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17/44

そのに


「この方をそんな席に座らせるというのか? 貴様は!」


「申し訳ございません……」


「早く特別室とやらに案内をしろ!」


「先程、申し上げましたようにただいまその部屋は御滞在の方が……」


「やかましい! そのような者どもは追い出せばよいだろう! この方をお待たせするな!」


「申し……ござ……ごほっ」



 バックヤードから店内へ通じる扉を開けると目に入ったのは、カフェの入口から少し入ったところで、身なりの良い男性が店長の襟元を掴み上げて怒鳴っているところでした。


「え? なに……?」


 モニカはドアノブを掴んだまま硬直してしまいました。私はモニカを守るようにずいと前に出て、店内を見渡しました。

 店内にいたお客様と店員たちは店の奥の方へ逃げて、入り口付近の騒ぎを伺っています。

 入口すぐのところで、およそ平民とは思えない華美なジャケットを羽織った二十代後半位の年齢の男性が騒ぎなど気にもしないでつまらなそうに明後日の方向をみています。

 店長はシャツの首を締めあげられ、苦しそうに喘いでいました。店長を掴んでいる男性は細身で力がなさそうなのに、店長を持ち上げるような勢いです。


(身体強化魔法を使っているの? もしかしたら魔導師かも。とすると、高位貴族とその従者?)


 これは、かなりマズイ状況かも、私が出ても大丈夫か? と迷いましたが、店長の顔色が悪くなっているのを見て、助けに出ようと魔力を体に巡らせ身体強化をして、一歩進んだところで——


「乱暴はおやめください!」


 凛とした声がフロアに響き渡り、私は足を止めました。一瞬の間に男性と店長の間に護衛騎士が入って、店長の拘束は解かれました。


「従業員が大変失礼を致しました。わたくし、この店のオーナーであるアルバート男爵の娘でございます。父に代わりまして、この場は平に謝罪させていただきます。御容赦くださりませ」


 そう言って、騒ぎを止めた人物——アルバート男爵の娘と名乗った令嬢が深く頭を下げました。


「アルバート男爵の娘……?」


 それまで興味なさそうにしていた華美なジャケットの人物が御令嬢を凝視しました。ねっとりとした嫌な目付きです。きも。


「は、はい。長女のヴィクトリアと申します。あの、特別室の方はすぐに御用意いたします。宜しければ御案内させていただきます」


「ふーん。お前が……」


 御令嬢の提案には何も答えず、不躾にもその華美なジャケットの人物は頭を下げている御令嬢の顔を見ようとしたのか、顎をとろうと手を伸ばしました。

(あの、セクハラ貴族!)といきり立ちましたが、手が触れる直前で素早く御令嬢の横に移動してきた少年がその手を弾きました。


(よくやった! 少年!)


 従者の「無礼な!」という声と手を弾かれたセクハラ貴族の「貴様は?」と言う声が重なりました。


「ルキア侯爵が長男のレイヴィスと申します。どうぞお見知りおき下さい、閣下」


 従者の威圧するような態度にもまったく動じないで少年はさっと礼を取りました。なんてスマートで素敵な少年でしょう……。そして、ちょっと鍛えているわ、あの体。


「ルキア侯爵の……」


 そう言うとセクハラ貴族は、御令嬢と少年をじっと蛇の様な目付きでねめつけていました。なんなのこの男、ほんとにヤな感じね。


「私は、コレット子爵後見人のウィラージュ・ウォルベルトだ」


 急に自己紹介をしたかと思うと、気持ちが悪いほど態度が柔らかくなりました。なんなんでしょう。後見人って、結局爵位持ってないんじゃないの? 偉そうにしているけど……。ん? ちょっと待って、ウォルベルトって、このひと公爵家の人間ってこと?


