9.結婚しちゃいなよ
ララとクロードを草原に連れ出したリエッタは、向かい風に向かって叫ぶ。
「いい男、来たー!」
ララは真っ赤になり、クロードは神妙にしている。
「ね、ララもそう思ったでしょ?」
「やめてよリエッタ……」
「ヤンさん、娘が心配なんだね。村から出さないんだって?」
「聞いてたの?」
「うん。うちの父親も、よく同じようなこと言ってる」
「へー、そうなの」
父親の目を逃れ、三人で軽食をつまむ。
リエッタはクロードの顔面を凝視しながら食べている。
ララは、彼の顔を見られないでいる。
クロードは、ララが全くこちらに目を合わせようとしないことが気がかりで、彼女ばかりを見ていた。
リエッタが尋ねた。
「騎士様、お名前は?」
「クロードです」
「クロード、ララを助けてくれてありがとう」
「……当然の行いをしたまでです」
「ねえ、二人共結婚するの?」
急に話が飛躍し、ララは叫んだ。
「しません!」
クロードは、その言葉に思いのほか傷ついた。
「えー、しないの?婚約話が来たんでしょ?」
「で、でも……私は村にいなければいけないし。それに……」
ララはクロードを一瞥した。
「騎士様も、結婚する気がないんだって」
リエッタは「ふーん」と呟くと、半笑いでこう言った。
「だよね?こんなに顔面が良ければ女に困らないだろうし、もうちょっと遊んでいたいよねー」
クロードは無表情でいたが、その言葉に苛立った。
皆、勝手にこちらの性格を決めつけて来る。美形には何を言ってもいいし、何らかの罰を受けるべきだとすら思っている節がある。
「いいえ」
いつもなら黙って流してしまうところだが、今日ばかりはララの見ている手前、クロードは反論した。
「愛人の誘いを受けるし、変な噂を立てられるし、呪いの手紙を送りつけられるし、この顔面で何一ついいことなんてなかった。ぞっとすることばかりで──今は早く歳を取りたいとばかり願っている」
どうと風が吹く。
ララはぱちぱちと瞬きした。リエッタが笑う。
「へー、大変なんだね、イケメンも!」
クロードは耳を赤くした。
「だから、結婚はまだ……」
「はー?何で?早く結婚しちゃいなよ。身を固めちゃえば、絡んでくる人減るんじゃないの?」
「えっ?」
妙な声が出て、慌ててクロードは口を塞ぐ。
「そういうもんじゃない?フリーだと思われてるからワンチャンあるって思われるわけじゃん?」
このリエッタという少女はズケズケとものを言う。
「大体、騎士の振る舞いが捨て切れないから誤解されるんでしょ?そこは徹底しなきゃ。女は容赦なく冷たくあしらう!もう、周りに嫌われてもいい!そう思わなきゃ。あなたは顔がいいんだから、ちょっと優しくしただけで女はみんな勘違いするんだよ。ほら、そこのララみたいに!」
ララは急に話が向けられて、びくんと身を震わせた。
それから、どこか怯え切った目でクロードを見上げる。
クロードは彼女からそんな目で見られることに、大変ショックを受けた。
その時、彼は思った。
(ララさんにだけは、自分を信じて貰いたい)
婚約破棄したくせに、ララを見るたび、どんどん都合のいいことばかりが頭に浮かんで来る。
(まさか、私はララさんに──)
クロードはどっと汗をかいた。同時に、今まで例の女たちにこんな勝手な感情を向けられていたことを知り、更にくらくらした。
そんな時だった。
「本当ね……私、危うく勘違いするところだったわ」
ララの発言に、クロードはぽかんと口を開けた。
「私は村の男の人と結婚するわ。都で暮らすなんて想像つかないし、農作業が好きだし」
クロードは青くなったが、リエッタはうんうんと頷いている。
「そうだよねー、分かる。生まれ育った村で生きるのが一番だよ。私も最近そう思って、家族に結婚相手を探して貰ってるところ」
「……進展はあった?」
「意外と話が来てるよ。迷えるくらいには」
「へー!」
「ララぐらい豪農なら、隣の村からも要請来るんじゃない?もうさ、こうなったら所有農地の面積二倍にしちゃいなよ」
「二倍働かなきゃ駄目かしら」
「だから、田舎の丈夫な男の人がいいわ。都会のナヨナヨしたのはだめよね」
「う、うん……」
結婚適齢期の二人の話を聞きながら、クロードは落ち込んだ。
もう自分は、選択肢に入っていないのだ。
自惚れた自分、何も考えずに婚約破棄を急いだ自分、優柔不断な自分、タイミングの悪い自分。
(自分自分って、自分のことばっかり考えていると、こんないい子を逃してしまうんだな……)
自分にがっついて来なくて、次期農場主としての自覚があって、仕事が好きだと言う働き者の少女など、王都にはいない。そんな彼女の特長は、クロードの目には今、とても尊く輝いて見えた。
一方のララは、顔色がどんどん悪くなって行くクロードを心配していた。
(クロードさん、どうしたんだろう。体調が悪いのかな?)
慌てて婚約破棄に来て、遭難者救助をした。なのにヤンに疎んじられている。
(色々あったからなぁ)
ララは気を遣って尋ねた。
「どうかしましたか?体調が悪いんでしたら、家に帰りますか?」
すると、リエッタがゲラゲラと笑った。
「家に帰った方が、プレッシャーだっつうの!」
「あ、そっか……」
クロードは静かに嘆息し、ぽつりと言った。
「その……ララさんがこの村で一番好きな場所って、どこですか?」
ララは考える。
「それでしたら……あの湿地のそばにリンゴの木があるんですけど、そこのリンゴが美味しいんですよ!」
「……そうですか。行ってみたいです」
リエッタは勢い勇んだ。
「私も行くー!」
クロードは、何か言いたげにじっとリエッタを見つめる。彼女はすぐに察した。
「え?何?騎士様、私が邪魔なの?」
「……いえ、別に」
「もー、素直に言いなよ!貴族って面倒臭いわね!ララを誘ってるんでしょ?この色男!」
「……!」
ララはどきどきとクロードを見上げ、こう思った。
(どうしよう……私、弄ばれてる!)