脳第十三章 脳筋令嬢の決心と疑い そのいち
本日投稿1話目です。
「もう一度、お話させてもらってもいいですか?」
——そんなことを言われた次の日、すごくどきどきしてお店に出勤しましたが、リード君はいませんでした。
結局、あれから話をしていません。
実はリード君、次の日からお家の方で不幸があったとかで、ずっとお店をお休みしているのです。
お家の不幸なのに申し訳ないけれど、ちょっと考える時間というか、私にも冷静になる時間をもらえたようで、内心ほっとしました。まだリード君の顔を直視できる自信がないもので。
でも、もう一週間以上も戻ってきていないので、なにかトラブルでもあったのかと心配でした。しかし、そんな心配など吹き飛ぶような出来事が、起こったのです。
「大変よ! 昨日男爵様の御屋敷が襲撃されたんですって!」
朝、カフェに出勤すると蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていました。
「どういうことです?!」
近くで話していた従業員の方たちに慌てて尋ねました。
「詳しいことはわからないけれど、盗賊団がお屋敷を襲ったって……」
「男爵様たちは大丈夫なのかしら」
「大旦那様と大奥様に奥様と下のお嬢様は、ルシェに行っているって聞いたわよ」
「あの、海側街道に新しくできた観光地の?」
「ルシェに土産物屋をアルバート男爵家が出店しているから、大旦那様たちはそちらの差配に行っているっていうのは俺も聞いているな」
「じゃあ、ヴィクトリア様は襲撃の時にお屋敷にいらっしゃったのね」
「ご無事なのかしら……。心配だわ」
従業員の皆さんが口々に話しているのを私は呆然と聞いていました。
(そんな……。血族のかた達に危険が及んでいたのに、私は何も知らずに……)
頭をガツンと殴られたような、そんな衝撃が私を襲いました。
(なんの為に、私は、ココに、来たのか————)
目の前が真っ暗になり、思わずガクリと膝をつきました。
「やだ! シャーリー、大丈夫? 襲撃なんて聞いてショックだったのね。一応貴族の御令嬢だもの、こんな話怖いわよね」
「顔色が悪いな。そうだよな、忘れていたけど、御令嬢が盗賊なんて聞いて、平気なはずがなかったな」
「ほら、椅子に座って……」
皆様、そんなに労わって下さって、ありがとうございます。でも、私にはそんなに優しくされる資格はないのです。自分の不甲斐なさに、悔しくて、涙が滲んできました。
「ああ、シャーリー、泣くほど怖いのね。どうしましょう」
私の状態をみて狼狽えているこの方に、大丈夫だと言う気力ももはやありません……。
「みんな! フロアに集合してくれる?」
ざわついている店内に、モニカが従業員に集合を掛ける声が響き渡りました。私は力が抜けそうな体を叱咤して、心配してくれる従業員の皆と一緒にフロアへ移動しました。
フロアには店長とモニカ、護衛騎士らしき方が三人、皆が集まるのを待っていました。
全員が集まったのを確認すると、店長は不安でざわつく従業員を静めるために手をぱんぱんと打ち鳴らしました。皆の視線が店長に集まりました。
「話を聞いているものもいると思うが、昨夜アルバート男爵邸が盗賊団と思しき集団に襲撃されました」
ここで、やっぱりと従業員がどよめきました。それを店長は咳払いで黙らせ、続けました。
「大旦那様と大奥様、奥様とルナアリア様はルシェに御滞在中で襲撃の際お屋敷には不在でした。ご滞在だったアルバート男爵様とヴィクトリア様は、幸いなことに怪我ひとつなくご無事です。みなさんどうぞ安心してください」
ほおぅっと全員が安堵の息をつきました。血族の方たちに何事もなく、それだけは本当に良かったと安心しました。
「……ただ、襲撃したならず者たちの残党がまだこの辺りに潜伏している可能性があるとのことで、アルバート男爵家が経営していると知られているこのカフェも襲われる危険がないとはいえません。その為、しばらく休業することになりました。その間の給金は、アルバート男爵家が保証すると仰ってくれていますので心配しないでください。事態が収拾しましたら連絡をいれますので、それまでは自宅で待機していてください。外出の制限はありませんが、アシェラの街全体が緊急事態で警戒中ですので、なるべく自宅で大人しく過ごしている方がよいと思います」