「私が気まぐれにこの店を見てみたいなどと言って迷惑をかけてしまったようだね。かえって申し訳ないことをしたようだ。ずいぶん繁盛している店だったから、興味がわいてね……」


「そ、それは光栄に存じます……」


 態度を軟化させたセクハラ貴族に、御令嬢は狼狽えています。そうだよね。急に気持ち悪いよね。だからなのか、御令嬢は隣にいた少年の方へ身を寄せるように近づきました。その様子を見て、セクハラ貴族は片眉を不機嫌そうに上げました。


「ルキア侯爵令息とアルバート男爵令嬢が婚約しているという噂は本当か?」


 え? そうなの? このお二人が? お似合いです! 私応援しますよ!

 少年は、なぜか曖昧な微笑みを浮かべて「ルキア侯爵家はアルバート男爵家と縁を結ぶことを決めております」と答えました。

 うん? 貴族的な言い回しって、よく分からないなぁ。結局婚約しているの、してないの?


「…………」


 そう思ったのはどうやら私だけではないらしく、三人ともしばらく沈黙して顔をつきあわせていました。その間に御令嬢のメイドが近づいてきて耳元に何事かをささやきました。

 御令嬢は一歩前に出て、「今、父から連絡がありまして、この度のお詫びをしたいので、ウィラージュ卿の御都合が宜しければ是非拙宅へお越し頂けないでしょうか、と申しております」とセクハラ貴族に提案すると、「……アルバート男爵家に……。いいだろう。私も会って話したいことがあったので、丁度よい」と話はとんとん拍子に進んで、セクハラ貴族はさっさと店を出て行ってしまいました。

 それを慌てて追いかけた従者が、店を出る直前に足を止めて、どういう訳か私の顔をじろじろ見ていたのが気になりました。……知らない人、だったよね?


 この後の御令嬢の対応がまた素晴らしいものでした。

 彼らが出て行ったのを確認すると、くるりと怯えていたお客様の方へ向き直りました。


「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。お詫びに、ここにいらっしゃるお客様のお代は本日いただきません。これに懲りずに是非また御来店ください」


 そういって御令嬢は頭を垂れました。貴族の御令嬢が平民に頭を下げましたよ……。

 そしてその後も神対応は続きました。店長を労わった後、店は早仕舞いにして、残っているお客様に手土産をお渡しするように、とそこまで指示をして、セクハラ貴族の後を追って屋敷へ帰っていきました。


(あの方が、アルバート男爵家の、『血筋』の御令嬢……。私が守るべき『血筋』の方……!)


 まだあんなに幼いのに、大人顔負けの対応、高位貴族にも媚びない諂わない凛とした態度、平民にも心を配る優しさ、そしてなにより、少女ながらも将来が楽しみなあの美貌!

 最の高です! 私が守るべき方は天使でしょうか、女神でしょうか。いや聖女の血筋ですから、聖女でした!

 この日、私は自分のこれからを変える運命のような人との出会いを御令嬢以外にもしていたのですが、この時の私は御令嬢のことで頭が感動と興奮でパンパンになっていて、全く気が付いていなかったのです。




 店は早仕舞となったので、宿舎にはモニカが案内してくれることになりました。モニカもその宿舎を借りているとのこと。


「必要なものは揃っているから、寝に帰るだけなら十分よ」


 なにげに仕事人間的な発言ですね、モニカ。私の荷物はアイテムボックスにいくらでも入れられるのでどんな部屋でも問題ないのですが、鍛錬できる広さは欲しいのです。思ったよりも狭かったら、今後お部屋を探すのも考慮にいれなくては。

 宿舎となっている建物は、カフェから徒歩で五分程歩いたところにありました。四階建てのしっかりとしたレンガ造りの大きな建物です。ずいぶん部屋数がありそうですね?


