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そのさん



※※※


 隣のベッドから、かすかな寝息が聞こえ始めた。


「おやすみになったようですね……」


 リドは、むくりとベッドから上半身を起こし、召喚された勇者リノの方を見た。

 姿は、恵まれた体躯と剣の天賦の才能を持ち、最近頭角を現し始めた若い冒険者だが、中身はリドがびっくりするほど素直で無邪気な、だが勇気をもった少女だった。

 幼い頃に神殿に預けられ、その教えを叩きこまれてきたリドは、この世界に何度も顕現する魔王を討伐する為に異世界から勇者が召喚され、勇者に討伐してもらうことに何の疑問も持っていなかった。勇者とはその使命を自覚して召喚されるものだ、と信じていたのだ。

 だが今日初めて会った勇者は、リドが思っていた勇者とまるで違っていた。

 何も知らない少女だった。

 召喚した神官も、リドと同じ様に思っていたのか、リノに何も教えなかったようで、今の状態——他人の体に憑依している——ことも先程教えるまで知らなかった。

 体の持主のスペックはそのまま使えること、リノが憑依している冒険者は剣の達人なので、その剣技は意識せずとも使えるということを伝えたが、リノが理解しているようにはみえなかった。


(明日、討伐隊の方と森に出てみれば、体で分かるとは思うが……)


 だが、リノは話をしていれば分かるが、本当に普通の少女だった。魔獣討伐に行くなど、耐えられるか心配だった。

リノは美味しそうな食事に目を輝かせ、手に触れただけで恥じらいはにかみ、男の体に憑依したことにうろたえる、戦闘など縁のなさそうな普通の少女なのだ。

 それでも、この世界の事情を話せば、「魔王討伐を頑張る」と笑顔で答えた。


「私は、ずるい大人だな」


 リノの素直さを利用した。こちらの窮状を話せば、素直で善良そうなリノなら引き受けてくれると分かっていた。『全てサポートする』なんて言ったのは、せめてもの罪滅ぼしだ。

 そのうえ、リノは何かおかしな勘違いをしているようだった。


『夢の中なのに、寝るなんてヘンなの……』


 ベッドに入ってから、そんなことを呟いていた。

 リノは、この世界に召喚されたことを自分の夢だと思っているのだろうか。リノのこれからのことを考えれば、その勘違いを正すべきなのはわかっていた。だが、このままそれを信じさせていた方が、都合が良いのかもしれない。夢の中の出来事だと思っていれば、魔王に対峙する恐怖も少しは薄らぐのではないか?と、リドは自分で自分を必死で納得させ、心をさいなむ罪悪感と戦っていた。

 きっといろいろと後悔することになるのが分かっていた。リノに、リノの言葉や行動に心惹かれている自分に自覚があったから————



※※※




 次の日、魔王討伐隊の方々と引き合わされ、早速『漆黒の森』で魔獣討伐に行ってきました。


 はっきり、言おう————

 わたくし、無双状態でした。


 ゲームの少年勇者なみにバッサバッサとやりましたよ!

 昨日リドさんに教えてもらった通り、この体の人は相当の剣の達人だったらしくて、持ったこともない大剣を手にしたら、勝手に体が動くのです。びっくりです。

 そのうえ、例の“スキモノ”のコマンド画面。ステータスや魔法、スキルの種類やレベルが私のゲームクリアした時そのままの状態だったのです。ほぼカンスト状態です。

 この世界で魔法を使うときは、呪文を詠唱するか魔法陣を描くかしなくては発動しないらしいのだけれど、私はコマンド画面出して、目線でちょいちょいとカーソル動かして発動で済む。それが『無詠唱魔法』とか言う勇者しか使えない魔法として、この世界の人にはとんでもない魔法に見えるらしいのです。まぁ、詠唱したり魔法陣描いたりしている間に先に魔法使われるのは、かなりのアドバンテージを取られるものね。

 そして、元々身体能力高めのこの体に魔法で身体強化して、この世界にはない体術空手を使って、素手で魔獣を斃すこともできました。そんな私を討伐隊の方々がガクブルして見ているという状況……。

