そのさん
本日三話目(最終)の投稿です。
逃げるようにティールームを出て、しばらく何も考えず足早に歩きました。
アシェラの街の真ん中を突っ切る通称大通り、他領へ続く街道までたどり着くと、ぴたりと足を止めました。
「はぁー。何やっているんだろう。私……」
どうして悔しいような、自分のしたことを後悔するような、もやもやした嫌な気分になっているんでしょう。理由がわかると取り返しのつかないことになりそうなので、考えるのをやめました。
「……冒険者ギルド、行かなきゃ」
アシェラの街は、元々クリシャの領内を繋ぐ街道沿いにあった寂れた街だったそうです。それを現アルバート男爵の祖父が男爵家に養子に入ってから開発を進め、街道を中心として碁盤の目に道が走る、いまではクリシャ随一の美しく整備された街に変貌しました。
カフェとさっきのティールームがある区域と冒険者ギルドがある区域は大通り(街道)を挟んで反対側の区域にあります。多少離れていますが、どちらも中心街に近いので、辻馬車を使うほどではありません。
(気分転換に、のんびり歩いていきますか…)と独り言ちて、私は再び歩き始めました。
「ずいぶん久しぶりじゃないか、リノ」
冒険者ギルトに到着すると、受付のアルノーさんに声を掛けられました。アシェラの街の冒険者ギルドでは何回も護衛の依頼を受けているので、彼ともすでに顔馴染みです。
ちなみに、私は冒険者ギルドの登録名は、必ず『リノ』にしているのです。以前に会ったことのある転生者なら、この名前ですぐに私とわかってくれるはずなので。
「はい。実は、冒険者以外に仕事をみつけまして」
「はぁ~? ほんとにお前は変わったヤツだなぁ。冒険者のが儲かるだろうに」
「まぁ、そうなんですけど……。だから、当分依頼の方は遠慮したいと言いにきたんです」
「そうなのか? できればリノでって、護衛の依頼が何件か来ていたんだが、残念だな。最近このへんの街道がさらに荒れてな、ちょっと前まで護衛の依頼が多かったんだが……」
アルノーさんがなぜか苦笑いしてます。
「……だが?」
「ほら、アルバート領からルキア領へ繋がる『海側街道』がこの前開通しただろ? 隊商が軒並みそっちの街道の利用に変更したから、すっかり依頼も少なくなった」
「ああ、それで……」
ギルド内がなんとなく閑散としていると思ったのは、勘違いではなかったようです。
「そのうえ、ルキア領のマイラ鉱山へ直通ルートで行けるようになっただろ。だから、手の空いた冒険者がみんなマイラ鉱山へ向かっちまった」
やれやれ、とアルノーが困ったように頭を掻きました。そんな時にお断りの連絡なんて、申し訳ない感じです。
「本当に頼みたい依頼があったら連絡するから、そのときは頼むわ」
「いいですよ。ところで、マイラ鉱山って、確か“宝箱”のある鉱山でしたよね」
「ああ。『海側街道』で半日もあればいける距離になったおかげで、みんな挑戦したがってさ」
「……挑戦?」
なんですか、それ。
アルノ—さんの説明によると————
ルキア侯爵領内にある『マイラ鉱山』は、良質な宝石が出るだけではなく、魔獣の狩場としても知られた鉱山なのだが、何よりも有名なのが、その鉱山の中にある『宝箱』。
その『宝箱』は、封印を解除しようとすると『質問』が出され、それに正しい回答をすれば『宝箱』の財宝は回答者のものになる————
誰が置いたかわからないが、百年以上前から鉱山の中にあった宝箱はずっと同じ『質問』が出され、誰も『回答』することができずにいたという。それが、五年ほど前から突然『質問』が毎回変わり、最近までに二人ほど『回答』することができて宝箱の中身を手に入れた、という話である。
『質問』が変わった理由はわからないが、『宝箱』の中身が手にし易くなったのは確かなことで————マイラ鉱山は、休日になると冒険者以外(一般人)も参加できる『宝箱挑戦ツアー』なるものが開催されて、非常に賑わっているらしい。
そのツアーの護衛、もちろん魔獣討伐、なにより『宝箱』への挑戦、とおいしいことだらけのマイラ鉱山へアシェラの冒険者が先を争って行ってしまうのを止められないよなぁ、とアルノーはぼやいていた。
「『宝箱』の財宝って、そんなにすごいのでしょうか」
「聞いた話によると、現金で三千万ネイとも五千万ネイとも言われているらしいぜ」
「現金! しかも何千万単位なんですか……!」
「それは確実らしい」
「スゴイですねぇ……」
「一攫千金を夢見る冒険者にはたまらないシロモノだよ」
「ふわぁ~。確かに夢みちゃいますね。本物の宝箱、かぁ」
RPGではダンジョンに付き物の当たり前でお約束でも、この世界では一回も見かけたことありませんでしたから!