「ここは、カフェの従業員以外にもアルバート工房やルッツ商会の従業員が入居しているの。知らない人とすれ違ってもびっくりしないでね」


「わかりました」


 なるほど~。アルバート男爵家の事業は福利厚生がしっかりしているようですね。


「この建物の隣に雑貨屋があって、生活用品のだいたいのものはそこで揃えられると思うわ。その隣には食堂があるから、明日の夕食にでも一緒に行きましょう。結構美味しいわよ」


「はい、是非!」


 さすがフロア・リーダーです。痒い所に手が届く対応なのです。今日は店が早仕舞となったので、ディナー用の食材を従業員に配ってくれたのです。夕食はそれで済ますことにしました。まだ務めていない私にまで支給してくれるなんて、あのお店、やっぱり楽園のようです。


「私の部屋は四階なの。何か困ったことがあったら、すぐに来て」


「ありがとうございます!」


 私の部屋は一階なので、建物の階段のところでお別れしました。モニカが階段を昇っていくのを見送り、私の部屋だと聞いた一階一番奥の部屋に向かおうとした時です。ふいに人の気配を感じました。

 この宿舎の入り口は建物の左側にあります。そこを入ってすぐの小部屋は扉がなく、物置として使っているようで掃除用具などが置いてありました。その隣は管理人さんが常駐している部屋で小窓がついていて、この建物に入る時に管理人さんが出入りの確認(勤め先から渡されている許可証を見せて、入退室のチェックを入れる)をすることになっています。私もさっきモニカと入居の挨拶と一緒に確認をとりました。

 私がいるのは、管理人室の先にある階段の前ですが、入り口すぐの物置の小部屋から気配を感じました。宿舎に入ってくる時には、感じなかったのですが……。なんとなく気味が悪くて、じっとそちらを見つめていました。すると、物置から背の高い、おそらく男性が出てきました。入り口付近は薄暗くて、どんな人物かよく分かりません。


(え? さっき確かに、誰もいなかったよね……?)


 その人物は、管理人室の小窓に向かうと出入りの確認をとっていました。この宿舎の住人に間違いはないようですが、入り口からじゃなく物置からなぜ出てくるの……?

 視線を感じたのか、その人物は私の方を振り返りました。


「……っ!」


 管理人室の小窓から漏れる光を受けたその顔は、驚くほど整っていました。端正で品のある美貌。切れ長の目はきりりとつりあがっているのに、なぜか色気を感じさせます。ずっとみていたら、魅入られそうです。

 くるりと向きを変えて、自分の部屋の方へ足早に移動しました。どうしてか心臓がばくばくします。

 急いで歩いたはずなのに、すぐ後ろで気配を感じます。どどどどうして、後ろに?! まさか後を付けられているの?

 慌てて辿り着いた一番奥の部屋のドアノブに手を掛けると、隣の部屋のドアノブに手を掛けたさっきの人物が私の方を向いて立ち、声を掛けてきました。


「お隣さんでしたか。昨日入居したばかりなんです。これから宜しくお願いします」


 にっこりと妖艶に笑ったその男性は、色気は尋常じゃないけれど、悪い人にはみえません。私ったら、変に誤解してすごく失礼な態度をとっていましたね。反省です。


「あ、私は今日入居したのです。よろしくおねがいします!」


 お互いにこにこぺこぺこして、部屋の中に入りました。


「なんだ~。すごく感じのいいひとじゃないですか~。きっと妙な気配は気のせいだったのね」


 ほっと一息つきました。


(そういえば、コレって……。引っ越した先のお隣がイケメンなんて、少女漫画のベタな出会いみたいじゃないですか~。笑える~)


 そんな考えがふっとかすめて、昔読んだ漫画を思い出してにやにやしてしまいました。

 まぁ、少女漫画のような展開になるはずもないので、そんな妄想はすぐにやめて、部屋の中の確認をはじめました。

 ベッドと衣装ダンスと小さな書き物机、一人掛けのソファ。小さなキッチンとトイレとお風呂もちゃんとついています。


「うん。確かに寝に帰るだけなら十分だけど……。鍛錬はできないな~」


 それでも、やっと『使命』に向けての第一歩を踏み出せたなぁと、私は久しぶりの達成感に満足していました。

 お隣さんの妙な気配など、すでにもうすっかり忘れて……。



「……気配に気付いていたようですね。やっぱり侮れません。肝心なことには気付かないくせにね……」


 くすりと笑いながらこんなことを呟いていた人がいたなんて、私はしらない————



ありがとうございました。

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