そのに
本日投稿2話目です。
「アルノーさん、聞きたいことがあるのです!」
冒険者ギルドの扉を勢いよく開けて、受付のアルノーさんに駆け寄りました。
「ど、どうしたんだ。リノ。しばらく依頼は受けないんじゃなかったのか」
「それどころではありません! 昨日のアルバート男爵邸襲撃の件です。情報をください」
「いったい、急にどうしたんだ。アルバート男爵家となんかあったのか」
「何もありません。ありませんが、情報が欲しいのです! もちろん、タダとは言いませんよ」
ベルトのポーチから革袋を出すと、アルノーさんは慌てたように言いました。
「いや、金はいいよ! いまはアルバート男爵家からも応援要請が来ているくらいだから、アシェラの冒険者の手駒が少ないいま、猫の手も借りたいくらいの状況なんだ。リノが情報の代わりに依頼を受けてくれるなら、渡りに船ってなもんだ」
ここで、やっと私はギルド内の様子をぐるりと見渡しました。この前来た時以上にガランとしています。
「いま手が空いている冒険者はみんな潜伏している可能性のある盗賊を追うのに出払っちまったんだよ。それでも、このアシェラの街と男爵邸のまわりの森を捜索するには手が足りない。引き受けてくれるか?」
「望むところです! その為に来たのですから」
アルノーさんが知っている範囲の情報によると————
昨夜遅くに襲撃してきたのは、一年程前からアンシェル男爵領とイレーニア男爵領に出没していた盗賊団らしいとのこと。
その盗賊団はアシェラの街外れの森と男爵家所有の薬草園そばの森の中に潜伏していることが最近魔導塔で開発された『監視カメラ』(また、まんまの名前です)という法具をアルバート男爵邸の周辺に設置してあった為に、事前に察知できていた。
しかし、それとは別に転移魔法によって襲撃してきた一団があった為に現場は混乱し、もしかしたら取り逃がしたものもいたかもしれないということで、現在厳戒態勢を布いているということらしい。
「以前、私が隊商を護衛した時に襲ってきた奴らの仲間ですね……! あの時、徹底的にツブしていれば……!」
もしかしたら今回の事は回避できたかもしれません。カフェに就職が決まって浮かれていた自分を叩きのめしたい気分です。
「いやぁ……。リノ、お前一人ではさすがに盗賊団はどうにもできなかっただろうよ……」
アルノーさんが頭を掻きながら、困った顔をしていました。
「それで、ギルドに応援要請があったのは、街外れの森のほうだ。ここは元々狩場だった森だから、魔瘴気が消えて普通の森になったとはいえ、魔獣が多少は生息している。それで、魔獣討伐に特化している冒険者にこの森の捜索を頼みたい、ということなんだ」
「なるほど。ギルドからは誰が行っているのですか?」
「この十一人だ。みんな顔は知っているな?」
アルノーさんが出したリストには、確かに一緒に護衛の依頼を受けたり、このギルド内で話をしたことがある人たちばかりでした。これなら、探査魔法が使えそうです。
こくりと頷いて、リストをアルノーさんに返却しました。
「残党を捕縛したら、アルバート男爵家の護衛騎士さんに引き渡せばいいのですね?」
「ああ。先に向かったやつらは、森の西側から入るって言ってたぞ」
「じゃあ、私は東側から行きます」
「お、おい。一人なのにそんな無茶は……!」
「挟み撃ちした方が効率いいじゃないですか」
「いや、そういう問題じゃ……! おい、リノ!」
「では、いってきますね」
冒険者ギルドを飛び出し、アルバート男爵邸の方向へ行く辻馬車に乗り込みました。
アルバート男爵邸はアシェラの街を出た先にあります。街と男爵邸の間には川と森があります。今回捜索を依頼されたのは、その森の中です。
街の外れで辻馬車を下り、足に身体強化魔法をかけて、森の東側へ移動しました。この元狩場の森は、東西に長く広がっているので、探査するなら端からすればきっと漏れがないはずです。
森に分け入って、探査魔法の『詠唱』をしてから、コマンド画面から“マップ”を表示します。すると、なんてチートなんでしょう! レーダーのように、魔獣や人がいる場所にマップ上にマル印が表示されるのです! 知っている人物なら黒丸、知らない人物や魔獣は赤丸で表示されます。これ、転生者しか使えない魔法なのです。普通の探査魔法は、半径何メートル以内に魔獣がいる、いない程度しかわからないそうですよ。
表示されたマップを見ると、西側には確かに十一個の黒丸が少しずつ東へ移動しているのがわかります。他には……。
「あ、近くに赤丸が四個と三個ありますね。あと中央付近に五個。西側に五個。二個で動いているのが三セットあるけどこれは護衛騎士さんたちかな……?」
結果的に言うと、近くの四個と三個は魔獣でしたので、そのまま気配を消してスルーをしました。無駄な殺生は嫌いなのです。
中央付近の五個に近付くと、明らかに人の気配がしました。護衛騎士さんでしょうか、盗賊団でしょうか。確かめるために、身体強化をかけて静かに木にのぼりました。
アイテムボックスから遠見鏡(望遠鏡のような法具です)を出して気配のする方角にピントを合わせてみてみました。
「あ~。これは完全に盗賊団ですねぇ」
小汚いマントで顔と体を隠すように、大きな木の根元に五人集まって身を潜めています。隠れながら少しずつ森の中を移動してきたようですね。
「さて……。いきなり五人相手はキツそうです。三人くらい先に潰しますか」
静かに木から降りて、気配を消しながら五人のもう少し近くへ移動しました。
(このへんなら射程距離内です。前世で極めたスキルが役に立つ時を迎えましたよ!)
