そのに
本日投稿2話目です。
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『シャーリーは手に入らない』
この言葉は、ぐっさりとリードの心を突き刺した。
それはリードも分かっていたことだったが、いまの膠着した状態の中でリードが全てを明らかにすることは無理だった。だからせめて、自分の気持ちだけでもシャーリーに伝わって欲しかった……。
(それすらも、なんだか望みが薄いな)
思わず自嘲の笑いが出た。気付いてほしくて、かなり分かりやすいヒントをシャーリーに与えていたつもりだが、彼女はいつまでたっても思い出してくれない。
シャーリーに最初はそれとなく、最近でははっきりと気持ちを伝えているつもりだが、彼女はわからないのか、わかっていて話を逸らしているのか、あくまでもリードのことは同僚、ひどいときは弟扱いだ。
シャーリーがそういう態度に出る理由は、知っている。けれどいま、それをどうにかできる状況になっていないのだ。
リードは、シャーリーに対しても、自分の立場に対しても、現在の状況に対しても、相当の不満を抱え込んでいた。それはリードの心の中に黒く澱んで沈み、少しずつ執着へと変貌を遂げつつあった。
モニカがフロアへ戻った後、仄暗い目つきをしたリードが向かったのは、食材倉庫ではなく、従業員用の出入り口であった。
※※※
「ごめんね、せっかく来てくれたのにあんまり時間がとれなくて」
休憩を貰ってガイを連れてきたのは、カフェからほど近い、中央に大きな噴水がある広場です。ここは露店で買ったものを食べられるようにベンチがそこかしこに設置されているので、ちょっとお話するには丁度いいです。春先なのでまだ肌寒いのが難ですが。
私とガイは、カフェでコーヒーをテイクアウトして、広場のベンチに腰を下ろしました。
「いや、今日はただ確認にきただけだから、いいさ。今度はちゃんと連絡してからくるよ。母さんと一緒に」
「そうね! そうしてくれると嬉しい! 早くシアに会いたいなぁ~」
「母さんもメイお嬢に会いたいってずっと言っていた。……俺たち、お嬢のこと、すごく心配していたんだぞ……」
急に喉がつまったような、それでいて安堵したかのような声だったので、ガイの顔を見ました。ガイの目は少し潤んで、泣き笑いみたいな表情をしていました。
「ガイ……。あなたって相変わらず泣き虫なのですね」
「なんだよ! お嬢は相変わらずぼんやりしてるよ」
手をぎゅっと握りあいながら、お互い顔を見合わせて、くすくす笑い出しました。
「お嬢の手、ずいぶん冷たいな。これ使えよ」
ガイはジャケットのポケットから手袋を出して、私に差し出しました。
「これ、シアの手編み?」
「そう。やるよ、それ」
「……いいの? ありがとう」
手袋をはめて両頬を覆うと、じんわり暖かさが伝わりました。ふんわりと懐かしいシアの匂いがするような気もするけど……、いえ、これはきっとガイの匂いなんでしょう。
「ところでさ、その眼鏡なんなの?」
「え? これのこと? シアから聞いているんでしょ?」
「聞いているけど……。俺が言いたいのは、なんで今もかけっぱなしなのか、ってことだよ」
なんだか、ガイが怒っているようです。
「いや、だって……、便利だし……?」
「便利とかじゃねぇだろ? その眼鏡かけたお嬢、すっげぇブスだぜ? 自覚あんだろ? なんでわざわざブスになっているんだよ。それに俺、店にいる間、客や他の従業員がお嬢の悪口言っているの聞いたんだぜ。ひでぇ言われ方だったよ! 本当のお嬢のこと、あいつら何にも知らないくせに!」
「えぇ? ブスにみえるのは分かっているから、別にいいんだけど……」
本当に目も当てられないブスだったら傷つくかもしれないけど、少なくともそこまでじゃないしなーという自覚があるので、割と平気でいられるのです。
「俺が、ヤなの!」
「ガイは、カッコよくなったのに、そういうところ昔と変わらないですね」
拗ねてぷぅと頬を膨らませているガイは、別れた七歳の時の面影がありました。あんなに可愛かった子が、こんな精悍な男の人になるなんて思わなかったなぁ。
「俺は真面目に言っているんだ。お嬢。女性客と女性従業員がお嬢をそんなに悪くいうのは、あの男のせいだろ。あのやたら顔が綺麗な給仕の。あいつ、お嬢の素顔知っているのか?」
