63.結婚式
晴天のベラージュ村で。
旧マドレーン邸の前には、色とりどりの花束が活けられている。
ララはマーメイドラインのシックな白いウェディングドレスを着せられ、既に泣いていた。
「ちょっとぉ……泣くのが早過ぎるよ」
そばで眺めていた晴れ着のリエッタが、呆れ顔で笑う。
ララはしゃくり上げていた。
「だ、だって……ようやくこの日が来たのが嬉しくて」
「化粧が取れるよ」
「ふぐっ」
「クロードに一番きれいな姿を見せてあげるんでしょ?ちょっとは我慢しなさいよ」
ララは我慢した。使用人がその隙を狙って、ささっと彼女のよれたファンデーションを直す。
借り物のフロックコートを着たヤンが入って来た。
「おお……ララ」
「あっ、パパ!」
「おい泣くんじゃねえぞ。俺はさっきひと泣きして来たから平気だがな」
泣き虫の血は争えない。ララは父の言葉に泣き笑いした。
「軍隊式の結婚式なんて、初めて見たぜ」
「私もよ、パパ」
「すげー人が参加するんだな。ここは本当にベラージュ村か?なぜか女も多いが、あれもまさか軍人なのか」
「ああ、それはね。クロード親衛隊の皆様よ」
「親衛隊?何だそりゃ……王都は頭おかしい奴だらけだな!」
ひとしきり笑うと、二人は使用人に促されて立ち上がった。
「あー、緊張する……!」
ララがそう言うと、リエッタが彼女を肘で小突いた。
「証人は私とアランが夫婦でやるから、先行ってるね」
「ありがとう、リエッタ」
「ヤンさん。ララのドレスの裾、踏まないようにね!」
「分かってるよ……」
リエッタが新婦控室を出て行き、ヤンとララは前を向いた。
「婚約破棄してから……長かったなぁ」
ヤンがしみじみとそう言って、ララに肘を突き出す。
ララは父の腕に手を添わせると、震える声で呟いた。
「パパ、ありがとう」
「よせ。泣く」
控室の扉が開かれ、二人は歩き出した。
旧マドレーン邸を出て、花々で美しく飾りつけられた庭を歩く。
神父の前に、既に軍服姿のクロードが待っている。
あの時怪我をした顔はすっかり元に戻り──彼は笑顔をのぞかせていた。
春が来て、氷が解けて行くように。
ララは真っ赤になりながらそれに見惚れる。クロード親衛隊の何人かが芝生に倒れ込む音が聞こえた。
とてもシンプルな結婚指輪が、ふたりの前に用意されている。
ヤンと離れ、ララはクロードの前に立った。
神父に促され、リエッタとアランが証人となった誓約書に、ララのサインを書き記す。
クロードもサインを書き入れた。
指輪を交換し微笑み合うと、二人はいつも通りのキスを交わす。
これから、ベラージュ村での新婚生活が始まるのだ。
二人の間にフラワーシャワーが舞うと、バージンロードに沿って立つ騎士たちの剣が空に掲げられ、招待客の祝福の拍手が沸き起こる。
小さな式の後には、豪勢な食事会が催された。
王都から運び入れた様々な食材で、村には似つかわしくない派手な宴席が設けられる。
ララとクロードは寄り添って、みんなのはしゃぐ姿を夢心地に眺めた。
「結婚……したのね、私たち」
「そうだな」
「何だか不思議」
「そうか?私は……どこかで見たことがある風景な気がするが」
「それって多分、何度も夢に見たからじゃないかしら」
「……なるほど」
二人は首をすくめて笑い合った。
と。
遠くから、見慣れた人物が日常着でやって来るのが見えた。
ジルベールとブランディーヌだ。
ララとクロードは立ち上がる。ジルベールはクロードを見つけると、にっこりと微笑んだ。
「やあ。ここで美味しいものが食べられると聞いたんだが、一体……」
クロードがずいと兄に詰め寄る。
「見て分からないか?ジルベール」
「クロード。顔が〝氷の騎士様〟になってるよ?」
「招待もしてないのに勝手に押しかけやがって……!」
