表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/44

そのさん

本日投稿1話目です。


※※※


 矢も楯もたまらず、リードは外へ飛び出した。

 シャーリーが自分以外の男と二人きりでいると思うと、身が焼けるほどに苦しい。

 休憩時間内で話が出来るところとなると、おそらく広場だろうとまっすぐそこへ向かった。

 中央にある噴水近くまで周りを見ながら歩いていくと、すぐにベンチに座る二人を見つけることが出来た。

 二人で並んで座っているのを見るだけで、むかむかと苛立ちが募った。すぐにシャーリーをカフェに連れて帰ろうと二人の座っているベンチに急いだ。

 声の聞こえるところまで近づくと、シャーリーの親し気で楽しそうな声が聞こえてきた。さっきバックヤードでリードに向けた沈んだ声とは全く違う明るい声。その声がリードの胸をきりきりと突き刺した。

 シャーリーは背中を向けているのでその表情はわからないが、きっと笑顔なのだろう。

 思わず足が止まり、自分がその場に行ってもいいのかふと躊躇いが生まれた。

 自分のこの焼け付くような胸の痛みを解消するために、シャーリーをあの男から引き離したら、シャーリーは喜ぶのか? いや、困った顔をするか、怒るだろう。もしかしたら、何をするのかと軽蔑されてしまうかもしれない。

 そんな思いに囚われて、リードがそこから動けなくなっていると、二人の楽し気な会話が聞くともなしに耳に入ってきた。


「俺のカッコよく成長した姿は見たくせに、自分は見せないなんてズルいだろ」


「仕方ないなぁ……」


 リードの見ている前で、あの男の顔がシャーリーに近付いていった。

 リードの足は凍り付いたように動かなかった。

 シャーリーとあの男が————キスをしている。

 頭を何かで殴られて、足元が崩れ落ちるような衝撃だった。


「……やっぱり、俺のお嬢だ……」


 ちがう! シャーリーはお前のものじゃない! 僕のものだ!

 ぶるぶると全身が震えるほどの怒りで、体が自由を取り戻した。


「シャーリー!!」


 リードが大声を上げると、ベンチの二人はびくりとしてリードの方を向いた。

 シャーリーは両手で顔を押さえて、真っ赤な顔をしていた。あの男もにやにやとした笑いを受かべてリードを見ている。

 怒りや悔しさ、悲しい、苦しい、いろいろな汚くて悪い感情で心の中がドロドロだった。

 そんなリードに追い打ちをかけるように、シャーリーが顔を押さえながら焦ったように聞いてきた。


「リード君! ……み、見た?」


(なにを見たか、僕に言わせたいのか……? 絶対に言うものか。僕は認めない)


「なにを見たっていうんですか? さぁ、シャーリー、休憩は終わりです。戻りましょう」



※※※




「……やっぱり、俺のお嬢だ……」


 私の素顔をみたガイは安心したようににっこりと微笑みました。

 この眼鏡をかけるとそんなに顔が違うのかしら。どうして私にはその顔にみえないのかなぁ。不思議。


「シャーリー!!」


 突然、後ろの方から名前を呼ばれました。この声はリード君?!

 え、ちょっと待って、なんで彼がここに? あ、早く眼鏡かけなきゃ!

 急いで眼鏡をかけて後ろを振り向くと、リード君が仁王像のような形相で立っていました。

 もしかして、素顔を見られてしまった? 途端に恥ずかしくなって、自分の顔が赤くなるのを自覚しました。


「リード君! ……み、見た?」


 眼鏡を押さえながらそう聞くと、リード君はぎゅうっと眉間にシワを寄せて、足早に私とガイが座っているベンチの前まで移動してきました。

 あれ? なんかスゴく怒っている?