「知らないはずだけど……」
ガイがなにやらぶつぶつ言っていましたが、私にはよく聞こえませんでした。
「とりあえずあの給仕のことは、おいておく。問題は男の客だよ! お嬢のスタイルを見て『あれで顔が良ければ俺が貰ってやったのに』なんて失礼なこと言ってたんだ」
あらまあ。努力して手に入れたスタイルが褒められるのは嬉しいことなのですが……。それもガイには許せないのですか。
「でも眼鏡をはずしてブスではないってわかったら、私そのひとに求婚されるのでしょうか」
ガイはそこまで考えてなかったのか、ぐっと口を噤んで押し黙ってしまいました。
「ああ~! もう! 俺が言いたいのは、そういうことじゃないんだよ!」
ガイは頭をガシガシ掻きむしって、苦い顔をしました。
私が困って首を捻っていると、ガイも眉を顰めて困った顔をします。
「あのな、母さんも俺も、お嬢のことが大好きだよ。たぶん何があっても家族だと思っている。…………だから、そんな眼鏡で自分を防御するようなこと、して欲しくないんだ。もしお嬢に心を預けたいヤツができたなら、逃げないで、ちゃんと自分の気持ちに向き合ってくれよ」
「ガイ……?」
もしかしてガイはシアから他にも何か聞いているのでしょうか。
言いたいことは分かるのです。だけど……。
「ま、いいさ。それは案外すぐかもしれないしな。頑張れよ、お嬢」
そう言って、ガイは私の頭をポンポン叩きました。
「へっ……? 急になんなのですか……」
「そうだ、そろそろ休憩も終わりだろ? 最後にちょっとお嬢の顔を見せてくれよ」
「えぇ~」
私の嫌そうな声に、ガイは「俺のカッコよく成長した姿は見たくせに、自分は見せないなんてズルいだろ」と訳の分からない抗議をしました。
「仕方ないなぁ……」
私は、ゆっくりと眼鏡をはずしました。
※※※
ガイがシャーリーとベンチに座って話していると、シャーリーの肩越しにやたら顔が綺麗な給仕がキョロキョロと誰かを探しているように歩いてくるのが見えた。
(あいつ、さっきの給仕だな)
カフェでガイを睨んだ眼は恐ろしいほどの嫉妬の感情を孕んでいた。あんなに執着されるのも若干心配ではあるが、そのぐらいじゃないとこの世界ランキングで一位か二位を争うレベルでとことん鈍い乳兄弟には通じないかもしれない。
この乳兄弟は、本人はうまく隠しているつもりのようだが、転生者であることは昔から丸わかりであった。ただ、頑なにそれを隠したがっているようなので、乳母のシアもガイも黙っていただけだ。しかし転生者であることを隠しているうちは、シャーリーは本当の意味で心を許していないということも分かっていた。
だからシアとガイは、せめてシャーリーが好きになった人には打ち明けて欲しいと、常々願っていたのだ。
(あの給仕がそうなるかどうかは、分からないが……。眼鏡をかけたお嬢にあんなに執着するなら、結構有望株だな。少なくともお嬢はあいつのこと気にしている)
ガイはカフェに入ってから、シャーリーに声を掛けるまでずっとシャーリーを観察していた。シャーリーが無意識に目で追っていたのは、あの給仕だった。そしてあの給仕はずっとシャーリーをかなり熱量のある視線で追っていた。
「だから、そんな眼鏡で自分を防御するようなこと、して欲しくないんだ。もしお嬢に心を預けたいヤツができたなら、逃げないで、ちゃんと自分の気持ちに向き合ってくれよ」
「ガイ……?」
(お嬢は鈍いからきっと二人の仲はどうにもなっていないだろう。帰る前に少し焚きつけておくのも面白いかもな)
「ま、いいさ。それは案外すぐかもしれないしな。頑張れよ、お嬢」
「へっ……? 急になんなのですか……」
「そうだ、そろそろ休憩も終わりだろ? 最後にちょっとお嬢の顔を見せてくれよ」
「えぇ~」
「俺のカッコよく成長した姿は見たくせに、自分は見せないなんてズルいだろ」
丁度良く、あの給仕が俺たちを見つけてこちらに向かってくるのが見えたが、少し手前で声を掛けるのを躊躇している様子だった。
「仕方ないなぁ……」
ゆっくりと眼鏡をはずすシャーリーの顔を正面から見るように、顔を近づけた。
いい角度だ。絶対向こうからは俺の思った通りにみえているはずだ。
それにしても、お嬢……、その顔————
「……やっぱり、俺のお嬢だ……」
ありがとうございました。