「つれないなぁ、クロード。君がこうして無事結婚出来たのは俺のおかげなんだぞ?」
「……そんなわけあるかよ」
「ふふふ。ま、知らなくても仕方のないことだ。この幸せな状況で、あえて言うことでもないな」
クロードは兄の言葉に引っ掛かりを覚え、怪訝な顔で考え込んだが、
「ありがとうございました!」
と、ララの方が先に頭を下げた。
「ジルベールさんの情報提供のおかげで、デジレ様がリプシム城に幽閉になったとお聞きしましたが……」
クロードが面食らい、兄に問う。
「……本当か?」
「いや、厳密には違うよ。俺はそんな大それたこと、してやしない。王妃が勝手に兵を引き連れ、城に籠っただけだ」
「……本当のことを言えよな」
「本当のこと……?」
ジルベールはララに目を向けると、いつもとは違う真剣な眼差しでこう告げた。
「誰かに〝助けたい〟と思わせる要素を、ララ。君は全て持っていたんだよ」
ララはきょとんとした。彼は更に続ける。
「君は行動で説得した。最初はクロードを。次にモルガンを。オレール三世を。そして、私を」
ララは微笑んで「はい」と応える。
「全部、君の力でもぎ取ったものだ。君は誰にも頼らなかった。これがどんなに凄いことか、分かるか?そりゃ王妃も恐れを成すよ。きっと君に〝勝てない〟と思って城に引っ込んだんだろうね」
ララは褒められてクスクスと笑った。
騒ぎを聞きつけて、モルガンがやって来る。
「おい!お前……ジルベールじゃないか!」
「お久しぶりです、モルガン」
「何だよ平然としやがって……相変わらずわけの分らん奴だな、お前は」
「……今日はちょっと、報告がてら参りました」
「はぁ?」
ブランディーヌはジルベールに目配せすると、小さな声で言った。
「ジルベールに、子どもが出来たんです。それをどうしても報告したくて」
ララは目を輝かせてブランディーヌのお腹を眺め、モルガンは頷いた。
「……いつかはそうなると思っていたが」
「モルガン。もう私は腕一本で食べて行けるようになりました。絵画の依頼が他国からあったため、私は再び国を出ます。その前に、このことを伝えておこうと」
「……」
モルガンはじっと何かを考えていたが、気を取り直すように背筋を伸ばすと、はっきりと言った。
「もうクロードに家を継がせるから、お前は帰って来なくていいぞ」
「はい」
「その……幸せにやれよ。何もかも捨てて出て行ったからにはな」
ジルベールは、その言葉に微笑んだ。
「はい。頑張ります」
彼が歩き出した先に、ジゼルがいる。
兄妹は歩み寄った。
「ジルベール、あの時はありがとう」
ジルベールは妹の謝辞を受け、首を横に振った。
「……いーえ」
「二つの公爵家に家庭教師の話を持って行ってくれたのは、あなただったのね?仕事が決まって助かったわ」
「どちらも俺の顧客だからね」
「ねえ、ジルベール」
ジゼルが言った。
「あなた、あれからちょっと変わったわね。あなたは自分勝手な男だと思っていたけど──自分勝手はもうやめたの?」
ジルベールは答えた。
「何を言う、ジゼル。俺は今だって俺が思うよう、存分に好き勝手やってるよ」
「なぜこの時期急にそうしようだなんて思うようになったの?って聞いてるのよ」
「……」
ジルベールはブランディーヌと微笑み合う。
「あの時は誰かを幸せにするために、俺は家を出るしかなかった。でも、ララさんに出会ったら、どうやら別の方法もあることに気づいた──それだけのことなんだ」
ジゼルは少し顔を赤くして、興奮気味に頷く。
ジルベールはクロードとララを振り返ると、ぼそりと呟いた。
「ララさんもクロードも、そうやって今、あそこに並んでいるんだね」
この結婚式は、二人が死ぬ気でもぎ取った幸福。
何かを差し出しても、失っても、壊されても、諦めなかった二人の──