第十一章 脳筋令嬢の休日 そのいち
窓を開けると、刺すような冷たい空気が部屋の中へ流れ込んできました。でも。
「すごくいいお天気です! お出掛け日和ですね~」
このアシェラの街にきて、二か月近くが経ちました。今日はカフェがお休みですので、ひとりで街を散策する予定です。
最初の頃は、休日となるとモニカが案内も兼ねてお出掛けに付き合ってくれていましたが、たまにはひとりでいろいろ歩いてみたい……、というかそろそろ冒険者ギルドに顔を出さないと。さすがにモニカを連れて冒険者ギルドに行けませんからね。冒険者をしていることは、まだ誰にも内緒です。
というワケで、冒険者ギルドへ行くので本日はチュニックにパンツ、ロングブーツ姿と久しぶりに冒険者スタイルです。最近スカートでいることが多かったので、開放感が半端ないです。ただ、この格好をカフェの従業員の方に見られるとマズそうな気がするので、マントをしっかり羽織っていきますか。
ちょっとあやしい感じですが、廊下に人気がないのを確認して、管理人さんにも挨拶はそこそこに素早く宿舎を後にしました。大通りに出るまで誰にも会わずにすんでホッとしました。
さて、これから少し遅い朝食を取ろうと市場の方へ向かい、以前から気になって目を付けていた食堂へ入りました。
中途半端な時間のせいか、あまりお客さんは入っていません。お店のおかみさんがどうぞ好きなところへというので、カウンターに座りました。
外観はこのあたりでよくある食堂と変わらないのに……、このメニュー!
『ヤキソバ』『チャーハン』『ギョーザ』『オムライス』『ハンバーグ』『カレー』『ハヤシライス』などなど。
なんとも懐かしい……。街中華と洋食屋が合体したかのようなカオスな感じもまた一興です。きっと転生者が始めたか、指導したお店なんでしょう。たまーに、こうやって街の中にひっそりあったりするんですよね。こういうお店が。
私はこういう店にきたら、初っ端はコレというのを決めています。あれですね、初めてのケーキ屋さんでショートケーキ買うのと似ています。基本が出来ていれば、だいたいのものはウマいのです。
「注文おねがいしまーす」
おかみさんがはいはいと言いながら億劫そうにこちらにきます。こういうお店のおかみさんは何故かふくよかですよね。
「チャーハンとエールお願いします」
「はいよ。おねえちゃん、初めてだね。冒険者かい」
おかみさんは私に話し掛けながら、厨房に注文も通しています。
「はい。最近この街に引っ越してきたのです。このお店は、ずいぶん前からあるのですか?」
「そうさね。ウチの旦那で六代目だよ」
「わぁ。すごいですね~。老舗なんですね」
「ははっ。こんな店に老舗もないさ。面白いこと言うおねえちゃんだねぇ」
「ほらよ。エールだ」
「どうもです~」
カウンター越しにエールを渡されました。サスキアでエールは清涼飲料水みたいな感じです。
「女の冒険者なんて、久しぶりにみたね。アルバート領には狩場がないのに、なんでここに引っ越したんだい」
「私はほとんど護衛しかしてないのです」
「そうなのかい。魔獣を討伐した方が儲かるだろうに」
「まぁ、そうなんですけどね……」
依頼が直接くれば引き受けますけど、基本討伐はしたくないのです。魔獣とはいえ、生き物を殺すのはやっぱり今でも嫌なんですよねぇ……。
私に何故か興味津々のおかみさんはまだ何か聞きたそうにしていましたが、店の扉が開く音がしたので、そちらに注意を向けました。ちょうどその時「はいよ、ちゃーはんだ」とまたカウンター越しに渡されました。
「どうもです~」
チャーハンを受け取ると、なんとなく店内がしん、としていることに気付きました。はて、とおかみさんの方を見ると、なんだか固まっています。どうしたのかと、おかみさんの視線の先を追うと……。この店におよそそぐわない人物が店内を興味深そうに見ながら入ってきました。あまりにもきらきらした整いすぎた美貌と超庶民的なこの大衆食堂とのコントラストが、あまりにも非日常的。その人物の周りだけ、異次元空間です。
「リード君! なんでここに?」
「シャーリー! 偶然ですね」
「……偶然?」
私の顔を見てくしゃりと破顔すると、リード君はカウンターの私の隣の席に断りもせずにすとんと座りました。おかみさんはと言えば、ずっとリード君を凝視しています。
「それ、おいしそうですね。なんていう料理ですか?」
「あ、『チャーハン』……」
