表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/65

59.婚約の儀

 その日の夕方に、王宮で後方支援隊新設パーティーが催された。


 騎士も貴族も華やかな格好をして、ぞろぞろと王宮に入って行く。


 隊長のクロードが主役ということもあって、ララは彼と二人、別室で待機させられていた。ララは王宮のパーティーがここまで華やかで大人数で行われることを知らず、余りの規模の大きさに怯え吐きそうになっている。


「こ、この大人数の中で、婚約を発表……!?」

「そうだね」

「想像を遥かに超えてて……頭おかしくなりそう……!」

「じゃあ、婚約やめる?」

「クロードの意地悪!」


 彼の胸の辺りにドンと苦し紛れの拳をお見舞いすると、クロードは笑いながらその手をそっと包んだ。


「ララ、大丈夫だ。私たちはどんな困難だって乗り越えて来た」


 ララはぽかんと口を開けてから、不覚にもぼろっと涙をこぼす。


「人に注目を浴びるくらい、何だ。これしきのこと」


 ララはクロードの目を見て頷く。


 これから何が起こっても、二人は「これしきのこと」で跳ね返して行くのだろう。


 執事が入って来た。


「お二方、そろそろ陛下からお呼び出しがかかりそうです」

「そうか。行こう、ララ」


 二人は大広間へと歩き出して行った。




 婚約に際し、王との謁見及び貴族へのお披露目を執り行う。


 ララの、初めての社交界デビューだ。


 クロードの例の顔を見て、数人の女性が卒倒する。


 まだ岩のように青く腫れた、右の顔。


 けれど婚約する二人は微笑み合っていた。


 どこからともなくすすり泣く声もする。婚約の報告をするのに、その空間は嘆息と動揺が入り混じって異様な空気だった。


 予想出来た混乱であったが、ララは毅然と前を向く。


 何があっても、彼の隣にいると決めた。


 どんな目に遭っても、誰に引き裂こうとされても、彼にしがみつこうと決めたのだ。


 それは決して「意地」ではない。


 彼がずっと笑顔でいられるように、二度と凍ることのないように──離れずにいなければならないのだ、ずっと。


 二人が歩いて来るのを見て、オレール三世はぎょっと顔を引きつらせた。


 クロードの怪我の報告を受けてから、ようやく今日対面が叶った。けれどもその痛々しさに、王も気まずさを覚え、しばらく顔をそむけていた。


 一方のデジレは──


 震えながらも、二人から視線を外さなかった。


 デジレは心の中で呟く。


(私にも……)


 あの美しい顔が、半分壊されてしまった。


(私にも、彼の怪我の責任の一端がある)


 どうしてあの日、怒りに任せて軍の内情を妹にベラベラ喋ってしまったのだろう。


 あの一時の判断ミスのせいで、かの美しい顔は二度と戻って来ない。


 デジレは絶望した。


 取り返しのつかないことをしてしまった。


(クロードも、きっと自分の顔に絶望しているはずだわ。あんなに美しい自分の顔が、こんな風になってしまったんだもの……)


