56.ララの勇気
一週間後。
クロードの顔の腫れは、やはり次第に引いて行った。
それでも顔にまだ痛々しい青痣が残っており、片目が開きづらいし、万全の状態ではなかった。
ララは手紙の山に返事を書いている。クロード親衛隊から届く手紙に返信し、中でも親しい人物には王宮で婚約お披露目会のお知らせを書き加える。
王宮では後方支援隊の創設パーティーとクロードの婚約報告を同時に執り行うのだと言う。それに合わせ、ブノワ邸でも着々と結婚の準備が進んでいた。
ララはまたお針子たちに囲まれ、体のサイズを測り直していた。ララ自身はあまり気づかなかったが、若干肉付きが良くなって来たようだ。貴族の生活をしていると、簡単に太って行くものらしい。しかし、
「幸せ太りね」
傍で義妹を眺めていたジゼルは笑った。
「愛されると、女性は心どころか姿ごと変わるものなのよ。しかも、いい方にね。もし愛されているのに以前より醜くなって行くようであれば、その恋愛はやめた方がいい。ララ、あなたは正解の恋愛をしていたようね」
ララはジゼルの言葉に頬を染めた。
「私の姿……いいように変わってます?」
「そりゃ、もちろん。ま、私の力も大きいわね?」
「は、はぁ……」
「ふふふ、それに……今なぜ再び寸法を測り直しているのか、あなたはまだ気づいていないの?」
ララは首を傾げた。
「太ったからではないのですか?」
「違うわ。今、あなたのウェディングドレスを作る準備に入っているからよ」
ララは目を輝かせた。
ウェディングドレス。
「この国の上流社会では、新婦は白いウェディングドレスを着せられて嫁ぐのが一般的なの。どれぐらい手を掛けた衣装かで、その家の格を知らしめるのよ。そういうわけで、普通なら新婦側の親がそれを用意するんだけど、ヤンさんの負担になるといけないから今回は新郎側が用意するってことになったの」
ララは胸を押さえて何度も頷いた。そして、何もかもを準備してくれるブノワ家に感謝する。
「ありがとうございます……」
「別にいいのよ。私だって、これからあなたのお世話になるんだから」
「……ジゼル様」
「私ね、もう自分の道を決めたの。とある公爵家の家庭教師に決まったわ。それで生計を立てるの。婚家には、いつでも離縁してくださって結構と言ってあるわ」
思わぬ暴露にララは驚いたが、ジゼルはこちらに歩み寄ると彼女の手を取って行った。
「ララを見て来たからよ」
ララはぽかんと口を開ける。
「好きな人と好きな生活をすることが、どんなに困難か。ララ、あなたが教えてくれたのよ。私、いつだって口を開けて、雛鳥みたいに誰かの支援を待ってたわ。でも自分の生き方を選ぶって言うのは、そういうことじゃなかったの。あなたみたいに、結婚の新しい形を提案したり、自分の土地を誰かに譲ったり、恋人を徹底的にケアし続けたりしなければ、支援や幸運なんかやって来たりしないのよ。私は私を信じてやって行くわ。今思えば私、本当は結婚なんかしたくなくて、独立して生きて行きたかったのよ」
ジゼルは、そんな風にララを見ていたのだ。ララは今までのことを思い出し、鼻を赤くした。
「ジゼル様……」
「お姉様とお呼びなさい」
「お姉様……」
「勇気を貰うのにだって、勇気がいるわ。でも、ララが勇気をばんばん投げ与えて来るもんだから、受け取っちゃったのよ。責任取ってよね」
二人はクスクスと笑い合った。
「それにしても、クロードの顔はひどいことになったわね。引き返すなら今よ、ララ」
ジゼルのお節介に、ララはあえて語気を強めた。
「私、確かに最初はクロードの顔を好きになりました。けれど、今はその誠実さとか、ちょっと間の抜けたところなんかが愛おしいんです。顔は二の次になりました」
「そうなの?なら良かったわ。ミーナがこの前、嘆いていたのよ。クロードのあの顔を街道で見かけた女性たちの半数が、急に夢から醒めたと言わんばかりにあの日を境に親衛隊を抜けたらしいの。顔を怪我するなんて、騎士なら普通のことじゃない?それなのに、そこすら認められずにファンやめますだなんて、みんなのために命賭けてる騎士に失礼よねぇ」
ララは驚いたが、そういう人がいても仕方がないのかもしれない、と思った。
けれど、そういう人にばかり好かれがちなクロードをちょっと可哀想に思う。とすると、クロードの顔面が治れば、彼女たちはまた手のひらを返して〝やっぱり〟クロードが好きだなどと言うに違いないのだ。そういった言動がいかに彼とその周囲を傷つけるのか、彼女たちにはまるで分からないのだろう。
「……間近でクロードを見ていたから、私、彼を好きになるのをやめることなんか出来ません」
「あら、お熱いこと」
「やめられないから、結婚するのです……多分」
ララとジゼルは、トルソーに白い絹地が乗せられて行くのをぼんやりと眺めた。
お針子たちが様々な店から取り寄せたレースやビーズを手に、絹と色を合わせて行く。
「……これからもきっと、色んなことがあるわ。でも、頑張ってクロードを幸せにしてね、ララ」
ララは目の前の眩しい白を眺めながら、頷いた。
「はい。絶対に幸せにします!」