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第十四章 脳筋令嬢の縁談・ふたたび

本日投稿1話目です。

 

「シャーリー、七番テーブルのお客様がお忍びの貴族のようなの。お願いしてもいい?」


 カフェが再開した初日のことです。私は早速、七番テーブルへ向かいました。

 軽いカーテシーをして、「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」と声を掛け、注文を待ちました。しかし、なぜかお客様は私をじっとみて、メニューを見ません。


「あの……?」


 どこかで会ったことのある人だったでしょうか。金茶色の髪に茶色の瞳、まぁまぁ整っているという感じの容姿に仕立ての良いジャケット。……貴族としては、よくいるタイプです。特に記憶にはありません。

 目の前の貴族はにやりとすると徐に口を開きました。


「シャーリー=メイ・ウォルターだな? 僕の婚約者の」


「へっ?!」


「ええっ? シャーリー、結婚するのっ?」


 近くで給仕していた女の子も思わずと言ったように素っ頓狂な大声でそんなことを言い放ちました。おかげで周囲の注目を集めまくっています。


「ち……!」


 違うけど、貴族のこの人の前で恥をかかせるような言葉なんて言えないっ。

 誰なの?! この人!


「……どちら様でしたでしょうか。わたくし、父からもそんなお話を耳にしておりませんもので……」


「いいや? ずいぶん前に話は通っていたはずだが」


 皮肉っぽい言い方が癇に障ります。なんだコイツ。ムカつきます。

 いや、待って。私にきた縁談と言えば、過去にひとつしかありません。

 ……まさか。


「シモン伯爵家のエイベル様……?」


「ああ、そうだ。この僕がお前如きを貰ってやると言っているのだから、あまり恥をかかせるな」


 お姉様の言っていた通り、まったく素行の良くない御方の様です。お断りしたお話なんですから、もう配慮はいりませんね。

 少し腰を屈めて、一応は周囲に聞かれないように小声でしゃべりました。


「あなたに貰って頂きたいとお願いしたことはありませんし、父からもお断りを入れたはずです」


「なんだと!」


 一瞬激高しましたが、周囲の目が向けられたことに気が付くと、ふんといいながら腕を組み、「そんな舐めた口を聞いていいと思っているのか」とふんぞり返りました。

 いいと思っているから、言ったのです。なんだコイツ。


「ご注文でなければ、……どうぞお帰り下さい」


 すっと出口の方へ腕を差し出すと、その腕をがしりと掴まれました。


「なにを……」


 エイベルは、私を自分の方へ引き寄せるとこう言いました。


「いいのか? 大声で言ってしまっても。『冒険者 リノ』ってな」


「!!」


 どうして貴族のコイツが、私が冒険者だと知っているのでしょう。

 『貴族が冒険者をしている=転生者』などと短絡的には思われないと思うので、別にいまとなってはバレても構わない気がしますが、コイツの真意はなんでしょうか……。なんだか気味が悪いです。