 と、いうワケでその次の日、召喚されて二日後には魔王討伐に出るというハイスピードの展開。それから七日後には、ダンジョンの最奥にいた魔王を討伐完了という。超々ハイスピードでエンディングを迎えたのです。

 その間、リドさんは約束通り、私の傍にいました。

 討伐中は真っ先に防御魔法を私にかけ、戦うたびに、「怪我は無いか」「つらくないか」と声を掛けて私を気遣ってくれました。

 周りの人たちが、私の無双ぶりに恐れをなして遠巻きになっていくなか、リドさんだけは最初に会った頃とまったく変わらない態度で私の傍にいてくれたのです。

それがたまらなく嬉しかった。

 たった十日ほど一緒にいただけなのに、私はリドさんと離れがたくなっていました。

 でも、お別れの時が近いのも感じていたのです。


 魔王討伐の翌日、私とリドさんは神殿に戻りました。到着するやいなや、リドさんから離され、私一人どこかへ連れて行かれました。連れて行かれた先は、すごく豪華なお部屋で立派な衣装を着たおじいちゃんがいました。その人は、この神殿の大神官様だと紹介されました。

 その人は、私に近づくと目の前で跪きました。


「勇者様、この度の魔王討伐、誠にありがとうございました。この国の王も民も皆、あなた様の御助力に

感謝しております」


 そう言って、深々と頭を下げました。

おじいちゃんに膝をつかせるなんて、と私は焦って「そんな、やめてください」と立たせようと肩に触れたら、大神官様はびくりとして私の手を払いのけたのです。その顔は恐怖に歪んでいました。


(あ……、そうか。魔王を斃した私は、それ以上に怖い存在なのか)


 すぐにそう理解しましたが、なんとなく腑に落ちないというか……、勝手に召喚して魔王を討伐させて、したらしたでその態度なの、と呆れる感じです。がっくりです。

 大神官様も自分で自分の態度に呆然として、悔いている顔をしています。


「も……申し訳、ございません。勇者様に対して……こんな」


「……別に、いいですよ」


 元々、感謝されたくてしたことではないのです。私も夢の中の出来事だと思って、流されるまましたことです。

 ただ、私だって馬鹿じゃありません。もう、これが夢じゃないんじゃないかってことぐらい、うすうす感じているのです。その説明をいつしてくれるのかと待っていたのです。

 それを聞くために、ここに呼ばれたんじゃないのですか?

 もうじれったいのです。先に聞いてしまいますよ。


「私は、このあとどうすればいいのですか?」


 大神官様は、私を伺うように、ちょっとビクつきながら言いました。


「別室に、返還の儀を行う魔法陣を用意いたしました。その魔法陣が発動すれば、憑依した体から離れ、勇者様の魂は元の世界へお戻りになられます」


「戻る————」


「はい。元の体に戻れると聞いております。余談ではありますが、今回勇者様が生還されたのは、誠に僥倖でした。勇者様にその体をお貸ししている者も、勇者様に感謝申し上げることでしょう」


「どういうことです?」


「勇者様が元の世界に戻る方法は、二つ。一つはこれから行う『返還の儀』によって。もう一つは、憑依体の死亡、でございます」


「…………!」


 そうか、やっぱりこれは夢なんかじゃない。どういう仕組かわからないけど、私は意識だけこの世界にきていただけで、でもこの世界の人にとってはリアルなことで……。

だから、体はこの世界の人のものだから死亡しても、私の意識だけは元の世界に帰るだけで、安全だってわけだ……。それって、憑依される人にはずいぶんじゃないの……。

 私にとっては夢と変わらないけど、体を貸した人にとっていいことなんてあるの?