「おかみさん、僕にも彼女と同じものください」
「は、はい……」
なんでしょう。店内中の視線がここに集まっているような気がします。さっきはぐいぐいきていたおかみさんでさえ、ちょっと遠巻きにして見ています。なのにリード君は気にもせず、すぐに出てきたエールをごくごくと飲んでいます。この店の中に漂っている異様な雰囲気にお気づきでないのでしょうか。
「リード君、どうしてここに?」
「だから、偶然ですよ。お腹空いたなぁと思った時にこのお店の前を通りかかったので、たまたま入ってみただけですよ」
いけしゃあしゃあとのたまいました。どちらかというと裏通りにあるこのお店に、たまたま通りかかったですと? 思わず鼻の上にぎゅっとシワが寄りました。
「そこにシャーリーがいるなんて、僕はすごく運がいいな」
しかめっ面の私に御機嫌で流し目を送りながらそんなことをほざきます。だ・か・ら! その色気どうにかして下さい。また私の心臓が無駄に過剰な運動をしてしまいます。流れ弾を受けたおかみさんが乙女のように頬を染めているじゃありませんか……。
「はいよ、にーちゃん。ちゃーはんだ」
「どうも」
「リード君は今日買い物? どこか行く途中だったの?」
もう、深く追及するのはやめておきましょう。
「はい。日用品を買いにぶらぶらと……。わ。シャーリー、このちゃーはんって美味しいですね」
もぐもぐしながら目を見張っているリード君に、私も食べながらこくりと頷きました。このお店は、当たりでした! 六代目御主人、きっと味を守って繋いできたのですね。素晴らしいです!
「私もこのお店初めて入ったんだけど……。全メニュー制覇したくなりました」
「確かに。次に食べるとしたら、シャーリーはどれ?」
「うーん。カレーもハンバーグも捨てがたいけれど、やっぱり次はオムライスかなぁ……」
「それって、どんな料理なんだろう……」
不思議そうにリード君はこてんと首を捻っています。いつもは大人っぽいリード君がそんな子供っぽい仕草をすると、ギャップが……。めちゃくちゃ可愛いです。
「あ~。えと、チキンライスを薄焼きの卵でくるんだ料理ですよ」
「お、ねえちゃん、ウチの店初めてなのに良く知ってるな」
ご主人がカウンターから顔を出して、聞いてきました。
「はい。他の街のお店で食べたことがあります」
「そうなのかい。どこの街で?」
「シャルハーリのアードって街ですよ」
といっても前世の話なんですが。あのお店まだあるかなぁ。あそこも美味しかったな~。
「お、この店の初代店主はそこの出身だぜ」
「ほんとですか?!」
もしかしたらお弟子さんとか暖簾分けとかかな? わお、すごい偶然ですねぇ。
「ああ。初代店主の親方の店かもな。俺も行ってみたいぜ」
「わぁ、じゃあ私、師弟両方の味、味わったのかもしれないですね」
「そうだな」
ガハハと御主人が嬉しそうに笑っていました。
「…………シャーリーは、シャルハーリにまで行ったことがあるんですね」
はっ。リード君が聞いていることをうっかり忘れていましたよ!
感心したように私をみるリード君に、にやっと笑って煙に巻きました。
急いで食べ終えて、さっさと先にお店を出てしまいましょう! パクパクとすごい勢いでチャーハンを口に詰め込み、「おかみさん、お会計」と声を掛けると、リード君まで「僕もお願いします」と頼んでいました。そんな馬鹿な、とリード君のお皿をみるときれいに無くなっています。どうやら私が御主人とおしゃべりしている間に追いつかれていたようです。
そうなると必然、二人でお店を出ることになり、リード君に「シャーリーは次どこにいく予定だったんですか?」と聞かれれば咄嗟に嘘も言えなくて、結局次に行く予定だった茶葉の販売店へ一緒に行くことになりました。
「ねぇ、リード君もせっかくの休日なんだから、私に付き合ったりなんてしないで、自分の行きたいところへ行ってもいいんだよ?」
「はい。シャーリーの行きたいところが、目下僕の行きたいところです」
「……っ、だから、もう……」
そんな風に嬉しそうな笑顔で言われたら、もう何も言えないじゃないですか。
リード君と一緒にいるのは気が置けなくて楽しくて、きっとこれからくるであろうお別れが辛くなりそうです。なるべく適度な距離を取っておかないと、と頭では分かっているのに、こうして一緒に居たいと思ってしまう自分の気持ちをなんとなく持て余し気味です……。
ありがとうございました。




