックもいいとこだと思うのです!

 そんな風に考えて胡乱な目で見ている私に気付いているのかいないのか、アルディス様は「静かに気配を消して入ってくれ。いつもすましているリードのびっくり顔がみたい」などとこそこそ提案してきます。


「あのう、すみません、アルディス魔導師。よろしいでしょうか……」


 急に後ろから声を掛けてきた人物に、アルディス様と二人で怒ったように振り向いて、「しーっ!」と顔の前で人差し指を立てました。

 研究室の前の廊下で、こそこそ話をしている方がおかしいのだということは、私たち二人の頭の中にこれっぽっちもありませんでした。


「す、すみません。魔導塔長がアルディス魔導師を急ぎでお呼びなのです」


 私たちの迫力に気圧されたのか、声を掛けてきた人物——お使いの魔導師さんがびくびくと声を落として言伝を伝えると「ちっ。」とアルディス様は舌打ちをもらしました。


「リードの変顔を拝みたかったが仕方がない。俺は魔導塔長のところへ行くから、シャーリーはリードと一緒にこのまま休暇を取ってくれ。じゃあな」


 そう言うと、風のようにどこかへ行ってしまいました。


「え、えぇ~……」


 残されたお使いの魔導師さんが、悪くもないのに「申し訳ありません」とぺこぺこしながら、戻っていきました。

 一人残されてしまった私は、途方にくれました。どういう訳か、体が軽く硬直して、胸がばくばくと大きな音を立てています。


「うーん……。なんだか久しぶりに会うと思うと、緊張するし、照れてしまうのです」


 このままアルディス様の研究室に入ればいいだけなのですが……。

 そうだ! とふいに思いつきました。

 アルディス様は、サプライズだと言っていました。つまり、リード君は私が来ることを知らないのです。

 これは、リード君の従者としての仕事を覗き見る、願ってもないチャンスなのでは?

 もしかしたら、見たことの無いリード君を垣間見られる、(アルディス)から与えられ給うたラッキータイム!

 思わず、にんまりと口が弧を描きます。

 そうと決まれば、早速!と、気配を極限まで消して、消音の魔法をドアノブにかけ、それでも静かにそうっと扉を少しだけ開け、扉の隙間から部屋の中を慎重に覗き見ました。

 入り口付近には、応接用のソファとテーブルが置いてあり、部屋の奥にはアルディス様の使っている机でしょうか、立派で大きな机がひとつ置いてあります。その後ろの壁には、法具や書類が雑多に並べられた棚と、天井までぎっしり本が詰まっている大きな本棚が設置されています。

 その本棚の前に、リード君は立っていました。


(うわ……、かぁっこいぃ……)


 ルキア侯爵家従者のお仕着せである、動きやすそうなシンプルな黒の細身のジャケットにトラウザーズが彼をとてもストイックに見せています。きれいに後ろでひとつにまとめた金茶色の髪はいつも通りサラサラですが、一筋の乱れもなくリード君の動きに合わせて揺れています。

 心配したようなやつれや疲れは、ここから見たリード君には見受けられなくて、少しホッとしました。

 どうやらアルディス様の言っていた通り、片付けをしているようです。

 机の上の書類をさっと読んでは纏めたり、区分けされた箱に分類したり、本やなにか陣が書き散らかされている紙、作りかけの法具?のようなものを迷いもなく本棚や棚の空いている場所に納めています。そのスピードはまさに目にも止まらぬ速さ、物凄い動きです。

 その動きは、カフェで給仕をしていた時よりもきびきびとしていて、キレがあります。表情も、カフェではいつもアルカイックスマイルを浮かべていましたが、いまは無表情に近く、少しだけ眉を寄せていてちょっぴり不機嫌そう。ですが、その分目が鋭くて、きりりと凛々しさ三倍増です。


(やだ……。仕事のできる男って感じで、素敵……)


 もう、胸がぎゅんぎゅん言いっ放しです。いますぐ昇天しそうです。

 このままもう少し目の保養をしているか、それともばあっといきなり出て行って、リード君を驚かせて楽しもうか……、そんなことを考えてリード君の変顔を想像し、にやにやとしていた時です。


