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第十六章 脳筋令嬢と転生者

 

「君、転生者だろう?」


 ど、どうしましょう。こんなにどストレートに聞かれたのは初めてです。

 でも、ここにはリード君も、お父様もいるのです。とても、『はい』とは言えません。それに、偽宝箱の件はどうらやこの方たちの策略らしいのに、リード君の知り合いといえども、そんなワケの分からないことする人に素直に答えることなんてできません。

 ずっと黙っている私に苛ついたのか、銀髪美少年が追い打ちをかけてきました。


「————まだ、しらばっくれる気なのか?

 この坑道に辿り着くまでに、あれだけの身体強化の『無詠唱魔法』を使って、異世界のギャグまで御披露したくせに。

 そもそもだな、貴族の御令嬢がどうして、いきなり長剣扱えたり、身体強化やその戦闘スキルを身に着けてAランクの冒険者になれるんだ。 ————ほら、言ってみろ」


「うぅぅ————」


 ここに来るまでのことが見られていたなら、どうにも言い訳できないのは分かっています。だけど、認めたら、言ってしまったら……。

 もう、私のどうにもできないことで、嫌われるのはイヤなのです……。

 さらに銀髪美少年は言い募ります。容赦ないです。


「シャーリー嬢がそれを隠していることによって、心を痛めている人間もいるんだぞ。君は自分一人でなんでもできると思って行動しているようだが……、まぁ、実際出来るとは思うが、それを寂しいと思っている、頼りにして欲しいと思っている人間がいることを少しは自覚した方がいい」


 さくりと心に刺さりました。

 私が転生者だと言えないために、言わなかったために、させてしまったみんなの顔が次々と思い浮かびました。

 家を出ると言ったときの、お父様の落ち込んだ顔————

 転生者の皇帝の悪政のせいでウォルター男爵から出て行くことになったときの、シアの悲痛な顔————

 一人で宝箱の挑戦に行くといったときの、アルノーさんの心配そうな顔————

 自分には相談することはないのかと聞いてきたときの、モニカの寂しそうな顔————

 ずっと見ないようにしてきた、心にトゲのように刺さってしくしくと痛んでいた思いが、いまはズキズキと痛みます。

 いままで、深く関わって秘密を知られてしまうのを恐れて、人と親しくなることをずっと避けてきました。だから、目立たぬように、誰にも迷惑を掛けないように、世話を掛けないように、生きてきたのです。

 でも、それが逆にみんなを傷つけていた————?


「僕はいつでもシャーリーの一番側にいて、何でも頼って欲しいと思っています。それを妨げる君の秘密を明かすことはできませんか?」


 リード君が私の目の位置まで腰を屈めて、哀願の表情で私に訴えます。

 これを認めさせる為だけに、こんな大掛かりな仕掛けを用意したっていうのですか?

 リード君も、美形三人組も、それに、いつも皇宮の仕事で忙しいお父様まで……。

 思わず涙目でお父様とリード君をみつめました。

 すると、お父様がたまりかねたように、「シャーリー、私はもう知っている。大丈夫だよ」とぽろりと告白したのです。


「————え?」


「……お前がまだ五歳くらいのときだったか。図書室や自分の部屋でおかしな動きをしていると、シアが血相を変えて私に相談してきてね。ある日シアと二人で、こっそり覗いたことがあったんだ。そうしたら、おかしな動きの他に格闘技や剣技の鍛錬をしているのを見てね。それで、お前は転生者なのだと確信したんだよ」


「み、見ていたんですか!!! 私の筋トレを!」


 は、恥ずかしいっ……! それに、シアにはやっぱりバレていたんですね。

 銀髪美少年とストロベリーブロンドの美少女が「五歳児が、筋トレ……」とまたお腹を抱えて笑っています。


「シアも私も、シャーリーが転生者だということを何故か隠したがっているのは気付いていたし、あの当時も今も、時世が転生者に厳しいのはわかるが、どうしてそんな頑なに隠したがるのだ」


「そ、それは……」


 だって、みんな転生者なんて怖いでしょう……?


「まぁ、シャーリー嬢が隠したがるのは、俺には理解できるよ。転生者は、同じ人間としてみてもらえないからね。神のように崇められるか、魔王のように畏れられるか。知られた途端に、扱いが変わる」


「え……?」


 どうして、知っているのでしょう。まさか、彼は……?

