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第二章 脳筋令嬢の昔語り・異世界トリップは突然に そのいち

 私には、今現在のシャーリー=メイ・ウォルターとして生まれる以前の記憶があります。そう、いわゆる転生者なのです。


 このサスキアという異世界に転生する前は、日本の普通の女子高生でした。

 どうしてこの世界に転生することになったのかは、わかりません。ですが、きっかけはゲームとあの事故だったのだと思うのです。



 私は中学生まで空手の事しか頭にない、脳筋な女子でした。両親が空手道場を経営していたので、物心ついたころには道場で鍛錬をしていました。おかげで中学の頃には、全国選抜で五位以内には入れる程度の実力は持っていたのですよ。

 だけど、五位以内には入れても優勝に手が届くことは一度もなくて、それが悔しくていつもいつも焦っていました。そのせいか、高校に入るとすぐに過度の練習で体を壊して、しばらく入院生活を送ることになったのです。そうなるまでに、親にも友達にも『無理な練習はやめろ』と散々注意されていたのに、意固地になっていた私はまるで耳を貸しませんでした。止めたら、優勝なんてできない、弱くなる、だからもっと鍛錬しなければ、という強迫観念に近い思いがありました。もしかしたら少々心も壊れかけていたのかもしれませんね。

 そんな私だったので入院中は、ベッドの上で自分の思い通りにならない体に絶望し、真っ白になった頭は何も考えることが出来なくなっていました。味の感じられない食事を機械的に食べ、ぼんやりと病室の天井を眺める、という日々を何日過ごしたでしょうか。


 ある日、妹が一冊の雑誌を持って、私の病室を訪れました。


「莉乃姉ちゃん、これね、佳乃がいまいっちばん推している漫画が載っている雑誌なんだよ! 一緒に読もうよ!」


 小学五年生の妹が持ってきた雑誌は、少女漫画でした。たぶん、腑抜けて一日中ぼーっとしている私を楽しませる為に持ってきてくれたのでしょうが……。

 私、恥ずかしながら今までに一度も漫画を読んだことがなかったのです。読み方すら分からなくて、妹に「まじでー?」と笑われました。

ですが、生まれて初めて読んだ漫画は、私の人生観をまるっと変えてくれました。


「こ……、こんなキラキラな世界があったなんて……」


 感動のあまり、涙まで流した私をまた妹が「ま、まじで~?」と大笑いしました。

 妹の推し漫画は、学内で人気のあるイケメンに地味子なヒロインが努力して両想いになる、といういわゆる王道学園ラブストーリーで、ちょうどクライマックスである告白シーンのある回を持ってきていたのです。妹がそこに至るまでの地味子ヒロインの努力を懇切丁寧に説明してくれたので、私はヒロインに感情移入しすぎて、告白シーンで「頑張ったね……、努力が実って良かったね……!」と滂沱の涙を流して、ヒロインの頑張りを労ったのです。

 今思えば、自分がいくら努力をしても報われなかったという感情をヒロインに感情移入することで疑似的に昇華することが出来たのかもしれません。

 それからの私は、妹が持っている漫画を全て病室に持ち込ませ、のめり込むように読みました。学園ものからファンタジー、SF、(妹には内緒だけど)BL、悪役令嬢もの、転生ものも読んだなー。当時は自分が経験するとは思わなかったから、それは楽しく読ませてもらいました。

 でも、やっぱり一番好きなのはベタな王道ラブストーリーでした。いつかこんな恋がしてみたいと憧れは募るばかり。漫画も読んだことのなかった私は、もちろん初恋も未経験だったのです。

 ベタなものは、やはり昔の基本を押さえなければ! と電子書籍で一昔前に流行った、古典とも言われる漫画まで読んだりしました。どうも気に入るとのめり込んで深追いしてしまうのは私の悪い癖らしいです。

 そんなこんなで、退院間近には妹を遥かに凌駕する“少女漫画オタク”が爆誕しておりました。

 しかし、私よりも常に先を行く妹は、すでにその頃にはゲームにも興味を広げていて、私にまた教えを授けてくれたのです。


「莉乃姉ちゃん、このゲームアプリがオススメだよ! これはずっと前に流行ったタイトルの一作目の復刻なんだけど、初めてRPGをやるなら、操作が簡単でストーリーも進めやすいと思うんだ。もちろん物語も面白いよ!」


 そう言って薦められたのが『サスキアの大いなるものたち』(略称スキモノ)というRPGゲームでした。

 もちろん単純な私はまたすぐにのめり込みました。

 スキモノは、中世ヨーロッパ風味の五つの王国を舞台にしたRPGゲーム。

 五つの国は、山・森・砂漠・湖沼・雪原とそれぞれ特徴のある地形を持っていて、四つの大きな川の流れによって分断され、それを国境としている。五つの国に共通するのはどの国もその土地の特徴に合わせた大きなダンジョンが必ず一つあるということ。このダンジョンに、ラスボスの魔王が出現する。

 一作目と妹が言った通り、現在九作程出ているらしく、どの作品も大雑把に言えば、なんらかの原因で荒廃した国に顕現した魔王を、仲間たちと冒険の旅の中で成長し、国の荒廃の原因を究明し、最終的に魔王を斃して、国を正常な状態に戻す、というもの。

 妹が薦めただけあって、初心者に優しい操作と内容。難があるとすれば、主人公が少年勇者一択しかないのが不満といえば不満だった(女騎士とか女戦士の方がカッコいいですよね?)。

まぁうんと昔のゲームの復刻だから、仕方ないのかな? なんて思いつつも、少年勇者がバッサバッサと魔獣を豪快に切り伏せていくのは気持ち良くて、とても面白かった。

 退院後、早々にゲームをクリアした私は、近いうちに二作目の復刻が出ると妹から聞き、楽しみにしていました。

 そして、一年近く休学していた高校へ復学する日は、その二作目がリリースされる日と同日。私は学校から帰ったら早速妹と一緒にやり始めようと、一年ぶりに登校する不安などどこへやら、ご機嫌でその日は高校へ向かいました。

 そこで、事故は起きました。

 高校の近くにある、信号機のない横断歩道を私の少し前を歩いていた小学生が渡ろうとしていて、そこに乗用車が小学生に気付いていないのか、スピードを落とさずに進入しようとしていました。

 間に合うはずでした。一年前の私なら。

 すぐにダッシュをかけて、小学生を抱えて避けられるはずだった。だけど、一年間療養していた私の筋肉は自分が思っていたよりも衰えていて、小学生を突き飛ばすのが精いっぱいだったのです。



ありがとうございました。

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