 デジレは怒りと悲しみに唇を震わせた。


 しかし──


 その時、驚くべきことが起こった。


 クロードが、こちらににこりと笑いかけて来たのだ。


 デジレは一瞬、目を疑った。


 あんなに自分を避け、いつだって嫌そうな顔をしていたクロードが、こちらに顔を向け、にこにこと笑っているではないか。


 デジレはたじろいでから、ハッとララに視線を移した。


 ララも笑顔だ。


 デジレは混乱してから、気がついた。


 これは彼らの婚約の儀。


 二人にはそれがただただ嬉しくて、笑顔になっているのだ──と。


 その感情に、攻撃された悲劇や顔がどうのこうのという事実は、一切入っていない。二人の間に、不幸な要素は、かけらもない。


 混じりけのない幸福。


 それが、確かにそこにあった。


 なぜだろう。


 その時デジレは、ふいに肩から力が抜けてしまった。


 彼の顔は彼のもの。誰のものでもなかったし、ララのものですらなかった。


 彼は顔を失っても別に希望を失ったわけではないし、新しい伴侶を得たことで既にめいいっぱい幸福なのだ。


 デジレの心が、ふと空白になる。


 からっぽだった心を埋め合わせていたものが、今しがたなくなってしまった。


 デジレは急に泣けて来た。


 隣でオレール三世が言う。


「クロード、大義であった。君がその顔を賭してまで戦った相手から、諜報部が数々の情報を引き出すことが出来たそうだ。感謝する」


 オレール三世はそう言って、わざとらしく視線をデジレに向けた。


「ララも大義であった。よくぞ国に土地を貸し出すことを決めてくれた。感謝する」


 デジレはその声につられ、ララを眺めた。


 この少女だって、クロードの顔を好きになって婚約したに違いないのに。


 ララとクロードは、王の言葉に笑顔で「はい」と応えた。


 その瞬間、デジレは「負けた」と思った。


 ララはクロードのために、自分の持っている何もかもを差し出したのだ。


 そして、受け取って貰えたのだ。


 一方の自分は、何も差し出していやしないし、受け取っても貰えない。


 何も残らないし、残せない。


 悲しい記憶だけが、デジレの中に残った。


「クロード・ド・ブノワ、それにララ・ド・マドレーン。君たちに祝福があることを祈っている」


 王から祝福の言葉を賜った二人に、周囲から拍手が沸き起こった。


 それからララはクロードから婚約指輪を捧げられ、その光景を貴族たちの前で公開する。


 夕闇を思わせる、バイカラーのサファイアが輝いていた。クロードがそれをララの指に差し込み、二人はちょっと泣き笑いする。


 あちこちで、吐息が漏れる。クロードのファンならば、誰もが夢見た光景だ。


 これが終われば、後方支援隊新設記念パーティーだ。




 ララとクロードが別の会場に移動すると、そこでは晩餐会の準備が整っていた。


「ララ!」


 馴染みの声が飛び、ララが驚いて振り返ると、そこに立っていたのはリエッタだった。


「え……!?リエッタ?」


 リエッタも真新しい赤いドレスを着ていて、遠くに立っている正装のアランに手招きする。


 アランと腕を組むと、リエッタは弾けるような笑顔で言った。


「へへへ、驚いた?忘れて貰っちゃ困るよ、私だって後方支援隊の隊員なんだからね!」


 言われてみればそうだった。ララは親友の貴族風の晴れ姿に感動しながら、漂って来た香りに鼻をきかせる。


「ん?どこかでかいだ香り……」


 アランが応える。


「そうでしょうね。何せこれは、ベラージュ村特製の野戦食レーションをベースに我々後方支援隊員が考案したコース料理なのですから」


 それを聞くと、ララとクロードは驚きに顔を見合わせた。


 リエッタは不敵に笑って見せる。


「ほら、お礼は?ララお嬢様」

「リエッタ、これってあなたが考えたの?凄いわ!」


 リエッタはくすぐったそうに笑った。


「私に出来るのは、これぐらいのもんだから」

「な、何よ……!変に謙遜するのはやめてよ。あなたは凄い女の子よ!」

「そういうの、もっとちょうだい」

「天才!才媛!ベラージュ村の最強娘!私の救世主!」


 ララはリエッタに笑いながら抱きつくと、おいおいと泣き出した。


「……情緒不安定かよ」

「何よ!何もかも、リエッタのせいなんだから……!」


 親友二人は互いの恋人を放置して、力一杯抱き締め合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業令嬢は氷の騎士様を溶かしたい。好評発売中!
i684843
― 新着の感想 ―
[良い点] ようやくこれで王妃の魔の手からは逃れましたかね。(妹はまだ悪いこと考えてるでしょうが) リエッタいい子ですね。彼女たちはズッ友でいられそう~
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