8.親父の懸念
ララは搾りたての牛乳が注がれたピッチャーを、食卓の中央に置く。
昨日、籠に残っていた山菜を酢漬けにしたビンも隣に並べる。
保存していた固パン、チーズ、極限まで焼いた猪の厚切りベーコン。それとマッシュポテトを皿に盛りつける。
クロードはきらきらした目でそれらを見つめる。
温かい食事は久しぶりだ。
朝の労働を終えた三人は、神に祈りを捧げた。クロードは銀のフォークで猪肉を刺し、じっと眺める。
これが、農民の食事。
口に含むと、山の味がした。
「貴族様のお口に合うかしら」
ララが問うと、クロードはにっこり笑った。
「すっごく美味しいです」
「本当ですか?」
「ララさんが、この土地から離れられないとおっしゃった理由がよく分かります」
「そうだろう、そうだろう。ララはずっとここにいるんだ。土地の恵みに感謝しなければ、な」
ヤンはこちらに向かってそう言うと、ララと笑い合う。しかしクロードは、急に居心地の悪さを覚えていた。
(妙だ……今のヤン殿の視線から、一瞬敵意を感じた)
昨日までとはうって変わって、どこかヤンの瞳がクロードを警戒し始めている。娘を助けた騎士、という役どころがこの朝にいきなり終わってしまったようなのだ。
緊張しながら食べていると、うきうきした様子でララが言う。
「クロードさん。食事が終ったら、村を案内します。都会にないものをたくさんご覧になって帰るといいわ」
すると。
「お前、そんなことをしている暇はないだろう」
ヤンが口を挟んで来た。クロードは冷や汗をかく。
「騎士様は忙しいんだ。すぐに帰る」
「……!?」
そんなことは言った覚えがない。ララはクロードを眺め、悲しそうに呟いた。
「そうなの……?でも……そうよね……」
クロードは少し胸が痛んだ。
自惚れかもしれないが、ララは自分と出掛けたがっている──
都会の女性の誘いには辟易していたはずなのに、ララの村案内に関しては、彼は食いつきたくなった。
「あの、無論帰りますけど、その前に……」
クロードは、まっすぐララを見据えた。
「ララさんのお言葉に甘えて、ちょっとこの村を見て回りたいです」
ヤンは口をへの字にする。ララは頬を輝かせた。
「本当ですか?」
「はい、是非」
ヤンが背中に炎を纏い出す。ぎくりと反応した時には、もう遅かった。
「……あんたなぁ」
父の急変ぶりに、ララも青ざめた。
「娘を助けたところまでは、感謝する。だがな、婚約する気もない村娘にひっついて行って、だらだら長話するのはちいっと騎士道に反するんじゃないのかい?」
クロードはどきりとしてフォークを思わず皿に置いた。ララが慌てて反論する。
「パパったら、急に何なの?恩人に向かって……」
「昨日までは恩人だ。しかし今朝からは悪い虫だ」
「パパ……!」
「ふん。どうせ明るくなってララの顔を見て話してみたら、案外いい子だったとか可愛かったとかそんな感じなんだろう。娘相手に日毎ころころ態度を変えるのは、父親として見ていて気持ちのいいもんじゃない。婚約破棄しておいて馴れ馴れしいのは、ちょっと看過できない」
昨日今日の自分の変化をずばり言い当てられ、クロードは心の逃げ場を失った。彼はじっと、混乱して行く自身の心と向かい合う。
(そうだな……ヤン殿の言う通り、ララさんはとてもいい子だ)
その時。
考えないようにしていた言葉が、ふと彼の頭をかすめた。
(婚約を結び直したいくらいの──)
クロードは少し冷や汗をかくと、降参するように目を閉じた。
「……すみません」
「お、謝るのか。自覚がある証拠だな!」
「うっ……」
ララはついに声を荒げた。
「やめてよ、パパ!あれは仕事を手伝ってもらっただけで……」
「いいかララ。こういう手合いには気をつけろ。弄ばれるぞ」
「!」
ララはララで、頭の隅で心配していたことを言い当てられて青くなった。
クロードの顔の良さで目が曇っていたが、誠実そうに見せかけて遊ばれる可能性は確かにある。しかもこの顔で女慣れしていないなんていうことは、普通に考えてあり得ないのだ。
クロードとララは沈み込んだ。
せっかくの美味しい料理も、まるで味がしない。
静かになった二人をどこか満足気に眺め、ヤンはふんと鼻を鳴らした。
「食卓が静かでいいや」
その時だった。
コンコン。
「おっ、誰だ?」
ヤンが扉を開けると、そこには小作農の娘のリエッタが立っていた。
「やっほー、ララ。体は大丈夫そう?」
「……リエッタ、何の用だ?」
「何の用って、決まってるでしょ?」
リエッタはクロードを見るや、小さく口笛を吹いた。
「いい男を見に来たのよ」
「んなっ……」
「ふふふ。ヤンさん、今、悪い虫が来て、気が気じゃないんでしょ。眉間に皺寄ってるよ?」
新たなキャラの登場にクロードが困り果てていると、
「こんな重苦しい空気の家は出ようよ、騎士様。せっかくここまで来たんだから、いい景色見てって」
とリエッタが促した。クロードとララは顔を見合わせ、彼女の助け舟に乗ることにした。
「そうよ。せっかく都からいらっしゃったんだし」
「そうですね……せっかくだから」
クロードはほっとしたように頷く。
ヤンは少しむくれたが、リエッタというお目付け役が現れたことで、少し緊張が溶けたようだ。
「仕方ねえ。三人でなら許してやる……行ってこい」
ララは籠にバゲットとピクルスの瓶を素早く詰め込んで、父の気が変わらぬ内に、騎士と友人を伴って逃げるように家を出た。