「ま、という訳で内陸街道の護衛は少なくなったんだが、逆に海側街道とマイラ―ドからの荷物を守る護衛の話が増えてきている」
「なにを運んでいるんですか?」
「なにって、マイラ―ドといえば、『宝飾品』と『法具』に決まっているだろうが」
呆れたようにアルノーさんが言います。決まっているのですか。
私が首を傾げているのをみて、また説明してくれました。暇だからかな。今日はとても親切です。
「『法具の父』と言われる魔導師カイリアムの出身地がマイラ鉱山の街マイラ―ドらしいってことで、カイリアムの法具の試作品はほとんどマイラ―ドで製作されていたらしいぜ。その影響でマイラードは法具製作がサスキア一盛んなんだ。装身具に陣を付与した法具の七割はマイラ―ド製だって言われているくらいだしな」
「そうなんですかー」
じゃあ、この眼鏡ももしかしたらマイラ―ド製かもしれませんね。
「だから、最近市場で『法具』が結構出回っているだろう」
「そう言われれば、そうだったかも……?」
装身具の法具は、だいたい身体強化魔法の補助か防御魔法が付与してあるものがほとんどなので、私にはそんなに必要のないものだから、あまり目に入っていなかったかも。いえ、全然入っていませんでした!
「まぁ、強化や防御が得意なリノにはいらないものだから、気にならなかったかな」
あ、お見通しでしたか。思わずにやっと笑い合いました。
「それにしても『海側街道』のこと、開通するまで私全然しらなかったですよ~」
こんなにアシェラの街に関わる話題なのに、全く耳にしなかったなんて、冒険者として恥ずかしいです。
「そりゃ仕方がねぇな。ルキア侯爵様とアルバート男爵様が相当秘密裏に進めていた話らしいから」
「そうなのですか?!」
「ああ、あんまり大きい声じゃ言えないけどよ、内陸街道沿いの隣領のアンシェル男爵とイレーニア男爵はアルバート男爵様のこと目の敵にしているからな。他に街道作るなんて、バレたら横やりが入るかもしれないだろ? きっとそれを心配したんじゃねぇかな」
「そうなのですね」
そう言えば、以前アルバート領の隊商の護衛をした時に捕縛した強盗が、アンシェル男爵領とイレーニア男爵領を拠点にした冒険者崩れだったことがよくありましたね……。なにか関係があるのかしら。
「クリシャの街道沿いの領地のなかで、アルバート男爵領だけが羽振りがいいから、やっかんでいるんだろうよ」
「そうなのでしょうかねぇ……」
「でもそれも、噂通りルキア侯爵家とアルバート男爵家の縁組が決まれば、収まると思うがね。筆頭侯爵のルキア侯爵家とつながりがあればこのクリシャでの立場は相当強くなるだろうし」
そうなると、安心な反面、私ごときがお守りするなんてどうすればいいか分からなくなってしまいます。アルバート男爵家、どんどん手が届かなくなっていきますね。
アルノーさんには、いろいろ情報を教えてもらったお礼を言って、ギルドを出ました。やっぱりギルドには定期的に顔をだした方が良さそうですね。情報量が違います。
そんなことを考えながら宿舎の方向へ足を向けると、「シャーリー!」と声を掛けられました。
ん? この声は……
振り向くと、リード君がこの寒い中、少し汗をかきながら小走りで近づいてきました。
「え、どうして?」
だって、あのティールームと冒険者ギルドは街道を挟んで、反対側の区域ですよ。探すにしてもこんなところにはこないと思うのです。
「また会うなんて、奇遇ですね……」
にっこりとリード君は笑いました。
「ひ……」ナンカコワイ!
