そのよん
その日は、魔導練習場で一年生から三年生までの魔導の合同授業をしていました。
幼年学校で習う魔導はせいぜい初級の簡単なものですし、この貴族ばかりが通っている学校では、家庭教師にすでに教わっている子もいます。先生方も合同で授業をした方が楽なのでしょう。ざっと見ても魔力の集中の仕方だの、詠唱魔法の唱え方だのと言った、ゆるーい感じの授業風景でした。
そんな中、異質で不穏な空気を漂わせていたのは、いらいらとした様子のエリシーズ嬢とそのお取り巻き令嬢、今日はその他に上級生らしき男子生徒が三人側についていました。
そして、エリシーズ嬢の視線の先には、やはりジャン・リック君がいます。
(なんか、嫌な予感がするのですよね。今にも矢が放たれそうに引き絞られた弓を向けられているような、そんなぴりぴりとした緊張感があるのです)
周囲がのんびりと楽し気に授業を受けているだけに、その落差の気持ち悪さが半端ないです。それとなく、エリシーズ嬢とジャン・リック君を視界にいれながら、授業を受けていたのですが、もうすぐ授業の終わりという頃、私の近くで初級の炎魔法を詠唱していた令嬢が、誤って近くにいた女生徒のドレスを焦がすという騒ぎがおきました。
(全く、なんでこんな授業の時にみんなドレス着ているのかな? 体操着とかこの世界にはないものかしら……)
すぐに炎は叩いて消したのですが、ドレスを焦がされた令嬢がわんわん泣いて、炎魔法を暴発させた令嬢も「ごめんなさい、ごめんなさい」とぐずぐず泣き始め、生徒たちも何事かと集まってきて、先生方が慌てて駆け付けてくるという大騒ぎ。私も御令嬢二人を宥めるのに少し目を離していました。その時です。
「早くしなさい!」
エリシーズ嬢の金切り声が聞こえました。
「なに?」
急いでまわりを見渡すと、さっきエリシーズ嬢と一緒にいた上級生三人がジャン・リック君から少し離れた位置で囲むように立っていました。ジャン・リック君の服は所々焦げ付いています。
(まさか、炎魔法を食らったの?!)
この世界では、魔法を発動させる為には『詠唱魔法』と『魔法陣』の二種類があるのです。『詠唱魔法』とは、発動させたい魔法の呪文を唱え、『魔法陣』とは、発動させたい魔法が描かれた紙や布に自分の魔力を流すことによって魔法が発動されます。
彼の足元をみると、魔法陣を描いた紙らしきものが三枚落ちていました。ほとんどダメージを受けていないところをみると、ジャン・リック君は防御魔法を咄嗟に使ったとみえます。
(ジャン・リック君、結構やるね!)
しかし、三人の上級生は防がれたとみて、炎魔法らしき詠唱を始めていました。
(ちょっと、三人同時に発動させる気なのですか? マジですか?!)
それが分かっていても、ジャン・リック君は動く気配がありません。どうやら拘束魔法も発動されて、そちらは防げなかったようです。それを目の端で確認しながら、私は自分に身体強化魔法を掛けました。
思い切り地面を蹴って、すぐさまジャン・リック君の方へ駆け出します。周りの人には一瞬で消えた様に見えたかもしれません。
走っている途中で、エリシーズ嬢の後ろに、護衛騎士が駆けつけてくるのが確認できました。おそらくランダール侯爵の私兵でしょう。
「あの平民を連れて行くのよ! 早くしてちょうだい!」
ジャン・リック君を指さして、エリシーズ嬢が護衛騎士に指示を出しています。
(そういえば、魔法を暴発させていたのはエリシーズ嬢のお取り巻きだった! わざと騒ぎを起こしたのね!)
そうこうしているうちに、上級生たちの詠唱が終わりそうでした。
(ち。仕方がないっ)
私はさらに足に強化を掛けて、地面を抉るほど蹴り、高くジャンプをしました。
上級生たちの炎魔法が発動するのと、私がジャン・リック君の前に躍り出るのとは、ほぼ同時でした。
(よし、初級の炎魔法! 楽勝ですっ)
発動した魔法をすぐに見極めると、私は空中で体を捻り回転をつけ、左足で一発、右足で二発の足蹴りで魔法を弾き飛ばしました。
ありがとうございました。