「なにを見たっていうんですか? さぁ、シャーリー、休憩は終わりです。戻りましょう」


 そう言って差し出した手には親しみの欠片もなく、眼差しは氷のようで、掛けられた言葉は突き刺すようにとげとげしいものでした。


「リード、くん?」


 少し怖くなってゴクリと喉が鳴りました。待ちきれなくなったのか、リード君は差し出していた手で私の二の腕を掴むとベンチから立たせて、強引にカフェの方向へ足を向けました。


「ちょ、どうしたの? 何かあったのですか?」


 リード君は私の腕を掴んだまま黙々と歩を進めて、振り向きもしません。

 えぇ~? なに? どうしちゃったのですか?


「じゃあな、お嬢。また連絡するわ~」


 そういうガイはいい笑顔で手をひらひらさせています。

 待って、一体なにがおこっているのですか?!




 リード君はカフェに戻ると、なぜか食材倉庫へ直行しました。


(あ、掃除手伝えってことかな……?)


 私を倉庫の奥へ押しやり、静かに倉庫の扉を閉めると、リード君はベルトに付けてあるポーチから魔法陣を一枚取り出して扉に貼り付けました。

 あれは、結界の魔法陣……? と、いうことは、こ、ここは密室にっ……!

 ていうか、リード君、なんでそんな魔法陣を携帯しているのですか?

 くるりと私の方を向いたリード君の目は、据わっていました。こ、コワいです。

 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるリード君に気圧されて、じりじりと後退する私。数歩後ろへ下がるとトン、と棚にぶつかりました。

 両手を前に出して、「リード君、ちょっと落ち着こう」と言うと、私のつけていた手袋をじろりと睨みました。


「これは、あの男から貰ったんですね?」


「へっ……?」


 リード君は私の手から手袋をはぎ取ると、乱暴に投げ捨てました。


「ちょっと! なんてことをするのですか?!」


「そんなにあの男から貰ったものが大事ですか」


「そういうことじゃないでしょ? リード君、どうして怒っているのです? ちゃんと話しましょう」


「話? そうですか。いつも僕の話をうまくはぐらかすシャーリーがやっと聞いてくれるのですね」


 リード君は私の両腕をとると頭の上で手首を纏めて、左手で両手首を掴み、棚に押し付けました。リード君の右手は私の左頬を掴んでいて、顔も逸らせません。

 こ、これは、いわゆる壁ドン! ……いや、棚ドン! と一瞬緊張感のないことを考えました。

 いや、そんなことより、私が話をはぐらかしている? どういうことでしょうか。


「いつもそうやって、シャーリーは自分の考えていることを僕には何も言ってくれない。僕には関係ないことだと言って、本音を言ってくれないじゃないですか」


 え、えっと。それは多分、私がおばかで考えるのが遅いか、腐ったことを考えていて話せないかのどっちかだと……。


「……ほら、今もそうだ」


 いや、だから、違うんですってー!


「確かに僕だってシャーリーにいまは話せないことがあるけれど、いずれ時がきたら話すつもりだし、自分の気持ちは正直に伝えてきたつもりです」


 うん。そうだね。私それでも、それは友人や同僚としての“好き”なんだと、勘違いをしないよう自分に言い聞かせていた。リード君が私なんかを本気で好きになるなんて思うわけがないじゃない。

 それにどうせ、転生者だと分かったら、誰だって……リード君だって私の元から離れていくに決まっている。


「シャーリーにも何か言えないことがあるのは分かっています。分かっていますが……、シャーリーはそれを僕に話すつもりは全然ないのですか?

 ————あなたにとって、やっぱり僕はその秘密を打ち明けてもらうほどの価値はないのですか?」


「——え、え?」


 ちょっと待ってください。私たちもしかしてお互いがお互いを『好きになってもらえるわけがない』と思っていたのでしょうか?

 えと、えと、いわゆる両片思いってやつですか? そんな馬鹿な。

 リード君のような人が私のどこを好きになるっていうんですか。ありえません。あれ? でもリード君も自分にその価値がないとか言ってる? いやいや、価値がないのは私でしょ?

 いけません。思考がループし始めました!


