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そのに

本日投稿2話目です。



 それから、シャーリーに会う機会が訪れることもないまま、七年が過ぎた。

 その間に、リードリークはルキア侯爵家次男アルディスの従者となり、シャーリーから与えられた天啓によって自分の顔を最大限に生かす術を身に着け、アロウ家とルキア家の細作を使って集めた情報の分析能力を高く評価され、ルキア侯爵の信任も厚く、いまではアロウ家の落ちこぼれだ、出来損ないだ、などと言うものは誰もいなくなっていた。


(それもシャーリーと出会えたからだ。いまの僕をシャーリーにみてもらいたい)


 十六歳になったリードリークは貴族が必ず通う『学院』に入る為、皇都に戻ってきた。しかし、シャーリーの卒業と入れ替わるようにリードリークが入学したので、学院で会うことはなかった。だからリードリークは、家の力やあらゆる手を使って、シャーリーの情報を集めた。

 そしてある日、ルキア侯爵家が不穏な動きのあった店だと監視を長年続けていた潰れた居酒屋店にシャーリーが訪ねたという情報が入り、リードリークはすぐに向かった。

 リードリークが到着した時にはすでにシャーリーは別の場所、図書塔に行ったと連絡があったので、急ぎ図書塔へ駆け付け、シャーリーを探した。

 そして本を探しているシャーリーをみつけて、どうしても近くで見たくて、同じ本を探していた体を装って接触した。

 その時にシャーリーを驚かせてしまい、以前のようにまた転倒させるところだったが、今度はしっかりと支えることが出来た。自分はシャーリーを支えられる程成長できたのだと思わず嬉しくて笑いが込み上げた。しかし、監視対象者に接触したなどとルキア侯爵に知られれば罰は免れないため、名残惜しかったがその日は名乗らずに、すぐにシャーリーから離れたのだった。



 だが、あの日にシャーリーが潰れた居酒屋へ行ったことによって、ルキア侯爵家とアルバート男爵家両家の要監視対象者になってしまうとはリードリークにも予想できないことであった。おかげで、その後三年もシャーリーに近付くことが出来なくなってしまったのだ。

 シャーリーにシモン伯爵家エイベルからの求婚があった時には、本当に身を切られるような思いをした。シャーリーが断っても父親が了承してしまったら、どうにもならない。よりによって、どうしてシモン伯爵家のエイベルなのだと、余計にアルバート男爵家からの疑いが濃くなってしまうと焦っていたのだが、すぐに断ったと聞き、安堵した。

 そしてその後、シャーリーが家を出たという情報も入り、これで彼女に縁談はいかなくなるだろうと胸を撫で下ろした。

 さらにリードリークにとっての幸運は続いた。

 兼ねてよりアルバート男爵家を探っているようだったシャーリーがアシェラの街で就職活動をしているという情報を入手し、アルバート男爵とルキア侯爵は、ならばと敢えて自分たちの手の内、異世界カフェに就職できるように手をまわした。目の届くところで監視して、どこの手のものか調べようということだった。

 ルキア侯爵側からの監視役は、もちろんリードリークが立候補した。ルキア侯爵もアルディスもリードリークの真意はわかっていながらそれを許した。

 リードリークがシャーリーと逢いたいだけだということも、監視などしない(監視ではなく別の意味でみつめる)であろうことも恐らく分かっていて。



 十年振りにシャーリーに会う前にリードリークは、アルディスの友人の転生者の女性に、異世界の女性の口説き方を教えてもらうことにした。証拠は押さえていないが、リードリークはシャーリーが転生者であることは間違いないと思っていた。

 そして、シャーリーは壊滅的に鈍い。特別なことをしなければ、きっと「私の勘違い」で済ませてしまうと確信していた。

 だが、アルディスの友人に教えてもらった口説き方——彼女曰く『これが定番! ベタなものなのよっ!』というもの——は、「本当にこれが異世界のアプローチなのだろうか?」と首を捻るものばかりだった。しかし、ものは試しといくつかやってみたが、結果としては捗々しくなかった。ただ、それをするとシャーリーが何とも言えない複雑な表情をしたので、多少気にはしてもらえたような感触はあった。



