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そのさん

 

 それからはなんとなく、お互い約束した訳でもないのに、昼休みに林の中で昼食をとるようになっていました。ジャン・リック君はいつもフランスパンみたいな硬そうなパンを二個くらいそのままもしょもしょ食べています。飽きないのかと聞いてみたら、何か訓練とかよく分からないことをいっていました。気の毒なので、時々、私が持ってきているサンドイッチを分けてあげるのですが、最初のクッキーの時とは打って変わって、喜んで貰ってくれます。すごくなつかれた感じがして嬉しさが込み上げます。

 私がサンドイッチやお菓子を次々だすのをみて、ジャン・リック君が「どこから出しているの?」と不思議そうな顔をしていますが、アイテムボックスなんて正直に言えませんから、「ドレスの隠しに入っているんですよ~」と誤魔化しています。いや、そこも場所としてはどうかと思いますけどね。

 ここでは二人でいろいろな話をしました。ジャン・リック君はとても聞き上手です。ちょっとした会話の中で、私がクラスメイトの誰をどう見ているのか、誰と誰の仲がいいのか、誰がこんな態度をとっていた、話をしていた……等、認識阻害で目立たない私だからこその視点で見たもの聞いたものをうまく聞き出していくのです。あれ? この眼鏡の事、知らないよね?

 でもひとつだけ、ジャン・リック君が話題にしたがらないことがあります。ランダール侯爵令嬢エリシーズ様です。彼女のことになると、途端に苦虫を嚙み潰したような顔になります。


「あのひとは、僕の顔しか見ていません。はっきりいって不愉快です。僕はこの顔が大嫌いなんです」


 この、こんなに整った美しい顔が大嫌いですって?!

 非難するように睨んだら、拗ねた顔で言い訳をはじめました。曰く、家族・親戚を含めて、こんな顔に生まれたのはジャン・リック君ひとりだけ。親族みな、地味顔なんだそう。そしてそれは家業には有利に働くので、ジャン・リック君はこの美しい顔のせいで、一族の落ちこぼれとなっているそうな……。えぇ~。もう一度、いいます。えぇぇ~。


「いつもこの顔のせいで注目を浴びてしまって、何をしてもうまくいきません。今だって、ただ学校に通っているだけなのに、こんな風に逃げ回る事態になってしまうし。次の仕事はいままでの仕事とは全然違うことをさせられそうなんです」


 んんん~。何の仕事なのかすごく気になりますが、それは前からどうしても教えてくれないので、今は置いておきましょう。それよりも、ジャン・リック君の落ち込みがひどいです。体育座りの膝の中に頭が沈み込みそうです。その様子は、日本の私の弟が空手の試合に負けた時とよく似ています。いや、ジャン・リック君にとってはそんなレベルの悩みではないんでしょうけどね。それでも私の中で弟とジャン・リック君が重なって見えて、つい気安く弟に対する姉のような気持になってしまいました。

 私は手を延ばして、慰めの気持ちでジャン・リック君の頭を撫でてあげました。一瞬ぴくりとした後、自らの腕で囲っていた顔を少しずらして私を見たジャン・リック君の目は優しく緩んで、少し頬が朱に染まっていました。もしかして、喜んでいる? それは子猫がご機嫌でごろごろ喉をならしているようで、萌え…、いえ、とても可愛いです!


「ジャン・リック君は、もしかして自分は仕事ができないから他の仕事をさせられると思ったのかもしれないけど、私はそうは思わないな。それって、いままでご家族の誰も出来なかった仕事をジャン・リック君なら出来る、と思われたんじゃないの? むしろ、家業の幅を広げたんじゃないのかな」


「そう、でしょうか」


 頭を上げて、じっと私を見るジャン・リック君の目は半信半疑ですが、絶対そうに決まっています。だって、彼は頭もよいし、マナーも完璧。そして多分強い!(ココ大事!)

