第十七章 脳筋令嬢と襲撃事件の内幕 そのいち
本日投稿1話目です。
『エイベルの持ってきた偽手紙は、アルバート男爵邸襲撃事件に絡んでいる』
お父様をこの場から帰し、口外無用と言いおいてから、銀髪美少年は話を続けました。
「そもそも、あの事件は、アルバート男爵家に盗賊が強盗に入っただけというものではない。表向きは『海側街道』が開通したせいで『内陸街道』を使う商人が減ってしまったと逆恨みしたアンシェル男爵とイレーニア男爵が、領地の少ない税収を補うために裏で指揮していた盗賊団を使って、アルバート家に強盗にはいるよう指示をした、と公表されているが、それは部分的な事実で、真相は公表されていない」
なんと。口外無用とはいえ、公表されていないことを私に言ってしまって、いいのでしょうか。ごくりと喉がなりました。
「————あの襲撃の本当の目的は、アルバート家の領地と資産を奪うことで、その為に狙われていたのが、ヴィクトリア嬢だ。
そして、アルバート男爵邸襲撃事件の本当の黒幕は、ウィラージュ卿だ。物的証拠が不足している上に捕縛直前で逃げられた為、今回公表できなかった」
「へっ……?! 黒幕が、あのセクハラ貴族?」
やだ! 私、黒幕はリード君だと思っていたことを、いま思い出しましたよ!
ものすごい勘違いだったんですね! 良かった~。二重の意味で!
もし、そんなことリード君に言っていたら、オソロシイことになっていたかもしれないですね……。ふぅ。
「シャーリー。もしかして、襲撃事件のことで変な誤解をしていませんでした、か……?」
ふと気付くと、リード君がとんでもなく黒い笑顔で私を見ています。銀髪美少年もなにやら怪訝そうな顔をしています。
私、なにも言っていませんよね?!
「そう、シャーリーは、襲撃事件後、僕に久しぶりにあったのに、初めて会った時以上によそよそしい態度でしたね。僕はやっと会えたとすごく嬉しかったのに……。僕の不在だった二週間に、いろいろ動いていたのは知っているんです。なにがありました……?」
ど、どうして。何故知っているのです。
リード君の背負うオーラが黒すぎて怖いです。なんだか私が何も言わなくても、全て分かっているような笑みがさらに深くなりました。
じりじりと私に近付き、もはや額がくっつきそうな距離です。蛇に睨まれたカエルのように足がガクブルしてきました。
「ギルドの依頼で、アンシェル男爵領やイレーニア男爵領にも行っていますよね? さあ、正直に話してください」
正直に言わないと、何かされそうです! すごくコワいです!
「ほ、他に黒幕がいるんじゃないかっていうのは噂になっていたし、隠れ家や行く先々で同じ男性を目撃したっていう話を聞いただけです!」
「へぇ。それで、シャーリーは————」
「り、リード君が黒幕なんて思ってないですよ!」
「は?!」
「リードが黒幕?!」と銀髪美少年が思わずといったようにぷっと吹き出していました。
あわわ。恐怖に負けて、つい口が滑って余計なことを……!
咄嗟に口を押えましたがもう遅い、ですよね……。上目遣いでリード君をちらりと見ると、少し頬を赤くしているリード君が額に手を当てて苦悩の表情をしていました。
「なんで……! どうしてそう斜め上の考えになるのか……!」
す、すみません。少しおばかなのには自信があります……。
「その、目撃された男性というのが、『金茶の髪の美青年』だというので……。てっきりその男性が黒幕かと……」
「! シャーリーは、僕のことを美青年だと?」
リード君が色気を滲ませた目で嬉しそうに私を見つめてきます。危険なレベルの色気です。とても平常心ではいられません。
「誰がどうみても、リード君は美青年でしょうっ……!」
そういうとリード君は両腕を私の腰にまわしてきて、ぎゅっと抱しめる体勢になりました。どうして! だから、どうしてこうなるのですか!