 にやにやと嫌な笑いをしているエイベルを睨んで問い質そうと「一体、目的…」


「その手をお離しください」


 問い質そうとした言葉と被さって、大きな背中が目の前に現れました。


「なんだお前は!」


「リード君……」


 リード君にはたかれたらしい腕をさすりながら、リード君に食って掛かっています。


「僕を誰だと思っているんだ! 伯爵家の人間にこんなことをしてタダで済むと思うなよ」


 わお。小物感満載のお決まりの台詞ですね! ナマで聞けて最高です。


「従業員に無体をなさるなら、どうぞお引き取りください」


 リード君の威圧感たっぷりの態度にエイベルは「ぐぅ、平民が…」と偉そうにいいながらも呻いて怯んでいます。まったく感心するほどの小物っぷりです。

 リード君が冷静に対応してくれるのはいつもならありがたいのですが、ここはコイツに話を聞いておかねばなりません。


「リード君、ありがとうございます。でも、エイベル様とお話があるのです」


 私がそう言うと途端にエイベルは背を伸ばして、ふふんとでも言いそうな顔でリード君を見て、しっしっと追い払うような仕草をしました。


「シャーリー!?」


 顔色を変えたリード君に、お願いしますの意味を込めて頭を下げました。


「シャーリー、君は……」


 私の態度をみて、悲し気な瞳のリード君をみるとやはり心は痛みますが、心を殺して無表情のまま、くるりとエイベルの方へ向き直りました。





 襲撃から八日経った今日、カフェの営業が再開されました。

 朝、出勤すると、リード君と店長とモニカの三人で話しているのが目に飛び込み、(リード君だ……)と胸がきゅうっと苦しくなるのを自覚しました。

 思わず彼に視線が釘付けになっていると、リード君も私に気付いて、ぱあっと花が開いたような笑顔を向けて、私の元に駆け寄ってきます。


「シャーリー! 久しぶりに会えて嬉しいです。お店も大変だったようですが、大丈夫でしたか」


 わぁ……。二週間以上見ていないと、この美貌に対する耐性がすっかりなくなるようです。彼の色気ときらきらに目が潰れそう……。

 それにリード君の顔を見ただけで、心臓が踊り出したようにばくばくして、足元から嬉しさが込み上げます。ぎゅっと目をつむって、それを必死に押し殺しました。


「おはようございます。リード君も元気そうでよかったです。私は変わりないです。あ、着替えなきゃいけないので、行きます」


 私の素っ気無い態度とおそらく能面のようになっていた顔をみて、リード君がきょとんとしていました。それも可愛い……、いえ、いけません。ぎゅんと顔の向きを変えて、急いでリード君の前から立ち去りました。


「え、ちょっと待って、シャーリー」


 私が離れた途端に、待ち構えていた他の従業員たち(女性)に「リードさん、心配してました~」「寂しかったです」と取り囲まれ、必死に対応しているのを目の端で確認しつつ更衣室へ入りました。



 残党討伐から戻った後、私はずっと考えていました。

 いままでの転生人生、ずっと『使命』を全うするために、体を鍛え、血族の方たちをお守りすることを第一に考えて生きてきました。

 これまでは『カナリーエイド』という同じ使命を知る転生者の仲間が誰かしらいましたが、今世はどうやら私ひとりなのです。

 いままで以上に、私は頑張らねばならないのです。

 なのに、浮かれた気持ちで他のことにうつつを抜かしていたせいで、血族の方たちを危険に晒すという致命的なミスを犯しました。

 それもこれも、私が自分の感情に浮足立っていたのがいけないのです。

 もう間違うことはできません。

 だから、私はこの感情の大元を切り捨てることにしました。

 疑惑が晴れない限り、彼のことは敵(仮)と思わなくては。

 そうです。それにそもそも私がそんなことをしなくても、転生者だと分かれば、きっと彼だって————





「それで、エイベル様。一体私に何の御用なのです」


 リード君が会話の聞こえない場所まで移動するのを確かめた後、エイベルに問い掛けました。


「話が早くて助かるよ。じゃ、これを読めよ」


 エイベルはジャケットの隠しから手紙を取り出し、私の目の前に突き出しました。なんだか怪しすぎて、手を出したくありません。躊躇していると、嫌な笑いを浮かべて言いました。


「お前の御父上が皇宮で大変なことをしてしまったようだぞ?」


 どういうことでしょう。ひったくるようにして手紙を受け取り、中を検めました。


「な……っ!」


「この僕がわざわざ、君の御父上に同情してその手紙を届けてやったんだ。感謝して欲しいな」


「お父様が……、父がこんなこと書くはずがありません! 何かの間違いです」


「お前がどう思おうがそれはどうでもいいが、男爵が獄中で書いた手紙をその場で僕が受け取ってきたものだ。確かにウォルター男爵の筆跡だろう?」


 ぶるぶると震える手に握られた手紙の文字は、揺れてブレて見えましたが、確かに父の筆跡とサインでした。


「だけど……!」


「明後日に迎えにきてやる。そのまま皇都へ向かうから、それまでに身の回りを整理して、荷物を纏めておくんだな」


 思わず手紙をぐしゃりと手の中で潰してしまいました。


「じゃあな、『凄腕(・・)冒険者のリノ』。明後日の朝またくる」


 私の肩を馴れ馴れしくぽんぽんと叩いてから、エイベルは店を出て行きました。

 ぎゅっと手に力が入り、さらに手紙がくしゃくしゃになってしまいました。


「シャーリー……」


 リード君が心配そうに寄ってきましたが、急いで手紙をエプロンのポケットに仕舞って「なんでもありません」と言って、自分の持ち場に戻りました。

 持ち場に戻ると何故か店長が近寄ってきて、ひそひそと話し掛けてきました。


「シャーリー、さっきの貴族、以前ここで騒ぎを起こした高位貴族の従者じゃなかったですか?」


「あ……!」


 そう言われれば、そうかもしれません! 店長は掴みかかられていたから、きっと顔をよく覚えていたのでしょう。だとしても、彼が私を冒険者だと知っている理由にはなりません。