 カフェで一緒に働くようになってから、リードリークはやっぱり監視の任務など頭からすっかり消え去ってしまい、またシャーリーと一緒に過ごせる幸福な日々に耽溺した。

 一度は嫉妬が過ぎて、アルバート男爵家からの監視役のモニカからお叱りを受けたくらいだ。

 あのシャーリーの乳兄弟の件は、腸が煮えくり返るほど嫉妬したが、過ぎてみれば、シャーリーのリードリークへの気持ちを確信できた出来事でもあった。

 だがそれも、アルバート男爵邸襲撃事件とエイベルが持ってきた手紙のせいで、全てが振り出しに、いやそれ以前に戻ってしまったのだ。



 襲撃があることを事前に察知していたアルバート家とルキア家は、さらなる情報入手と対策のために両家の人間全てがフル稼働で動き回っていた。もちろんリードリークも例外ではなく、カフェを『家の不幸で』ということで休んでいたのも、その為であった。

 時にはアンシェル男爵とイレーニア男爵の領地にある盗賊団の隠れ家まで足を伸ばし、内情を探る為に下働きの女の子に声を掛けてみたり、商人に扮して隠れ家近くの酒場に立ち寄って女給に話を聞いたりという情報収集もした。こういう仕事はリードリークにとって成功率は高いが、顔を憶えられるリスクも高いのであまりやりたくないのだが、成功率が高い故にルキア侯爵が(面白がって)やらせたがるのだ。シャーリーに再会したいまとなっては、他の女性と接触するような仕事は面倒くさくてしたくないのに……と思っていても、命令では仕方がない。

 襲撃後も事後処理や黒幕のウィラージュの行方を探ったりとさまざまなことをこなしながら、アシェラの細作から届くシャーリーの動向を気にしていた。

 カフェが休業している間、シャーリーは体に鞭打つように盗賊団の討伐に奔走しているという。なぜ、そんなにアルバート家にシャーリーが肩入れをするのか、全く見当がつかないが、アルバート男爵とルキア侯爵が警戒する類のものではないとリードリークは確信していたので、その誤解をどう解くかということをずっと模索していた。



 カフェの休業明け、やっとシャーリーに会えたと喜んで彼女に話し掛けたリードリークは、いままでみたこともない他人行儀なシャーリーを目の前にして動揺が隠せなかった。

 シャーリーの何かを決意したような態度に、これまでとは違う何かを感じて本能的に「まずい」と思った。早く何か手を打たなければ手遅れになる。そんな焦燥感がリードリークを襲っていた。

 そんな時にエイベルがカフェに現れ、シャーリーに手紙を渡し、それを読んだシャーリーの様子が明らかにおかしくなった。

 リードリークが心配して声を掛けても、「なんでもありません」とシャーリーらしくないすげない答えしか返ってこない。

 リードリークのその怒りと恨みは、すべてエイベルに向けられた。

 “メール”を使って、アシェラの街にいる細作全員に『エイベルを捕えろ。シャーリーの動向を探れ』と指示を出した。詳しいことはヤツから聞き出せばよい。それと……

 シャーリーは休憩時間に制服を着替えて外出をしていた。さっきの手紙は、制服のエプロンのポケットに押し込まれたままのはずだ。

 リードリークは更衣室に人がいなくなった隙を狙って、シャーリーの制服を探った。リードリークの箍は完全に外れていた。悪いことをしているなどという意識はその時はすでに無く、シャーリーの置かれている状況を知るために必要なことだとしか思っていなかった。

 そしてその手紙の内容を読んで、愕然とした。


「こ、こんな馬鹿なこと……!」


 思わず手紙をぐしゃりと握りつぶしてしまったことに焦ったが、そういえば元からぐしゃぐしゃだったと思い出し、胸を撫でおろした。

 その手紙をアルディス制作の法具“カメラ”で写し、手紙をシャーリーの制服のポケットに元通り戻すと、リードリークはすぐに店長の元へ行き、早退と次の日の休みを願い出たのだった。