「おい、リード。話が逸れているし、そういうのは他でやってくれ」
銀髪美少年の冷静なツッコミが入りました。おかげで片腕は拘束を解いてくれました。依然ともう一方の腕は腰にまわされていますが。
「それで、シャーリー嬢はその金茶髪の男をリードだと思って、さらにリードが黒幕だと勘違いをしてリードと距離を置こうとしたわけか」
銀髪美少年がそう指摘すると、リード君の眉間に不快なことを聞いたとでもいうように深い皺が刻まれました。
「その人物は、エイベルですよ」
リード君が吐き捨てるように言いました。
「え? だって、美青年ってみんな言っていましたよ?」
多少整ってはいましたが、美青年というほどではなかったと思うのですが。
「あれでも一般レベルではそこそこですよ。エイベルは」
はっとしました。もしかして、リード君やこの場の顔面偏差値のレベルのせいで、私はちょっと感覚がおかしくなっていたのでしょうか。
「そう、なのですか」
「そうですよ」
「……おい、リード。お前……」
「アルディス様は黙っていてください」
呆れたように言う銀髪美少年にどうしてかリード君が睨みを利かせていました。
「シャーリー。エイベルは、アンシェル男爵やイレーニア男爵の指示以外にも街道を使う裕福な貴族や商人の情報を流して盗賊団の奴らから情報料として金を貰っていたそうです」
「えぇ……」
思っていた以上にヤツはクソ虫だったようです。
「シャーリーは一年くらい前、よく隊商の護衛についていたでしょう? それで、凄腕の護衛と評判の“冒険者リノ”をエイベルは知っていたんだそうです。ただ、その時は“冒険者リノ”と“ウォルター男爵家のシャーリー=メイ”が同一人物とは知らなかった。知ったのは、アシェラの異世界カフェで大騒ぎを起こした時だそうです」
「へっ……? どうして?」
私、あの場には居ましたが、特に目立つようなことは何もしていなかったと思うのですが……。
「シャーリー嬢は店長を助けようとして、一瞬身体強化をしただろう? あんな急激な魔力量の高まり、魔導師なら誰でも気付くって。ちなみにエイベルは下級の魔導師だ」
えええっ?! 確かにあの時、身体強化をしましたが、知られていたとは思いませんでした。そのへんが私、迂闊って言われるんですね……。
「あれ? でも、銀髪の美少年はあの場にいませんでしたよ?」
こんなに目立つ美形がいたら、忘れるはずがありません。
銀髪美少年はにやりと笑うと「俺はシャーリー嬢と違って、誰かにバレるようなことはしない」と偉そうに宣いやがりました。
言われた内容はムカつきますが反論できずにギリギリ歯ぎしりをしていると、リード君が慰めるように頭をポンポンしてくれました。年下に慰められてしまいました……。
「それで、カフェで身体強化をしたシャーリーを見たエイベルが、その昔、幼年学校の合同の魔導授業時にとんでもない身体強化をして、平民の子を助けていた令嬢がいたことを思い出したそうです。そしてその令嬢が、当時自分が思いを寄せていた御令嬢の妹ということも知っていたエイベルは、カフェで見たとんでもない身体強化を使った女性がシャーリー=メイ・ウォルターだと気付いたそうです」
「はぁ……」
あのクソ虫、記憶力だけはいいようです。
そういえば、あの時の授業は、三学年合同でしたから、二つ上のエイベルがいてもおかしくはないですね。あの状況では誰に見られててもおかしくはなかったですが、やっぱり私って迂闊ですね……。
「あれ、でも、どうしてそこで私と冒険者リノが繋がるんですか?」
「ああ……」
リード君にくすりと笑われてしまいました。あんまりにも妖艶で動悸が早まりましたが、後に続いた話で心臓が止まりそうになりました。
「魔獣や馬を素手で昏倒できるほどの身体強化ができる人間なんて滅多にいないし、決定的だったのはなによりその容姿だったそうです。実際、リノを知っている冒険者をカフェに連れてきて確認もしたそうですよ」
リード君に素手で魔獣が斃せるって、バレていましたか……。
アシェラの街には顔見知りの冒険者がいっぱいいるし、どうして私、隠し通せるなんて思っていたんでしょう。いまとなっては恥ずかしい……。
「エイベルはアルバート男爵邸襲撃前に、盗賊団に情報を流していたことがウィラージュにバレて従者をクビになって放逐されたそうです。それで、なんとかもう一度ウィラージュの元に戻るために何か手柄を、と思いついたのが、シャーリー……、ウォルター男爵家のやっかいものだという噂のあなたと結婚してやって、コレット子爵家の滞納している税をなんとか融通してもらう、ということだったらしいです」
なんとなくリード君の笑顔の闇が濃くなったような気がします。
「それで、あの手紙だったのですか」
「行き遅れのあなたなら、一も二もなく飛びついて喜ぶと思ったそうです。ついでに凄腕の護衛まで手に入るなら一石二鳥だとも」
「はぁ……。なんともお気楽でご都合主義な人ですねぇ。冒険者なんてやっている私がおとなしく従うとでも思ったのでしょうか」
まあ、思っていたから私が即答でお断りしたのをあんなに怒っていたのですねー。やれやれです。
「そうだね。でも、最初から僕に相談してくれれば、すぐに解決したのに……」
拗ねたような目をしてリード君は呟きました。
ん? よく考えたら、どうしてそこまでエイベルの行動とか考えとか、リード君が知っているの?! おかしくないですか?
私の疑問を察したのか、こう言いました。
「エイベルは君が昨日早退してすぐに、盗賊団の残党と一緒にいるところを捕えて、いろいろと吐かせましたよ。君に手を出そうとしたんです。容赦はしません」
にっこりとイイ笑顔のリード君に底なしの闇を感じるのは私だけでしょうか……。
ありがとうございました。




