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第七章 脳筋令嬢のひそやかな思い出 そのいち

 

 この皇国の貴族は十八歳が成人年齢なのでそれに合わせて、十二歳で幼年学校に入学し三年就学、十五歳で貴族のみが通う学院に進学し、三年就学して十八歳で卒業。これが貴族の平均的な進学ルートです。

 平民は、働きながらの就学になるので、入学が許されている七歳から十歳の間に幼年学校に入学して、十五歳までに卒業する、というのが普通です。

 私が今世で通ったのは、貴族の屋敷が集中している区画にあった、主に貴族子女が通っている幼年学校でした。そこは、十五歳から通う学院の為のプレスクールといった雰囲気で、平民の子供はまず入学してきません。いるとしたら、相当成績優秀な子か、裕福な商人の子供、もしくは高位貴族の屋敷に務めている従僕見習いの子、ぐらいでしょうか。

 金茶色の瞳と髪を持つ男の子とは、その幼年学校で出会ったのです。



 私は平均的な貴族らしく、十二歳で幼年学校に入学しました。

 例の眼鏡を着用してその他大勢の中にしずみ、安定のモブ生活を平穏に送る予定だったのです。が、たびたびそれを揺るがす事態がおこったのです。

 その事態とは、いつも一人の男子生徒を中心に起こっていました。

 その生徒は体が小さくて、どうみても同い年ではなさそうです。二つか三つは年下に見えます。貴族がそんな年齢で幼年学校に入学させることはまずありませんので、皆その男子生徒は平民だと暗黙の了解で思っていました。身なりは上質できちんとしたものを身に着けていますが、けして華美ではないところも、どこかの高位貴族の従僕のように思われます。

 ただ平民というだけなら「たまにいるよね」とすぐに無関心になっていたと思うのです。しかしその生徒は、幸か不幸か無視できない程の美貌の持主だったのです!




 事の発端は入学してすぐ、初日のまだ自己紹介もし合ってもいない、朝の教室の中でおこりました。


「おまえ、わたくしの従僕にしてあげるわ」


 クラスメイトに対して思わず耳を疑う発言に、私は心の中で「ひぃ」と叫びました。

 いかにも高位貴族という御令嬢が、平民らしき生徒に対して、それはもう高飛車に言い放っておりました。対するその平民(?)生徒は、声にこそ出していませんが『あぁ?』(たぶん“あ”には濁点がついたドスが効いている感じ)という顔をして、目を半眼にして御令嬢を見上げました。

 御令嬢は、「ははぁ。ありがたきお言葉~。嬉しゅうございます~」とでも言われるのを期待し、それを疑いもしていないのでしょう。それはもういい笑顔で平民(?)生徒を見下ろしています。

 教室の一番端の席に座っていたその生徒の席を、御令嬢とそのお取り巻き令嬢五人ほどが囲い込み、その場から逃げられるような状態ではありません。そして誰も助けにもいけません。

 しかしそんな他の生徒の心配をよそに、平民(?)生徒は馬鹿にしたように平然と「結構です」と言って御令嬢からふいっと視線をはずし、頬杖をついて窓の方へ顔を向けてしまいました。たぶん教室にいた生徒全員が心の中でまた「ひぃ」と叫んでいたでしょう。


「この、わたくしがわざわざ声をかけてやったのに、」


「みなさん、おはようございます」


 激高しはじめた御令嬢に水を差すように、ちょうどよくクラス担任の先生が教室に入ってきて、御令嬢方は不本意そうな顔をしつつも自分の席に戻り、この場はなんとなく収まったかのようにみえたのです。

 しかし、これははじめに言った通り、事の発端だったのです。




 先生から校内施設や授業内容の説明があった後、自己紹介の時間がありました。

 幼年学校は平民も貴族も通う学校なので、家名を名乗っても、爵位をいう必要はありません。タテマエ、生徒は皆平等ですから。ですがあの高飛車令嬢は高らかに「シャルハリール公爵領筆頭侯爵家、ランダール侯爵の長女、エリシーズですわ」と仰っておりました。やっぱり高位貴族の侯爵令嬢でした。笑。