戸惑いの声は多少ありましたが、事態が事態ですので反対するものは誰もいませんでした。店長の話はこれで終わりの様で、一緒にいた護衛騎士の一人が一歩前に出ました。
「私はアルバート男爵家護衛騎士団所属のタイランです。今回の事態を受けて、アルバート男爵家直轄のこのカフェとルッツ商会本部、アルバート工房と従業員宿舎にはしばらく護衛騎士が常駐することとなりました。何か気が付いたことや気になることありましたら、すぐに我々に声を掛けて下さい。アシェラの皆さんにはご迷惑をお掛けしますが、速やかに事態収拾し、すぐにいつものアシェラの街に戻すことを我々がお約束いたします」
ぱちぱちと拍手が沸き、「お願いします」「頑張ってください」と声を上げる人もいました。
「それでは皆さん、なるべく方向の同じものと一緒に帰宅して、緊急事態が解除されるまでは一人での行動は避けるようにしてくださいね。では、解散」
店長がそう言うと、従業員たちは潮が引けたように帰宅しはじめました。
私も宿舎へ帰ろうとバックヤードへ繋がるドアの方へのろのろと体を動かしました。するとモニカの心配げに「ちょっと、シャーリー! ひどい顔色だけど何かあったの」と声を掛けてきました。
俯いている私の額に手を当て「熱があるわけではなさそうね」と呟き、覗き込むようにして目を合わせました。
「……何か、無念…悔悟?……いえ、悔恨の方かしら……。あなた、今回のこと何か知っているの?」
モニカは鋭い目つきで私を見据えました。いいえ。違います、モニカ。私は——
「……知らなかったことが、私の最大の罪です。過ちです」
私はいま、自分自身にものすごく腹を立てています。自分自身にどうしようもなく苛立っているのです。
「どういうこと? ちょっと、シャーリー! あなた手を強く握り過ぎよ! 手のひらから血が滲んでいるじゃないの!」
だんまりする私に呆れたようにため息をついたモニカは「しょうがないわね、一緒に宿舎に帰りましょう」と行って、私の肩を抱いて宿舎の部屋まで送ってくれました。
「ねぇ、シャーリー、何か悩みがあるなら聞くわよ?」
私の部屋の前で、モニカは本当に心配そうに聞いてくれました。でも、これは私自身がなんとかしなければいけないものなのです。ここに戻ってくるまでに、私はある決心を固めていました。
「ありがとうございます。モニカ。でも、大丈夫なのです」
「……そう……」
少し寂しそうに微笑んで、モニカは頷きました。
「あ、あの。私しばらく外出をしても構わないでしょうか。二・三日宿舎に戻らないこともあるかもしれません」
「え? こんな時に? ご実家にでも帰るの?」
「そう、そうですね。そのようなものです。いいですか?」
モニカは私の目を見て、カフェにいる時とは全然違う顔をしていたからでしょうか、少し息をのむと、あきらめた様に「禁止はされていないから、問題はないと思うけど……。気を付けてね?」と言いました。
「はい。ありがとうございます」
パタリと閉められた扉を背にして、まずは部屋のクローゼットに向かいました。
今着ているワンピースを脱いでクローゼットに収め、アイテムボックスに仕舞い込んであった、護衛や魔獣討伐の時に着ている防御魔法が織り込んであるチュニックとパンツ、鉄板入りのロングブーツを出して着替えると、コマンド画面でアイテムボックスの中をみて、水と火の魔石、携帯食料や治癒魔法の魔法陣がきちんと補充されているのも確認しました。
「よし。問題はなさそうです」
ぐずぐずしている暇はありません。早速、部屋を出て、管理人さんの出入りチェックをし、宿舎の出入り口で警護をしている護衛騎士さんに外出する旨を伝えました。
護衛騎士さんは、私の恰好をみて怪訝な表情をしながら、「どちらへ?」と質問をしてきました。
「冒険者ギルドへ」
えっ?という声が聞こえましたが、無視して私は宿舎を飛び出しました。
ありがとうございました。