『エイベル捕獲』


 そんな知らせがリードリークの“メール”に入ったのは、シャーリーがカフェに戻り、店長とモニカに早退と休暇を願い出ている頃であった。

 シャーリーがリードリークに今回の件を相談してくれるかもしれないと、淡い期待をもってシャーリーが戻るまでカフェに残っていたのだが、シャーリーはリードリークに会うこともせず、一目散に早退してしまった。


(シャーリーがどういうつもりでも、僕はもう待っていられない)


 一度は手に入ったと思ったのに、わずか二週間会わなかっただけで、彼女は手の内からするりとすり抜けてしまった。

 一度でも自分のものになったと思ったせいで、シャーリーへの渇望が狂暴なまでに高まって抑えきれなかった。

 多少乱暴な手を使ってでも、シャーリーを手に入れてみせる————

 リードリークは自分の握りしめた手をみつめながら、そう決心してしまった。




 アシェラの街のとある建物の地下室にて————


「おい。起きろ」


 後ろ手に縛られ、床に転がされていたエイベルは腹を蹴られて、ぎゃっと叫びながら目を覚ました。


「こ、ここは……?!」


「黙れ。質問するのは俺だ」


 エイベルは必死に目を凝らしたが、部屋の中は薄暗く、相手の顔は良く見えなかった。ただ、饐えた匂いと、床に黒く染み付いた汚れが、もしかしたらここは、尋問や拷問などあまり考えたくないこと専用の部屋なのではないかと連想させ、エイベルは身を震わせた。


「ひ、ひどいことはしないでくれ! なんでも話す! だから、殺さないで……!」


 カタカタと歯を鳴らしながら、涙と鼻水を盛大に流して懇願した。


「やれやれ……。まだ何もしていないのに」


 くっと馬鹿にするような笑いが暗闇から聞こえてくる。


「だが、いい心がけだ。洗いざらい吐いてもらおうか……」


 床に寝転がっているエイベルの目の前にガシンと音をたてて長剣が突き立てられ、死を否応がなく意識させられた恐怖で思わず失禁した。

 死をまぬかれる為にエイベルの口は非常に軽くなり、聞かれるがままにべらべらと喋ったのだった。



 リードリークは、エイベルの話を聞いた後、急ぎ魔導塔の研究室にいる、自分の主アルディスの元に転移魔法で移動すると矢継ぎ早に話し掛けた。


「お力を貸してもらいたいのです」


「なんだ、急に」


「以前お話した件、事態が急変いたしました」


「どういうことだ」


「実は現在、シャーリーが父親の不正のかたに結婚をせまられていると本人が思い込んでいるという状況で、金を用立てる為に明日にもマイラ鉱山の宝箱の挑戦に挑もうとただいま辻馬車にて移動中です。僕はこの状況を利用してシャーリーが転生者だと暴き、なおかつアルディス様とアルバート家にとって有用な人物であると証明できる機会にしたいと、そう思っているのです」


「うーん。なにがどうしてそうなっているのかは、さっぱりわからんが、ヴィーの役に立つ、そういうことなら協力するか」


「ありがとうございます」


「なにか具体的な策はあるのか?」


「宝箱の質問を転生者ならば答えられる、というものにするのはいかがでしょうか? それを追求すれば転生者だと認めて、素直になってくれると思います」


「聞いていたわよ!」


 研究室の扉が突然バーンと開けられて、ピンクゴールドの髪を持つ美少女がずかずかと入ってきた。その後ろには、藍色髪の美少年もちゃっかり付いてきている。


「その話、私も乗らせてもらうわ!」


「あ、じゃあ、僕も」


「お前らが入るとまたややこしくなるじゃないか」


 アルディスはそう言いながらも、早速三人で額を突き合わせて「召喚時にどの年齢でも分かるものは……」「国民的アニメと言われるものでも年代、趣味によって偏りがあるから……」「流行ものも年代で……」などとすでに熱中して話し合っていた。

