表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/65

61.偽物の肖像画

 後方支援隊新設パーティーから一週間後。


 ジルベールはオレール三世に招かれ、中庭でお茶会をしていた。


 デジレの姿は、王の隣にない。


 彼はその空席をじっと眺めていた。


「君がデジレを引きつけてくれたおかげで、何もかも上手く行ったよ」


 オレール三世のその言葉で、ジルベールはつと顔を上げる。


「何もかも……上手く?」

「ああ。ララ・ド・マドレーンの機嫌を損ねずに済んだし、後方支援隊も新設することが出来た」

「……」

「デジレは早く君に会いたがっているぞ。リプシム城に入って、ずっと君を待っている」

「……陛下。実はもう、私は先日リプシム城で王妃陛下にお会いしまして」

「ほう」

「新しい仕事をもうひとつ頼まれました」

「そうか、そうか。あいつの相手は面倒だから、ずっと籠っていてくれれば良い。ジルベールはもうしばらくあいつの相手をしてやってくれ。醜聞のほとぼりが冷めるまで、だ」


 ジルベールは無言で紅茶を飲んだ。


 デジレが妹のパメラに絶縁状を送りつけてから、パンプロナ公国は自身の正統性を保とうとするためか、デジレの醜聞を流し始めていた。確かにいくつかの悪事は実際にデジレが行ったことだが、今になって急に国を挙げてシャノワール王国王妃のネガティブキャンペーンを始めるとは、一体どういう了見なのだろう。


(……死体蹴り、か)


 ジルベールは心の中で毒づいた。


 とある騎士に劣情を抱いた王妃が、醜態をさらしたという小噺。その下劣なストーリーに、自分は入っていないと王は思い込んでいるようだが──


(陛下は大事なことに気づいていない)


 しかし彼は、にっこりと笑ってこう言った。


「王妃陛下のことは、お任せください」

「お前に頼んで正解だった。肖像画が完成となった暁には、宮廷画家にしてやってもいいぞ」

「……肖像画を完成させてしまってよろしいのですか?」

「ははは。お前は頭がいい。そうだ、のろのろ描いてデジレを城に閉じ込めろ」

「……左様で」


 ジルベールは紅茶のカップを空にした。


「申し訳ありませんが、複数の案件を抱えているのでこれで失礼します」

「おお、そうか。忙しいところ呼び立てて悪かった」

「いいえ」


 ジルベールは王宮を出ると、ブランディーヌの待つ馬車へと歩いて行った。


 馬車には、荷物がぎっしりと積んである。


 これからリプシム城に向かうのだ。


 ブランディーヌは久しぶりに贅沢な生活が出来るとあって、うきうきしている。


「ねえジルベール、リプシム城でしばらく楽しめるわね。召使がいっぱいいて何もかもやってくれるし。王妃と顔を合わさなければならないのは苦痛だけど……それ以外は毎日食事の心配もなく、遊んで暮らせるわ」


 一方のジルベールは、少し物思いに耽っていた。


「……どうしたの?」

「いや、それって楽しいのかなって」

「まあ確かに、あなたは自由を愛する人ですものね。肖像画を完成させない限りは出られないから、少し苦痛かしら」

「……ブランディーヌ」


 ジルベールは彼女に微笑みかけると、衝撃的なことを口にした。


「王妃の肖像画は、描かないよ」


 ブランディーヌの時が止まる。


「……え?どういうこと?」


 ジルベールはぽつりと言った。


「デジレ様から、そう言われたんだ。やはり、肖像画はいらない、手元にあるスケッチだけで充分だ、とね」

「でも、陛下の手前、描かなければいけないんじゃないの?」

「俺も、描かないつもりだ」


 ブランディーヌはしばらく考えてから、恐ろしい予感に突き当たった。


「ジルベール。……王妃は、まさか」

「そのまさかだ」

「じゃあ私たち、リプシム城には行かない方がいいんじゃない?」

「いや、行かなければならない。王妃から新しい仕事を頼まれたんだ」


 ブランディーヌは悩まし気に頬杖をついたが、ジルベールはどこかすっきりした顔でこう続けた。


「心配するな。用件が済めば、我々はすぐにでも解放される」




 幾日も掛けて、二人はリプシム城に到着した。


 掃除され、すっかり美しくなった王の別荘は、使用人の気配で活気づいている。


 庭は整えられ、新たな東屋も増築され、デジレの好みに改装されている最中だ。


 画家とその妻は大荷物を持ってその忙しい現場をくぐりぬけ、王妃の寝室へと向かう。


 静かな寝室で、デジレは二人を待っていた。


「あらジルベール、久しぶり」


 そう笑ったデジレの顔からは、かつてのような毒は抜けきっている。


 しかしブランディーヌはその何もかも抜けきった無垢な表情の王妃に、ぞっとするような嫌悪感を抱いた。


(これでは、まるで──)


 ジルベールは青くなっている妻に構わず、王妃に静かに告げた。


「ご用命いただいたキャンバスを取り寄せました」

「あら、とても大きくていいキャンバス。この壁にぴったりね」


 デジレは手近な壁を愛おしそうに撫でさすった。


「じゃあ、ここでお描きなさいな。私、背後でその絵が出来るまで見守っていていい?」

「もちろんです」

「ふふ、完成が楽しみだわ……」


 デジレは子どものように悶えてから、はっきりとこう言った。


「クロードの肖像画」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業令嬢は氷の騎士様を溶かしたい。好評発売中!
i684843
― 新着の感想 ―
[一言] あばばばば……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