52.みんなの想い
ララとクロードは、クロードの寝室で医者を待った。
使用人たちがやって来て、彼の負傷した顔を、皮袋に井戸水を入れたもので冷やす。
その内、クロードはすうすう寝てしまった。かなり疲れたのだろう。
ララは彼が大勢に看病されているのを見、ほっとして寝室を出て行く。
ララ自身もあの出来事で動揺し、疲れ果てていた。
久しぶりに戻った彼女の部屋は、あの時と変わらず整然と片付いていた。
ララはすぐそこにあるベッドに体を投げ出すと、眠気に襲われる。
彼の美しい顔に傷がついてしまった。
(ちゃんときれいに治るかしら)
最悪、歪んだり目が見えにくくなってしまうかもしれない。
(そうなったら、彼を支えよう。自分の顔がどんな顔だって……私だって、傷ついたらショックだもの……)
そう思った時、ふとララのまぶたの裏にあの面々の顔が浮かんだ。
クロード親衛隊員の顔。
(そうだ……あの方々はクロードの顔を愛してやまないんだった。クロードの幸せが、自分達の幸せなんだって言ってくれて)
憧れの彼の顔に傷がついたと知ったら、さぞかし嘆き悲しむだろう。
(どうやってお知らせしよう。黙っているのも、辛い)
その時だった。
遠くから、馬車の音が聞こえて来る。
ララは眼を閉じながら、羊を数えるように「一台」と念じた。ブノワ邸に客人でもあるのだろうか。するとガラガラと再び音がする。「二台」来たのだろうか。
ララは眼を見開いた。
様々な馬車の音が、屋敷に響き出した。それは地響きとなって屋敷を取り囲み始める。ララは思わず飛び起き、窓の下を眺めた。
そこには驚きの光景が広がっていた。
貴族の馬車が、屋敷の庭をぎっしりと埋め尽くしているではないか。執事や使用人が玄関先で対応に追われている。
「こ、これは一体……!?」
ララは慌てて玄関へと降りて行く。執事がかご一杯の小さな包みを抱えてやって来た。
ララは執事に問う。
「執事さん、一体何が起こっているんですか?」
執事は笑って、ララに包みをひとつ開いてみることを勧めた。
ララは包みを開ける。
軟膏が入っていた。
「?」
「海外製の、傷の治りを速くする軟膏だそうです」
「へ、へー?」
「これも軟膏、あれも軟膏です。あ、それは皮膚にいいとされる飲み薬のようですね」
籠は使用人の部屋に運ばれ、その中のひとつひとつが開封された。中には、人気医師の紹介状や励ましの手紙、見舞金までもが入っていた。ララはそれを見て度肝を抜かれたが、じんわりと胸が暖かくなる。
きっと負傷したクロードを沿道で見かけた女性たちが慌てて薬を買い求め、御者にそれを託したのだろう。
みんなが、クロードを愛している。
あの顔だけは失ってはならないと、即座に立ち上がってくれたのだ。
(みんな……)
ひとつひとつの手紙を束ね、ララは目をこする。
(彼が起きたら、見せてあげよう)
それからだいぶ遅れて医師がやって来た。どうやら軟膏運搬の渋滞に巻き込まれたらしい。
ララは、それだけはちょっと困ったことだと思った。彼女は取り急ぎ、医師をクロードの部屋へと案内した。
眠っているクロードに構わず、医師は彼の顔を様々な角度に動かし、瞳の状態を確認し、診察を始める。それでようやく、クロードは目を覚ました。
「いっ……痛てて」
「あ、起こしてすみませんね。顔の痛みはどんな感じですか?」
「んー……我慢出来ない痛みではないです。多分、骨は大丈夫じゃないかな。前に頭を殴られて骨が折れた時の感覚と、だいぶ違いますから」
ララは、なぜクロードはあんなに顔を腫らしながら平然としていられるのかと疑問に思っていたが、彼自身の感覚で骨が折れたわけではないと考えたからなのだ、と合点が行く。
「うん、確かに顔の骨を折ったら痛みを我慢できない。かなり痛いですからね」
「騎士養成時代は上官から割に殴られましたから……それと同等の腫れと痛みだと思います」
「ふむふむ。では、ちょっと触りますよ」
医師は無遠慮に赤黒いクロードの顔をこねた。
「いっ……!」
「うーん、確かに骨は固いままですね。では、しばらく様子を見ましょう」
「いてて……」
「どちらにせよ、顔を冷やし続けて下さい。のちのち回復具合が違いますので」
「分かりました」
とりあえず、治療は継続となった。医師は軟膏の山を見つけると、仕分けしながらその中からみっつ、ある種類の軟膏を取り出した。
「あ。これ、騎士団でも使っているやつだよ。これなら塗ってもいい。あとはちょっと眉唾もののやつだから塗らないでね」
医師はそう言い残して去って行った。
ララは軟膏ばかりの籠を見せ、そうっとクロードに近づく。
「ふふふ。これ、何だと思う?」
「……ん?何だろう」
「これね、みんながクロードの怪我を聞きつけて送ってくれた軟膏なのよ」
「えっ……こんなに?顔のここだけに塗るものだし、使い切らないよ」
「そうよね。でも、みんなの気持ちが嬉しいと思わない?」
クロードは目を見開いた。
「確かに……前は、異性の好意なんて迷惑だと思っていたけど……」
「そうね」
「でも、今は少し勇気を貰えるな。そんなに私の顔が、大事なのかと」
ララはくすくす笑ったが、ふと涙がこみ上げて来る。
「ララ……」
クロードは寝転がりながら、胸元にララの頭を引き寄せた。
ララは嬉しさと悲しさが交互にやって来て、色んな感情でもってわんわん泣いた。
一方その頃、王宮では。
後方支援隊が王と王妃に出迎えられ、村での一連の出来事と成果を報告していた。パトリスがデジレを睨み上げながら、生存者負傷者報告に入る。
「負傷者一名。クロード・ド・ブノワ。賊の襲撃により顔面を激しく損傷、全治一か月」
デジレはそれでクロードの顔面が壊されたことを知り、真っ青になった。