盗賊たちから百メートルほど離れた木の陰に隠れて、アイテムボックスから短弓と矢を出しました。
盗賊たちの手や足に狙いを定めて、弓を連続で三射。「ぐあっ!」「ひぃっ」「ぎゃぁ」ときっちり命中したのか悲鳴が聞こえました。
弓を射て、すぐさま身体強化してある足でダッシュをかけ、盗賊たちの目の前まで数秒で躍り出ました。
何事が起きたのかと周りを警戒していた一人の顔に逆突きを入れ弾き飛ばし、射られた仲間を見て腰を抜かして座り込んでいたもう一人に踵落としを入れて意識を奪いました。
手足に弓矢を受けて呻いている三人に拘束魔法の魔法陣を使って拘束した後、意識を失っている二人にも同じく拘束魔法の魔法陣を使いました。
「ふぅ。思ったより楽ちんだったですね。弱っちい人たちで助かりました」
探査魔法とマップで周囲を確認すると、近くに二つの赤丸ありました。すごい勢いでこちらに近付いています。しばらくすると、護衛騎士二人が現れました。やっぱり赤丸二個セットは騎士さんたちだったようです。
「いまの悲鳴は?!」
「あ、このひとたちです。たぶん盗賊の残党ですので、引き取ってください」
「え? 君は……? 君一人でこの五人を?」
「はい。冒険者のリノです。東側から捜索してここまで、この五人しかいませんでしたので、もうこの先の捜索は不要です。西側からは、冒険者ギルドの人達が捜索していて、前方百メートル程のところにいるので、彼らと出会えればこの森自体の捜索は終わりですね」
「え? ここまで一人で捜索してきたのですか」
「はい。探査魔法を使ったので、間違いはないと思います」
「え……」
なんでしょう。護衛騎士さんたちが目に見えて狼狽えています。なんか変なこと言ったでしょうか。
すると、草むらを掻き分けて、顔見知りの冒険者さんたちが現れました。
「お? リノじゃないか。来ていたのか」
「はい。皆さんが西側から捜索するとアルノーさんから聞いたので、東側から捜索してきました」
「そうか。じゃあ、もうこの森の捜索は終了だな。西側には魔獣しかいなかったよ。ところでそれ、リノが捕まえたのか?」
「はい」
「相変わらず、容赦ねぇな~」
冒険者のみなさん、がはがは笑っています。もしかして、やりすぎたのでしょうか……。
「じゃあ、あの、私はこれで失礼しますね。そのひとたち、お願いします」
なんか雰囲気が変な感じなので、さっさと退散することにしました。
「あ、ちょっと待って! 君……、足早っ」
護衛騎士さんたちに声を掛けられましたが、聞こえないふりです。冒険者のみなさん、どうぞ後のことはよろしくお願いします。
この後私は、薬草園そばの森にも足を延ばし、残党がいないか探査魔法をかけて、問題がないことを自主的に確認してからアシェラの街に戻り、すでに夜になっていましたが冒険者ギルドへ向かいました。
「リノ! 他のヤツらがお前は先に帰ったはずだって言っていたのに、何処をうろついていたんだ。心配していたんだぞ」
「あ、薬草園そばの森も一応ね。もう残党はいないみたいです」
「なんでまた、そんな金にならないことを……。今回はどうしたんだ、リノ……」
「……アルノーさん、相談があるんですけど」
アルノーさんは片眉をあげて困ったような顔をしましたが、「…………なんだ。言ってみろ。一応は聞いてやる」と憮然としながらも言ってくれました。
「あの、私、アルバート男爵家の護衛騎士団に入りたいんですけど、ギルドから推薦とかってもらえます?」
アルノーさんは一瞬虚を突かれたような顔をした後に眉間に皺を寄せ、盛大にはぁーっとため息をつきました。