 その様子をしばらく眺めていたリードリークはマイラ鉱山のことはもう三人に任せて大丈夫だと、次の目的地へ転移魔法で向かった。




 リードリークが次に向かったのは、皇都の上流階級が住むアパートの一室だった。


「こんなところにね。まあ、客はほとんど貴族なんだろうけど……」


 アロウ家の護衛騎士数人と一緒にその一室に押し入ると、書斎で『仕事』をしていた男が驚愕の表情で固まっていた。


「お前が偽造専門の代筆屋……だな?」


 つかつかと男のそばに行き、男の手元にある、いままさに書かれていた“偽”の文書とお手本となる筆跡の手紙の両方を持ち上げて、見比べてみた。


「同一人物の筆跡にみえるな。たいしたものだ」


「……俺を捕えに来たのか」


 その男はリードリークを睨みつけた。


「いや。僕の主は、君を非常に有用な人材だと思っていて、君を雇いたいと言っている。君が大人しく僕の主の元へきてくれるのなら、告発はしないでおいてやる。僕の主はさる有力な高位貴族だ。逆らわないほうがいいだろう。だが安心しろ、仕事は偽造のほうではない。……ここまで似せられるのだから、筆跡鑑定などお手の物だろう?」


 男は黙ってうなずいた。


「これからは、見破る方でその力を発揮してほしい。いいな?」


 再び、男は黙ってうなずいた。

 ウォルター男爵の手紙を偽造した代筆屋の名と居場所をエイベルに吐かせた後、使えそうな人間がいますとルキア侯爵に報告したところ、連れてこいと命令されたのだ。リードリークにとっては渡りに船の命令だった。


「だが、その前に一回だけ、内緒で僕のために働いて欲しいんだ。この書類にこのサインと同じものを書いて欲しい。頼むよ」


 口止め料も入っていると思われるずしりと重い金の入った革袋を目の前に置かれ、有無を言わせない美しい微笑みを前に、その男は複雑な顔をしながらも、サインを偽造したのだった。




 リードリークがサインを偽造してもらった書類を持って向かったのは、皇宮に務める官吏の一室だった。


「君が、アロウ子爵家のリードリーク君、か。シャーリーと婚約したというのは本当なのか」


「はい。ウォルター男爵の御許しのないまま、成人しているとはいえ勝手に二人で決めてしまったことを深く謝罪いたします」


「その……、君が本当に、シャーリーの……?」


 リードリークの顔をまじまじと見て、ウォルター男爵が呆けた様につぶやいた。


「はい。簡易ではありますが、二人で書いた婚姻誓約書です」


 差し出された書類をウォルター男爵は確認し「確かにシャーリーの筆跡だ…」と頷いた。


「疎遠になっていたとはいえ、黙って婚約されるのは少々ショックだな……」


 リードリークは何も言わず深く頭を下げ続けた。ウォルター男爵はため息をひとつつくと、有能な官吏らしくすぐに切り替え、尋ねた。


「それでシャーリーの婚約者の君が、私に何の用で来たのかね」


「実はシャーリー=メイ嬢が、ある手紙によって騙されていまして……」


 リードリークは、手に持っていた鞄からスタンドミラーのようなものを取り出し、ウォルター男爵に見せた。


 そこには、シャーリーがエイベルから受け取った手紙の内容が映し出されていた。


「これは……? 私の筆跡とよく似ているが……?」


「今日、シモン伯爵子息エイベルが、あなたが獄中で書き自分に託した手紙だと言って、シャーリー=メイ嬢に渡していたものです」


「なんだと?!」


「なにかのまやかしだと思われるのも困りますので……」


 リードリークは、法具“カメラ”を鞄からだすと、机の上にある書類の一部を撮影し、スタンドミラーに映し出した。


「さっきの手紙も、このように写し取ったものです。偽造などではありません。この手紙のせいで、いまシャーリー=メイ嬢はマイラ鉱山へ向かっています。……金策のために」


「なんてことだ……。そんな危険な場所へ行くのを、何故君はゆるしたのだ!」


「……すみません。それには一言も反論できません。ただ、シャーリー=メイ嬢の頑なになっている思い込みを解くことと、冒険者になってまで叶えようとしている希望の両方を僕は手に入れたい、そう思っていま動いています」