 まだ九歳(だったんですよ!)なのに、エリシーズ様以外には気配りもできるうえに、この美貌ですよ! 落ちこぼれのはずないじゃないですか。彼の思い込みなのか、その家業が特殊過ぎるのか、私にはちょっとわかりませんけれど……


「そうに決まっています!!」


 断言しますよ。なんなら、私の保証書付けます。いらないだろうけど。

 ジャン・リック君は私が鼻息も荒くそう言うのを聞いて、目元と口元をきゅっと細めて微笑みました。わぁ、かわいい~。はじめてここで出会った時の素っ気無い態度と比べると、とても仲良くなれたなぁと実感します。


「シャーリー嬢がそう言ってくれるなら、そうかも知れませんね。頑張ります」


「うんうん。そうだ、アドバイスがあるんだけど、聞いてくれる?」


「シャーリー嬢の言う事なら、なんでも」


「またまたぁ、ジャン・リック君はホントに調子がいいですねぇ」


 良かったです。彼は落ち込みから復活したようです。これなら前から思っていたことを言っても、怒らずに聞いてくれそう。


「あのね、ジャン・リック君の教室での態度なんだけど、こう、なんて言うのかな、全体的に塩対応じゃないですか」


「塩……?」


「それって、やっぱり王子様であるとか、公爵令息であるとか、すごく身分が上の人がすると誰も何も言えないし、またそれもヨシ!みたいな偏った好みのひとも一定数いるから、それも有効な場合もあるのだけれど……、残念ながらいまのジャン・リック君ではダメなのよ」


「ダメ……?」


「そう。エリシーズ様のこともあるから、愛想よくするのは無理なのは分かるのだけど。現時点でのジャン・リック君は、みんなより三歳も年下で、平民で、体も小さな子供なワケでしょ? そういう子が素っ気無く冷たい態度をとると、不遜で生意気にしか見えないのですよ。いえ、またそれもヨシ!というひとも一定数いるから、一概にはいえないかもしれないけれど。とにかく、この学校の生徒はほとんど貴族だから、生意気に逆らうものは格下であれば力ずくでなんとか出来ると思っている人たちばかりなので、逆効果なのです」


「逆効果……?」


「その素晴らしく美しいお顔を生かして、エリシーズ様の顔をじっとみつめて、フッと微笑んでみれば、むしろ言葉を無くして黙っちゃうかもしれませんよ?」


「……イヤです……」


 わぁ。本当に嫌いなんですねぇ。では、もうひとつの方を提案してみましょう。


「でなければ、年下という立場を利用して、きゅるーんって愛くるしい子犬系男子って感じに振舞ってみては? みんな喜んで可愛がってくれること、請け合いです」


「きゅる……?」


 あれ? どうも通じていないようですね。どういえばジャン・リック君に理解してもらえるでしょうか。


「えっと、要するに、その美貌なら、笑っているほうが人は可愛がってくれるっていうか、話を聞いてくれるっていうか……」


 私の数ある漫画(もうそう)の知識では、ショタはやっぱり可愛く攻めたほうがいいはずなんだけど……。どう言えばいいのか。うーん。


「なるほど。僕のこの顔で人を篭絡するほうが有効、ということですね。いままで目立たないことばかりに気を取られていて、気付きませんでした……」


 私が悩んでいるうちに、ジャン・リック君は顎に手を当てて、そんなことを呟いていました。あれ? あれれ? ちょっと私の思っていた方向となんとなく違う様な……。


「ジャン・リック君……、ろーらくって一体……」


「それに、外見や体格、年齢、身分によっても対応が異なるのですね……」


「ねぇ、なんか犯罪くさいこと考えている? ……大丈夫?」


 なんだか不安になってきました。私は彼に別の道を指し示してしまったような……。


「はい。シャーリー嬢、ありがとうございます。あなたのおかげで違う扉が開かれたような心持ちです。あなたのアドバイスはこの胸に刻みました。ぜひ参考にさせていただきます」


 にっこりと、まるでアドバイスの実践をするかのように、後光がさしたようにきらきらと輝くような笑顔をジャン・リック君はしたのでした。

 腑に落ちない気持ちはしましたが、ジャン・リック君がこれから楽しい学生生活を送れるようになるなら、まぁいいか、と呑気に思っていたこの数日後、事態は急展開したのです。



ありがとうございました。

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