「あのな、リノ。護衛騎士団は、貴族の護衛だから、平民が騎士団に入ろうと思うなら、幼年学校や騎士学校で上位の成績を修めて、学院を卒業する必要がある。まれに冒険者がスカウトされることもあるが、よっぽど剣技に優れているとか目立った功績がなければそれもほぼない。あとは、騎士団で平民にも門戸を広げた一般公募があった時に、試験を受けて合格するしかないが、受けるにも身元の保証人やらいろいろ必要だ。もしリノが受けたいなら、ギルドで推薦状は貰えるかもしれないが、残念なことにいまは募集自体していない」
「……あのね、アルノーさん。私、一応貴族で、学院も卒業しているのだけれど、それでも入団は難しいと思う?」
「なんだって?!」
今度は口をあんぐり開けて、まじまじと私を見つめました。しんじられないという顔はしましたが、冒険者は訳アリの人が多いのでアルノーさんも深くは聞いてきません。
「だとしてもなー、リノは騎士になるのに必要な学科を受けてなかったんじゃないか?」
「……おっしゃる通りです」
がっくりと頭が落ちました。やっぱり入団は難しそうです。近くで守るには一番の近道だと思ったのですが、他の道を探すしかないでしょうか。
アルノーさんは頭をガシガシと掻いて、苦虫を嚙み潰したような顔で言いました。
「功績になるかは分らんが、街道沿いの盗賊残党討伐の依頼がアルバート男爵家からきている。受けるか?」
「行きます」
考えるまでもなく即答しました。
まずは、アルバート男爵家に害を及ぼしそうなものは、全て無くさなくては。
それが転生者として生きてきた、私の使命なのですから。
盗賊残党の討伐は丸々三日かけて行われましたが、アルバート男爵家の襲撃にほとんどの人数が参加していたらしく、もぬけの殻になった隠れ家の捜索に終始するようなものでした。
(こんな結果じゃ功績にもなんにもならないです……)
襲撃から四日目の夜に宿舎に戻った時には、体も心もくたくたに疲れ果てていて、宿舎の管理人さんから出入りチェックの際に体調を気遣われるほどでした。
「明後日からカフェの営業が再開するようだよ、そんなひどい顔色で平気なのかい」
「ずっと外を歩き回っていて、汚れているだけなのです。体調は問題ありません! ありがとうございます」
笑顔を無理に作って誤魔化しながら、部屋に戻りました。
部屋に入った途端、へたりと床に座り込みました。体の疲れも勿論ありましたが、それよりもこの三日間の討伐中に生まれた疑惑の種が心に重く圧し掛かっていました。
『アルバート男爵邸襲撃事件には、盗賊団を操った黒幕がいる』という噂を耳にして以来、何度も心に浮かび上がってくる疑念を打ち消そうとしましたが、どうしても心から離れません。
アンシェル男爵領とイレーニア男爵領の盗賊団の拠点や関わったと思われる場所を巡っていると、時々おそらく同じと思われる人物の影がちらついたのです。
金茶の髪の美青年が、隠れ家の下働きの女の子と話しているのを見かけた、商人として出入りしていた男がそんな容姿だった、隠れ家らしき場所に訪ねてくるのをみた、盗賊団の何某と酒場にいた、等々何度となく話が出ました。
『彼が襲撃の前から姿が見えないのは何故なのか』
『彼がジャン・リック君なら、なぜ名前と身分を偽っているのか、それはどうしてなのか』
そんなことを考え始めると、彼の行動は全て怪しく見えてきます。なにより学院の時だって、政変の直前に彼は姿を消しました。子供が持つにはそぐわないメールという高価な法具も持っていました。
(まさか、リード君が黒幕……なの?)
隣の部屋の気配を探っても、やはり部屋の主は不在のままで、私の疑念はますます膨れ上がるのでした。
ありがとうございました。