さっきまでは、出来ればもう少しこの世界にいて、せっかくの異世界をいろいろ見てみたいなぁなんて思っていたけど、話を聞いたらこの体の人にものすごく申し訳なくなってきてしまったわ。

私が元の世界に帰らなきゃ、この体の人も困っちゃうものね。ただ、心残りがあるとすれば……


「あの、帰る前に、リドさんに会いたいんですけど」


 そう言うと、大神官様は近くに控えていた神官に、何かを耳打ちした。


「わかりました。別室にリドを呼んでおきます。それでは勇者様、恙ない御帰還を」


 だけど大神官様、さっさと追い返したい気満々なのがミエミエで、ちょっと腹立つんだよなぁ……。


 大神官様のいた部屋を出ると、なんとなく見覚えのある部屋に連れて行かれました。たぶん、召喚された時と同じ部屋。

 少し待っていると、リドさんが「リノ様!」とすごい勢いで入ってきました。


「何か嫌なことを言われたり、されたりしませんでしたか?」


 もう、リドさんたら、最後までおかんな発言だなぁ。でも、リドさんがそんな心配するくらい、私を恐れて警戒している人が多いってことなんだね。

 私の片頬に手を当てて、伺うリドさん。リドさんの方がよっぽど青い顔色で倒れそうだよ。


「大丈夫ですよ。それに、もう私、元の世界に帰らなきゃならないみたいだから。リドさんにお礼をいいたくて」


「リノ様……、分かって……」


 リドさんは一瞬驚いた顔をした後、私から少し身を引いて、きゅっと眉間にシワを寄せて苦悩するような顔をしました。そして、部屋の中にいた神官に「しばらく二人にさせてください」と声を掛けました。

「返還の儀を早く行うように大神官様からの御命令が出ています。少しの間だけですよ」と言ってその神官は部屋から出て行きました。やっぱり、はやく返したいんだな……

 それを聞いて、余計に顔を歪ませたリドさん。せっかくの美しい顔が……。


「リドさん、そんな顔しないでくださいよ。いままでありがとうございます。リドさんがずっと私の傍にいてくれたから、すごく心強かった。寂しくなかった。それだけは、言っておきたくて」


 最後だから、と思って、思い切ってリドさんの手を私からぎゅっと握りました。

 リドさんは、その手を握り返して、今にも泣きそうな顔で私をみつめました。


「リノ様……。私はあなたの勘違いを利用して魔王討伐に向かわせました。そんなお礼を言われるような人間ではないのです」


「ううん。リドさんは、私が辛くないように誤解を解かなかったんでしょう? 夢だと思っているなら、怖いと思わないんじゃないか、とか。まぁ、実際に夢みたいなものな気がするけど……」


 確かに、魔獣だの魔王だのは目の当りにしたら、めっちゃコワかったのは認めるけどね。でも私に命の危険があるんだったら、さすがに先に言うのではないのかな、と思ったの。それを言わないで、あえて夢なんだと思わせたままだというのは、その危険がないということ。大神官様の話でそれは確信できた。おかげで、ゲームみたいな感覚で魔王と対峙できた。リドさんがそれを意図していたかどうかはともかく。だからね、リドさんには、私に優しくしてくれたっていう感謝しかないのです。

 そう伝えると、リドさんは俯いて黙ってしまいました。


「リドさん……? 大丈夫?」


「あなたは……、いつも人の心配ばかり、ですね。そんなあなただから……」


 リドさんは顔を上げて、両手で私の頬を包み込みました。か、顔が近いです!


「リノ様。私はあなたがどんな姿をしていても、きっと心惹かれるでしょう。次に逢う機会があれば……、私はあなたを離しません。生まれ変わっても、私の魂が憶えていると思います。————また逢いましょう」


 リドさんは、怖いくらいきれいに微笑んだ後、すっと体を離して、振り返らずに部屋から出て行きました。

 私はといえば、しばらくぼうっと突っ立っていました。

 え、えっと、なんだろう。もしかして告白?だったのかな……。いや、でも好きとか言われた訳じゃないし? 生まれ変わってって、どちらも憶えちゃいないんじゃないのかな?

 えっと? リドさん、結局何が言いたかったの……


 そして、戻ってきた神官たちによって返還の儀にかけられ、訳の分からぬまま元の世界に戻されたのでした。



ありがとうございました。

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