 そして、彼はというと、「ジャン・リックです」と無造作に言い捨てて終了。

 簡潔。そして、めちゃくちゃ偽名くさいんですけど。

 クラスの皆さんは「やっぱり平民か」なんてひそひそ噂していますが、前世で冒険者として貴族の護衛もしてきた私の経験と勘がそれは違うとハッキリ告げています。高位ではなさそうだけれど、彼は絶対に貴族です。私にはわざと平民ぽい態度を演じているように見えます。ちょっとした立ち居振る舞いが優雅ですし、あの体つきはきっと何かで鍛えています。

 なんで平民になりすましているのかは分かりませんが、きっと訳アリです。近づかない方が無難でしょう。

 そうそう、私の自己紹介は見事にスルーされましたよ。この眼鏡の性能が素晴らしすぎてコワいぐらいです。誰からも関心を持たれていません。このまま何事もなく学生生活が送れればいいのだけれど……。



 ————なんていう、私の儚い希望はすぐに消え去りました。

 ここは異世界の荒れた教室です。先生方も放置状態でヤバいです。なぜかジャン・リック君を手に入れることと、このサスキアで起きている権力争いが混同されています。なぜに?

 いま皇宮の中では、元々の五大王国王家の末である五大公爵が争っているそう。その中でも一番権力があると言われているのが、皇帝の出身領であり、皇帝の異母兄が領主のシャルハリール公爵家。そうです。高飛車エリシーズ様の出身領の公爵様です。ゆえに、このクラスの中でエリシーズ様は女王のように振舞われております。

 それに対抗するような勢力もあります。エリシーズ様の態度がこのサスキアにおける幼年学校の指針『生徒は皆平等』に反するので改めるように、と宣っておられる方たち。それは、皇宮の争いから一歩引いているメルラウール公爵領の貴族たちです。まぁでも、そんな意見などエリシーズ様は鼻にも引掛けておりません。鼻息で吹き飛ばしています。


「——ということも、わたくしのお父様であるランダール侯爵であれば簡単なことですわ。わかりましたか? ちからのある家の下につくことは、恥ずかしいことではなくってよ? ジャン」


「そうですわ。エリシーズ様に見込まれるなんて光栄と思いなさい」


「そんな態度、エリシーズ様に不遜ですわ」


 今日もエリシーズ様とお取り巻き令嬢たちはジャン・リック君に、御自分の家門のパワーアピールで果敢にアタックしています。ジャン・リック君は、もう、死んだ魚の目をしています。お気の毒に……。

 どうせアピールするなら、もっと自分の長所とか、得意なこととか、なんかあるでしょうに。なんだか貴族の女の子ってズレてますね。許可のない呼び捨てもどうかと思いますし。ただ普通に好きだから仲良くしてっていえばいいのにね。あんなに美人さんなんですから、恥ずかしそうに告白でもされたら、それだけで私なら意識しちゃいそうですけどね。


「エリシーズ嬢、彼にだって家の事情や問題もあるだろう。親の権力でなんとかしようとするのは、いかがなものだろうか。この学校にいるものは平等なのだから、皆が君の言いなりになるわけではない。いいかげん、リック君に構うのはやめたらどうなんだ」


 おお。やっとまともな意見が出てきましたよ。彼は、確かエルシャール公爵領のレイド伯爵子息でしたね。エルシャール公爵は皇宮内で中立・静観の構えとのこと。配下の貴族も足並みがそろっているようです。


「平等? 何を言っているんだ。平民は貴族に従うのが当たり前だろう? むしろ、ここまで優しく諭しておられるエリシーズ嬢に感謝すべきじゃないのか」


 おやおや。とんでもない意見をぶちこんできたのは、ウォルベルト公爵領のエルダー子爵子息。ウォルベルト公爵はシャルハリール公爵の腰巾着に成り下がっているとかいないとか。このカンジをみると、成り下がっていそうですね。


「はっ。さすがシャルハリール公の太鼓持ちウォルベルト公の麾下だね」


 ぼそりと誰かがつぶやく声が聞こえました。


「誰だ! ウォルベルト公爵様を侮辱したやつは!」


 もうここからは、ジャン・リック君そっちのけで、喧々囂々の非難合戦が始まりました。先生は早々に諦めて教室から出ていきました。そうです。今は授業中のはず、だったのですが。はぁ。



ありがとうございました。

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