 銀髪美少年は私の問い掛けるような目を見返して、にやりと笑いました。


「そうだよ。俺も『転生者』だ。前世の名前は、魔導師カイリアム。そして、七人の勇者の一人だった勇者ユウト」


 お、大物キタ————!! なんてことでしょう。王国改変に関わる勇者にして、法具の父・魔導師カイリアムですと……!! 思わずお口がぱかんと開きました。


「俺もシャーリー嬢と同じ様に、相当長い間拗らせていたからね。よくわかるよ。でも今は愉快な両親と兄に、腹黒い従者も側にいて、可愛い婚約者だって手に入れた。みんな俺が転生者だとわかっても、何も変わらない人たちだった。

 ——シャーリー嬢、君のまわりにもそういう人、いるんじゃないの?」


 そう、ですね。確かに、います。

 知っていても私の気持ちを大事にして黙ってくれていた、お父様、シアにガイ。

 そして、いつから気付いていたのかも分からないくらい態度の変わらなかった、リード君。

 気が付けば、リード君がとても暖かい目で私を見てくれています。

 なんだか、心がほっこりしてきました。


「……私は存外、幸せものだったのですね……」


 リード君がとても嬉しそうに微笑んでくれたので、私も微笑み返しました。



 お父様がそんな私たちを見て、頷きながら満足そうに言いました。


「そうか……。良かったよ。シャーリーが私の知らないうちに婚約したと聞いて、本当にびっくりしたが、お前がそんな幸せだと思える相手なら、大丈夫なんだろうな」


「へっ……?」


 婚約、ですと? どちら様と?

 お父様の言葉を聞いて、何故かリード君がびくりと身動ぎをしました。


「……リード君?」


「あ、だから、怒らないで聞いてくれるって、約束を……」


 何回それ、言うのでしょう。一体何をしたんでしょうか。なんだか挙動不審です。


「聞いてから怒るかどうか決めます」


 リード君が困ったように眉を下げています。猫耳があれば、後ろに伏せている感じです。……ちょっと可愛いです。いやいや、そんなこと思っている場合じゃありません。

 私はいま、婚約と聞いて重大なことを思い出しました!


「そうです! 私、宝箱の中身をアテにしていたのに、これじゃ私、あのクソ虫と結婚しなきゃならないのです……! 美形の大量発生とかリード君に抱き着かれたりとか、転生者の話で、うっかり忘れていましたけど!」


 忘れてたんかい! と全員の目が言っていました。すみません。


「その…、シャーリー。それに関して、君のお父上がここにいる事が、まず気にならないのかな……?」


 リード君にそう言われて、所在なさげにしているお父様が目に入りました。


「そうです! お父様、いま牢屋に入っているはずじゃ……」


「は? 何を言っているのだ。シャーリー」


「じゃあ、やっぱりあの手紙は全部嘘……?」


「あの私が書いたとかいう手紙のことか」


 何故だかお父様がお怒りの様です。


「んん? お父様は手紙のこと、ご存じで?」


「ああ、リードリーク君が持っ……」


 お父様がそう言うやいなや、リード君がやけに慌てて被せるように説明を始めました。


「僕が! ウォルター男爵にお知らせしたんだ。ウォルター男爵が君に出したという手紙のせいで、君が意に添わぬ婚約を強いられているということをね。ウォルター男爵に、エイベルが持ってきた手紙は偽物だという手紙を書いてもらおうかとも思ったんだけど、そもそも偽手紙でこういう状況に陥った君には手紙はダメだろうと、あの手紙が全くの作り話ということを誰が説明するよりもウォルター男爵に直接会ってもらうのが一番君の理解が早いと思って、ここに来ていただいたんです」