「リードさん、この記述がよくわからないのですが」


 金髪の美少女が、リード君へ駆け寄ってきたのです。


 おそらく隣の続き部屋にいたであろう、その美少女は、本棚に向かっていたリード君の横に立つと、手に持っていた書類をリード君に見せました。背の高いリード君は美少女に覆いかぶさるように書類を覗き込み、私の位置からは二人の背中しか見えていませんが、まるで、まるで、リード君が美少女を抱き込んでいるようにも見えます。

 リード君が仕事中にそんなことをする訳がないのは分かっているのです。ただ、私がショックを受けたのは、リード君がそこまで自分のそばに女性を近付けたこと、なのです。

 彼のパーソナルスペースは、普通のひとよりも大分範囲が広めなのです。あんなに近づくのを許すということは、かなりあの美少女に気を許しているということに他なりません。

 会話も内容はよく聞き取れませんが、なんとなく楽し気に聞こえます。

 私は、はじめてリード君と誰かが一緒にいるのを見て、むかむかと胸やけがしました。


(——いや、コレ胸やけじゃないでしょ! も、もしや、このむかむかは、嫉妬?!)


 あの、漫画で何度もみた、嫉妬を、この私が……か、感動です! ————とはいえ。

 初体験の感動はしても、胸やけ自体は止まりません。

 自分でもどうかしていると思いましたが、扉の陰でムカつく胸をおさえながら、悪役令嬢のごとくじっとりと二人を見ることをやめられませんでした。


 その美少女はアルディス様の研究机に書類を置き、他にもわからない箇所をリード君に質問しているようです。

 リード君は、一緒に書類を覗き込んで、笑みを浮かべながら説明をしています。

 そして説明が終わったらしいのに、二人はなにか楽し気におしゃべりを始めました。


(めちゃくちゃ、仲良さげ……)


 私の胸のムカムカは、胸やけどころか、吐き気を催すレベルにまで上がっています。

 すごくイライラしながら、それでも目が離せないでいると、美少女が茶化すように言った言葉が耳に飛び込んできました。


「————好き——でしょ?」


 どくり、と心臓が嫌な音をたて、頭が痺れました。

 リード君は、右手で口を隠すように覆うと、顔を赤らめてはっきりと言いました。


「ああ。どうしようもなく、好きだ」


 美少女は両手で赤くなった自分の頬を抑えると、瞳をキラキラさせて喜びの表情を浮かべました。



(あ……、そういうこと、なの……?)


 さっきから、頭を何度もハンマーで殴られているような衝撃を感じます。

 リード君が、美少女に『好きだ』って……告白、してましたね。

 一カ月会わなかっただけで、心変わりなんて、私たちの仲って、そんな程度のものだったのでしょうか……?

 いえ……、そうです。私はいまだに、人前で(心の中でも)リード君のこ、こん、婚約者、だと照れて言えないし、カフェの人たちにも恥ずかしくて言えませんでした。それをリード君はひどく不満げで怒っていました……。

 そんな私を、リード君が愛想を尽かしても、仕方がありません。

 それに————よく考えれば、私、リード君にちゃんと『好き』って言われたことあったっけ……?

 『僕のものにします』とは言われたけれど、『好き』とは言われていなかったと思うのです。

 あれ? 私、もしかして、とんだ勘違いをしていましたか?!

 リード君の『僕のもの』は、恋愛的なものではなく、何か別の意味があったのでしょうか?!

 もしかして、いままでとんでもなく恥ずかしい思い違いをしていましたか、私?!

 かあぁっと全身がたぎるような羞恥で熱くなり、思わずぎゅっと身を縮めました。

 そのとき扉にごぅんと頭がぶつかり、その音にはっとしたようにリード君と美少女が顔をこちらに向けました。

 リード君と目がばちりと合い、今まで見たこともないぽかんとした驚愕の表情を見せました。

 さっきまでは、その表情を見ることをあんなに楽しみにしていたのに……。

 今は、つらくて、なぜだか憎いような気持ちがして、見ていると泣きそうになりました。

 なんだか頭が混乱してきて、まともにものが考えられません。私は堪らずその場から逃げ出しました。


ありがとうございました。

楽しんでもらえたでしょうか。

気に入っていただけましたら、ブックマーク・評価をいただけると嬉しいです!

次話は、11月に投稿予定です。


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