 陥った思考のループにあわあわしているうちに、またリード君は誤解をしてしまったようです。

 切なげだった瞳が、いつの間にか仄暗い色を帯び始めていました。


「そうですよね。十五年も会ってなかったあの男にはすぐに唇を許したのですから、僕ではなかったのでしょう。でも、僕だって、僕だって十年シャーリーを待っていたのに!」


「……え?」


 もしかして、リード君は……。そうなの? そうだったの?

 ずっとそうじゃないのかと頭の隅で思っていた。だけど、また期待をして裏切られるのが怖くて、ずっと固く蓋をしてきた。


「あ……、」


 いや、待って。そっちも気になるが、その前に唇許したとか言っていませんでしたか?

 え? それ、まさかガイと? どうしてそんなこと思っているの?


「あの男に簡単に許すなら、僕にも許してくれていいんじゃないですか? 十年待っていた僕にもその権利があると思いませんか……?」


 いや、その理論おかしいから! リード君、しっかりしてぇ!

 リード君の右手が私の左頬から顎をつぅっと移動すると、いままで感じたことのないぞくぞくとした感覚が全身を貫きました。

 リード君の私を見つめる金茶色の瞳の虹彩が紅色に輝き出したのを目の当たりにして、(あぁ……、やっぱりそうだったんだ)と、やっと胸にストンと落ちました。

 リード君の美しい形の唇が目の前に迫っていました。劣情を帯びた切れ長の目が、ゆっくりと閉じられようとした————ところに、「待って待って待って!! ガイとキスなんてしてませんっ!!」全力でストップかけました。

 こんなファーストキスないよね! 延期を要求しますっ!

 ぴたりと唇が触れる直前、吐息がかかる位置でリード君の顔が止まりました。


「——してない? 嘘だ、確かに僕はみました」


「私がしてないって言っているでしょ! 大体いつしてたって言うんですか!」


 物凄い至近距離で睨み合いました。


「シャーリーが『仕方がない』と言って、あの男に許していました」


 んん? それって、眼鏡をはずした顔を見せていた時ですか?


「許していません! あの時は顔を見せていただけです」


「顔? あんな近くで?」


「あんな近くで見たいっていったの!」


 かなり苦しいですが、リード君に素顔を見せるのはなんだかまだ恥ずかしいのです! これで納得してください。


「どうしてですか? 意味が分かりません」


 やっぱり納得してくれませんかー!


「意味が分からなくても、どうしても見たいって言ったんですっ!」


 もうこれで押し通します。


「あの時はただ顔を見ていただけで、私のファーストキスはまだ無事です! 誰も触れていません。清らかな乙女です! だからこんな無理矢理なキスは嫌です! 断固やり直しを要求しますっ!!」


「……っ!」


 急に弾かれたように、リード君が体を離しました。


「ふぅ……」


 なんとか回避できたようですね~。やれやれ。

 リード君を見ると、口を押えて真っ赤になっています。ちらちらと私をみている潤んだ目にまた過剰な色気が漂っていて、心臓に悪いです。


「それって、シャーリーは僕と……キス……してもいいと、したいと思ってくれていると、考えていいんですよね?」


「へっ……?」


 あ、そ、そういうことになるの? ……あ、なるよね~。うん、そうですね。確かに。


「う、うん……。リード君ならいいです、よ……」


 わわわ。もう顔に血液が目いっぱい上がってきちゃいましたよ。もう、この倉庫暑いな~。

 リード君を見ると、さっきよりさらに顔が真っ赤です。

 しばらく二人で黙って横目で見あっていましたが、リード君がふぅと一息つくと、さっき投げ捨てた手袋を拾って、埃をかるく払った後、私に渡してくれました。

 ほんのり頬は赤いですが、もういつもの穏やかなリード君に戻っていました。


「さっきは、手荒なことをしてすみませんでした。頭を冷やして冷静になってから、もう一度、お話させてもらってもいいですか?」


「……いいですよ」


 そう答えると、私の手を取って、爪の先に軽くキスを落としました。


「前にもそうしてくれたね。————ジャン・リック君?」


 リード君は目元と口元をきゅっと細めて嬉しそうに微笑みました。その微笑みは、昔とちっとも変っていない可愛いものでした。



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