 ウォルター男爵はリードリークの強い決意を秘めた瞳の前に、黙らざるを得なかった。何か深い考えがこの青年にはありそうだし、それになによりシャーリーは……、と。


「わかった。それで私はなにをしたらいいのかね? その為に君は来たのだろう」


 ウォルター男爵の言葉を聞いてリードリークは歓喜の表情を浮かべた。


「ありがとうございます! ウォルター男爵に来ていただければすぐにも誤解は解けるはずです。それと、疎遠だったなんて仰らないで下さい。シャーリーはきっとご家族のことが大好きなはずです。今回だって男爵や家族の為に金策に駆け回り、おそらくどうにもならなかった場合はエイベルと結婚すらする気でいるぐらいですから……」


 ウォルター男爵は一瞬虚を突かれたような顔をした後、リードリークをすまなそうに見た。


「……婚約者の君がいるのに、シャーリーは……」


「いいえ。いつも人の心配ばかりしているところは彼女の美点です。そんなシャーリーが僕は大好きなんです……」


 はにかむようにそう言ったリードリークをウォルター男爵は眩しいものをみたかのように目を細めて眺めた。


「そうか…………。では、早く誤解を解きに行こうか。……君の為にも」


 リードリークは、再び歓喜の表情を浮かべたのだった。





「……リード君! もう、どうしたんですか! お願いだから、離して……っ!」


 物思いから立ち戻ったリードは、自分の腕の中でじたばたともがいているシャーリーを見下ろした。

 シャーリーを手に入れる為に、十年間ずっとあがき続けて、さらにこの二日間はがむしゃらに動き続けた。


(本当に、本物の、シャーリーがここにいるのだろうか。僕の執着がみせる幻じゃないよな……?)


 思わず確かめるために、リードはシャーリーを両腕できつく抱きしめ、項に顔をあてて、その香りを思いっ切り吸い込んだ。


「ひぃ……! ひゃあっ……、やめ、ぎゃあぁ」


 あまりの色気のない叫び声に、項に顔をつけながらくすくすと笑いがもれた。それがくすぐったかったのか、さらに「ひああぁぁぁ」と悲鳴があがった。

 リードは仕方なく、顔を上げ両腕の拘束を解いた。

 シャーリーは顔をゆでだこのように赤くして、涙目になっている。こんな風に狼狽えたシャーリーが本当に可愛くて、つい苛めたくなってしまうのだ。

 リードはベルトのポーチから、きれいに畳んである二枚の書類を徐に出して、テーブルの上に広げた。

 それは二枚とも『婚姻誓約書』、神殿に提出をしない簡易で一般的な婚約の際に、二人で署名する書類だ。

 一方には、二人分の署名入り、なぜかシャーリーが書いた覚えのない署名が入っていて、もう一方は、リードの署名しか入っていない。


「これは……?」


 シャーリーは、二つの書類を見比べて、目をしばたたいた。


「こちらの署名が二人分入っているのは、例の手紙を書いた代筆屋に君の名を入れてもらた偽造の『婚姻誓約書』です。シャーリーの父上にお会いする口実の為に作りました」


「あ、それでお父様が私の婚約者だと……」


 こくりとリードは頷き、「でも」といいながら、偽造の『婚姻誓約書』をビリビリとシャーリーの目の前で破いた。

 その時リードは、シャーリーの目に宿った“失望”に近い目の色を見逃さなかった。


「この書類は、あくまで偽造です。僕は、『本物』の『婚姻誓約書』を手に入れたい。……だから、もう一方のここにシャーリーの名前を入れてもらえませんか?」


 リードは、書類の空白になっている欄を指さして、懇願の視線でシャーリーを射抜いた。



ありがとうございました。

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