 お父様を見ると、こっくりと頷きました。

 確かに、お父様以外の人に何を言われても、疑っていたかもしれません。お父様が無事で目の前にいるということが、あの手紙が嘘だったというなによりの証明です。


「ありがとうございます。リード君。わざわざ皇都の父のところまで行ってくれたんですね。おかげでクソ虫との結婚も借金も狩りまくりコースも回避できました……」


 リード君は満足そうに微笑みましたが、「クソ虫? 借金? 狩りまくり……?」と首を捻っていました。そこはツッコまないでいただきたい。けれど……


「でも、お父様のところにリード君が行っただけで、どうしてリード君と私が婚約していると思うのかな……?」


 私のつぶやきはお父様には聞こえていなかったようですが、何故かリード君がぴくりと身動ぎました。


「リードリーク君から話を聞いた時、本当に驚愕したよ。そのうえ、こんなところまで一人で来て……。シャーリーは私があんな馬鹿げた手紙を書くと、本当に思ったのか?」


「まったく思いませんでしたが、筆跡が完全にお父様でしたし、もしものことを考えて、お金を作る為にここにきました」


 お父様は、はぁーっと大きなため息をつき、「確かに私たちはここ数年、こんな手紙で騙されるほど、疎遠だったのかもしれんな」とがっくり俯きました。


「お父様、ごめんなさい……」


「いや、私が悪いのだ。だが、ひとつ言わせてもらえれば、我がウォルター家は祖父の清廉潔白な仕事ぶりを評価されて男爵位を賜ったのだ。こんな手紙のようなことを私は、絶対にしない」


「そうだよ、シャーリー。ウォルター男爵は、むしろ告発している側の人間だ」


「え?」


「アンシェル男爵家・イレーニア男爵家・コレット子爵家は、皇家への税の納付をずっと滞らせていたらしくてね、ウォルター男爵がこの三家のことをずいぶん前から調査していたんだ。それで、ウォルター男爵を籠絡できないかと、いろいろ画策していたらしいのだけれど……。男爵はこの通りの方だから、どうにもならなかったんだろうね」


 そうです。お父様はお母様一筋。なんせ子供を五人も作るぐらいですから。そして酒も博打も借金も一切致しません。よき夫の鑑のようなひとなのです。貧乏なのが玉に瑕ですが。


「それで男爵がダメならと……」


 リード君が何故か私を見て言い難そうに口籠ったので、それをお父様が引き取りました。


「……シャーリー、以前お前にきたエイベル殿との縁談は、その…、私もそんな噂は知らなかったのだが、行き遅れで我が家のやっかいものと評判になっていたらしいお前を、嫁に貰って私に恩を売り、納税のことをなんとか融通してもらおうとしたらしいのだ……」


「はあ……」


 その噂はちらりと聞いたことはありますので、そんなに気を遣っていただかなくても。器量の悪い適齢期が過ぎた娘にはありがちな噂ですものね。

 でも、行き遅れを貰って恩を売るのはわかりますが、その三家とシモン伯爵家のエイベル様と何か御関係が……? はて? 


「シャーリー……。わかっていないようだから説明するけど、エイベルは、コレット子爵後見人のウィラージュ・ウォルベルトの従者、だよ」


「ああ! そういえば、そうでしたね!」


 カフェにきて、騒ぎを起こしたセクハラ貴族がコレット子爵後見人ウィラージュ・ウォルベルトと名乗っていました。その従者でしたね。あのクソ虫は。


「私もあの時点では、エイベル殿がウィラージュ卿の従者とまでは知らなかったので、シャーリーに勧めるようなことを言ってしまった。すまなかった」


「まあ、お受けすることは絶対なかったから、それはどうでもいいですよ。お父様」


 あの縁談には何かアヤシイ事情がありそうだとは思っていましたが、思っていた以上にキナ臭い話でしたね。それよりも気になるのは……。


「ただ、一度はその計画断念したんですよね。どうして半年も経ってから、また私と結婚しようなんて考えたのでしょう?」


「それは————」


 銀髪美少年が何か含んだように、ちらりとお父様をみました。

 お父様は心得たようにこくりと頷くと、「シャーリー。私はこのへんで失礼させてもらうよ。今度ちゃんとお母様にもリードリーク君を紹介してあげなさい。待っているよ」と言って、藍色髪の美少年に「お願い致します」と頭を下げています。

 なんなのですか。そのへんの上下関係が、全くわからないのですが!

 リード君が急いでお父様の元へ行き、「ウォルター男爵、今回の御協力感謝いたします。今度是非、二人で御挨拶に伺わせていただきます。ありがとうございます」とお父様とがっしりと両手で握手を交わしています。

 なんでしょう、この外堀を埋められている感じは……。


「あの、お父様、リード君……。私、婚約って……?」


 そう言っている間に、お父様は藍色髪の美少年の発動した転移陣によって、その場からいなくなってしまいました。


「えぇ……」


 お父様が転移されるのを見届けると、銀髪美少年が口を開きました。


「さて、ここからの話は、口外無用だ。シャーリー嬢」


 あ、それでお父様を先に帰したんですね。


「この件は、アルバート男爵邸襲撃事件に絡んでいるんだ————」



ありがとうございました。

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