奇遇なワケがないのです! 後ずさる私の二の腕をガシリと掴まれました。なんだか逃がさない態勢です。若干ホラーを感じます。
少しパニックになりかけたところで、急に冒険者ギルドの扉が開き、慌てた顔のアルノーさんが飛び出して周りをきょろきょろしています。
(なんで、アルノーさんが! お願いだから、いま私に声をかけないでぇ!)
祈るような気持ちは簡単に裏切られました。私とバチリと目が合うと、すぐに話しかけられました。
「あぁ! よかったリノ、まだ近くにいてくれて。お前の連絡先、前と変わって……ん?」
アルノーさんは、ようやく私がリード君に捕獲されている状態に気が付いたようです。
「悪ぃ、なんか取り込み中か? 連絡先が変わってないか確認とりたかっただけなんだが」
さすが、冒険者ギルドの受付さんです。この状況にまったく動じていません。
「あ、あの、変わっていません……」
「そうか、邪魔したな。リノ……、結構やるじゃねぇか。ずいぶんな色男つかまえて」
にやにやしながら、アルノーさんはじゃあなと言って冒険者ギルドへ戻っていきました。聞きたいことを聞けて気が済んだアルノーさんを尻目に、残された私は絶体絶命です!
「……リノ……?」
どきり、としました。その言い方が、大事な思い出と重なりました。
恐る恐る隣にいるリード君へ顔を向けると、その顔は思っていた表情と違っていました。ほっとしたような安堵の表情でした。
(なんで、そんな顔……?)
思い切り不審な目で見られるのも覚悟していたのに、拍子抜けというか、なんだか、くすぐったくなるような気持ちになりました。
「シャーリーが急にどこかに行ってしまうから、心配しました。何事もなくてよかった」
ふぅ、と深いため息をひとつつくと、「宿舎へ帰りましょう」とだけ言って、腕を引かれました。
ギルドのことも名前のことも、なにも聞かないでいてくれるのでしょうか。
「……ありがとう、リード君。あと、ごめんなさい」
勝手にお店から出てきたのは、ダメだったよね。どうしてあの時あんなに逃げ出したかったのでしょう……。
「悪かったと思うなら、もう二度とあんなことしないで下さい。あの時は怒りでどうにかなるかと思いました」
え……。どうにかって……。そういえば、あのお嬢様たちとはどうなったのでしょう。気になるけど、なんとなくコワくて聞けないんですが————
宿舎の部屋の前まで送ってもらい(といっても、お隣ですが)、今日のお礼とお詫びをもう一度言って、部屋に入ろうとした時です。
「ああ、そうだ。これを渡すのを忘れていました」
リード君がベルトのポーチから可愛くラッピングされた包みを出して、私に渡してくれました。
「あのティールームで評判のクッキーです。シャーリーの好きなナッツクッキーですよ。今日は邪魔されましたけど」…ここで物凄く憮然とした表情をしました…「今度のお休みにまた行きましょう」と打って変わって明るくウィンクすると、眩いほどの笑顔が私を照らしました。
「は、はぅ」
気を抜いていた時の突然の笑顔の直撃に、目が潰れて心臓が悲鳴をあげました。
「約束しましたからね。じゃあ、おやすみなさい」
ぱたりと閉まった扉を茫然と眺めたまま、しばらく固まっておりました。
どのくらいの時間そうしていたかはわかりませんが、やっとのことで復活した私は「心を落ち着けよう……。お茶でも飲もう……」とふらふらとキッチンへ向かい、今日購入した茶葉をテーブルの上に出しました。
テーブルの上には、いつも購入しているもの一袋と、自分で選んだハーブティー二袋、そしてリード君の選んでくれた一袋。
「今日、飲むって言ったものね……」
迷うことなくリード君がくれたハーブティーを手に取りました。淹れてみると、水色はきれいなピンク色。華やかな花の香りとほのかな酸味が今日のちょっとささくれ立った気持ちを宥めてくれました。
そして、私の大好物のナッツクッキー。
「……あれ? 私、いつリード君にナッツクッキー好きだって言ったっけ……?」
そんな疑問が少し頭を掠めましたが、すでにお気に入りになりそうなお茶と大好きなクッキーを前にして、そんなことはすぐに忘れてしまったのでした。
ありがとうございました。