「何か困ったことに巻き込まれているんじゃないですか? 大丈夫ですか」


「大丈夫ですよ! ただ手紙を届けてくれただけですので」


「そう、なんですか……」


 納得のいかない顔をしている店長に、休憩に行ってきますと行って、そばを離れました。モニカにも休憩中外にでますと言付けて、私は制服を着替えて、急ぎ冒険者ギルドへ向かいました。




 冒険者ギルドの受付に行くと、アルノーさんが「最近よく来るな」とにやっと笑って出迎えてくれました。


「あの、相談があるのです」


「またかよ! 今度はなんだ」


 ずいっとカウンターに身を乗り出して聞きました。


「冒険者ギルドでお金は借りられるのでしょうか?!」


「はあっ?! リノは相当稼いでいるだろう?」


「全然足りないのです! どうですか、貸してもらえるのですか? もらえないのですか?」


「まぁ、依頼を担保に貸せないこともないけど……、一体いくら必要なんだ」


「二千万ネイです」


「……ん?」


「だから、二千万ネイ、です」


「いやいやいや、それ郊外で一軒家買える金額だからな? 家でも買うのか?」


「買いませんが、必要なのです!」


「いやぁ……、さすがにそれは。リノクラスなら、Aランクの依頼何件かを担保に五百万ネイくらいなら貸付できたかもしれないけど、二千万はナイわー」


 掌をひらひらと顔の前で振りながら、アルノーさんは苦笑いをしています。


「そう、ですか。やっぱり無理ですか」


 駄目だろうとは思いつつ、一縷の望みが潰えてがっくりとしました。


「一体全体、なんでそんな大金が必要なんだよ、最近おまえおかしいぞ?」


 アルノーさんが心配してくれているのはひしひしと伝わるのですが、我が家の外聞に憚るので詳細は言えないのです。

 あとは博打に近いですが、アレしかありません……。


「……じゃあ、マイラ鉱山の宝箱なんですが、あれっていつでも挑戦できるのですよね?」


「お、おい……。リノ」


「詳しく、教えてください」


 もし、宝箱の質問に回答できればよし。出来なくとも場所は狩場。魔獣を狩って狩って狩りまくります。そんなこと本当はしたくないし、それでも足りないかもしれないけれど、とにかくやってみます!

 そんな私の迫力に押されたのか、アルノーさんはマイラ鉱山までの行き方から、鉱山の魔獣の種類、挑戦の仕方など、事細かに教えてくれたのでした。





 カフェに戻ると、店長とモニカのところへ行き、今日の早退と明日のお休みをいただけないかお願いしました。


「お休みは構わないが、やっぱり理由は言えないのかい?」


 店長が遠慮がちにまた尋ねます。さっき大丈夫と言ったので、気を遣ってくれているのでしょう。

 なるべくなら余計なことは言いたくないのですが、全てに失敗したら(そんなつもりは毛頭ありませんが)、三日後にはこのお店を辞めなければなりません。少しくらいは話しておいた方が良いのでしょう……。


「えーと、その、家の事情でお休みしたいのです。もしかしたら、今日来たあの貴族と結婚、することに……なるので」


「「はぁっ?!」」


「なので、回避する為に明日までお休みをくださいっ」


「それは構わないけど、なんでそんな話になっているの?!」


「リードは知っているのかい?!」


 モニカと店長が目を剥いて聞いてきました。そうですよね。驚きますよね。


「詳細は家の事情なので、ちょっとお話できないのです。そして、リード君は関係ありません」


 店長とモニカは「えぇ~」と言った顔で目を合わせて、二人で眉を顰めていました。


「それでは急いでおりますので、今日は失礼させていただきます。お休みの許可、ありがとうございます」


「ねぇ、シャーリー。本当に私たちに相談できないことなの?!」


 モニカのその気持ちはすごく嬉しいです。ここにきてから彼女の思いやりに何度も助けられました。だからこそ、このままでいたいのです。


「ありがとう。でも大丈夫です」


 私は急いで店を後にしました。寂しそうなモニカの顔をみないようにして。



ありがとうございました。

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