そのに
本日投稿の2話目です。
「ところで、シャーリーは紅茶がお好きなんですか?」
「ん? お茶はだいたいなんでも好きだけど、特に紅茶、ってわけじゃないです」
茶葉の専門店に行きたいといったから、気になったのかな。リード君は続きを促すように、首を傾げました。
「どちらかというと、ハーブティーの方が好きです。昔、私がすごく落ち込んでいた時に、ある人が淹れてくれたハーブティーがすごく美味しくて、心が落ち着いたのです。それ以来、なんとなく何種類か常備するようになりました」
この世界に召喚されて、自分の体が男性だったことにショックを受けた時に、リドさんが淹れてくれたハーブティーが忘れられないのです。なんのハーブティーだったかはわからないのだけれど、ほっとして体がほぐれていく感じがしたのはすごく憶えているのです。
リドさんが淹れてくれたお茶だったから、余計に記憶に残っているのかな。そういえば、最近リドさんのことを思い出しても昔のように辛くありません。むしろ暖かな気持ちになります……どうしてでしょう。
「……そのある人って、もしかして男のひとですか」
リドさんのことを思い出してほこほこしていると、隣からドスの効いた低い声が聞こえました。
「へっ……?」
ぎょっとしてリード君を見ると、「やっぱり男なんですね……」と眉間に皺を寄せています。いまの話で、どうして男性だと分かったのでしょうか。
「僕にも一種類ハーブティーを選ばせてください。必ずシャーリーが気に入るものを選んでみせます。絶対に負けません」
一体何に対抗心を燃やしているのでしょう。
「う、うん」
そして、お店に着くなりリード君は店員さんとがっぷり四つに向き合い、ああでもないこうでもないと相談しはじめました。私はそんなリード君は放っておいて、初めて来たお店の品揃えが充実しているのを感心しながら見て回ったり、結構な種類の茶葉を試飲させてもらいながら選んだり、かわいい茶器を愛でたりと、心置きなくゆっくりと買い物を楽しみました。
私がいつも買っているものと試飲したもの二種類を選んで会計を済ませた頃、ちょうどよくリード君が
「お買い物は終わりましたか」と声を掛けてきました。そこで、ふとリード君はわざと私をひとりにしてくれたのだと思い当たりました。あれこれゆっくりと選びたい時に、ひとを待たせていると思うと焦ってしまいますものね。
「はい。おかげでじっくり買い物ができましたよ」
私がそう言うと、リード君はちょっと目を見開いた後、照れたようにきゅっと細めて微笑みました。
そして「これが僕のおすすめです」とハーブティーを一袋私に差し出しました。リード君はもうやり切った感のある晴れやかな顔をしていて、相当自信がありそうです。そこまでしてもらったのならば、遠慮なく頂きましょう!
「ありがとう! 飲むのがすごく楽しみ」
今日寝る前に早速飲みますね、と伝えると「寝る前に今度は僕のこと思い出してもらえるかな……」と俯いて目を伏せました。
「ふぐっ」
そんな乙女みたいな可愛い台詞はやめてください……。心臓にほんと悪いわ。
「ああ、そうだ。さっき店員さんに聞いたんですが、隣のティールーム、ここで販売しているブレンドティーが飲めるらしいですよ。行ってみませんか」
「いいですね。隣のお店はおしゃれすぎて、一人じゃとても入る気がしません」
「……なんだかデート、しているみたいですよね。僕たち」
顔を近付けて、耳元でリード君に囁くようにそんなことを言われて、体が震えました。
そんなこと…、そんなこと……、思っていたけど考えないようにしていたのに!
意識すると途端に顔に熱が上がってきました。そんな私をみて、リード君がとてもご機嫌になりました。
お隣のティールームへ入ると、「リードさん!」「リードさんだわ」と黄色い声があがりました。
席に案内される間もなく、数人の女の子がすごい勢いで私たちを取り囲みました。よく見るとカフェの常連客——リード君の強火担の女の子たちです。どうやら、今日はカフェがお休みなので、こちらのティールームにたむろ…いえ、来ていたようですね。
「今日はカフェがお休みだからお会いできないと思っていたのに! 嬉しい!」
「さっきからリードさんのことをお話していたんです。噂をすれば…ですわね」
「よかったら、こちらの席で御一緒しませんか」
「普段の服装も素敵です……」
私など目に入らぬかのように(実際認識阻害で入ってないかも)リード君へ次々と話し掛けます。ぐいぐいと女の子たちが押してきて、リード君を囲む輪が縮まっていきます。反対に私はだんだんリード君を囲む輪から外れて、とうとうぺいっと追い出されてしまいました。すごい迫力です。
お店ではこのような状態になっても、リード君の秘技アルカイックスマイルで全員を黙らせて、大人しく席に着かせるところですが、今日はお店ではありません。彼女たちもお店以外でリード君と一緒にいられる、こんな千載一遇のチャンスを逃すほど間抜けではないでしょう。
もしかしたらリード君だって、私といるよりも可愛い女の子たちと一緒にお茶を飲む方が楽しいかもしれませんよね……。
じりじりと後退して、このティールームの店員さんに“先に帰ります”と言伝でもして出て行こうと思っていたところに、「シャーリー! 待って」とお嬢様たちの人垣の奥から声があがりました。
その声で、囲んでいた女の子たちは私の存在に気が付いたのか、ハッとしたように私へ顔を向けました。
「僕は彼女とお茶を飲むためにここに来たんです。ちょっとどいてください」
えっ、と思いました。彼女たちも同じことを思ったと思います。
「そんな言い方、リードさんらしくない……」
「リードさんは特定のひとを気にすることなんて」
「なんなの、あのひと……」
私とリード君を阻む、彼女たちによる人垣はさらに強固になり、私を不躾にじろじろと見て、納得したかのようにお互い目配せをしていました。
「ああ、カフェの同僚さんですよね。リードさんが優しいからって調子に乗らない方がいいと思いますよ~」
「そうですよね。同僚だからって、リードさんを無理に付き合わせるなんて恥ずかしくないのかしら」
「こういう場所にそんな恰好でくる方だから、恥も常識も御存じじゃないのよ」
「まぁ、その御器量じゃ着飾っても……ねぇ?」
まるで私が無理矢理リード君を付き合わせたとでもいう言い方です。そのうえ私の容姿や恰好を蔑むように、きれいに着飾り可愛らしい顔立ちをした彼女たちは言いつのりました。
確かにこのおしゃれなお店には多少そぐわないかもしれないけれど、容姿はともかく、そこまで馬鹿にされる格好ではありません。ですが、自分のパンツ姿を省みて、急に恥ずかしくなったような感じがしたのは……きっと、気のせいです。
さっきまでの楽しかった気分はすっかり雲散霧消、逆にしらけて冷静になれました。
リード君と一緒にいる時間に、私も知らずに浮かれていたようです。でも、それもお終いにしましょう。いまならまだそんなに傷つかない。
「リード君とはさっき偶然一緒になっただけですよ。リード君、私はこれから行くところがあるので、今日はこれで! こんなに可愛いお嬢様たちとお茶できるチャンスなんて滅多にないですよ。よかったですね! どうぞ、皆さんはゆっくりお茶を飲んでいってください! ではっ」
早口で一気に言うと、くるりと背を向けて、私は脱兎のごとくティールームを後にしました。
なので、リード君がその時どんな表情をしていたかなんて、見ていませんでした————
ありがとうございました。




