51.再会
王都に入る直前まで大騒ぎの道中であったが、ようやく目的地に到着することが叶った。
隊列が王宮へと伸びて行くが、ふと馬上のパトリスが隣に並走するクロードに寄って行って囁いた。
「クロード殿は一度、ブノワ邸にお戻りになった方がよろしいかと」
「……何でだ?体は何ともないぞ」
「体は何ともないでしょうね。問題は顔ですよ」
顔。
クロードは右の頬をさすった。
昨日より状態はもっとひどくなっており、驚くほど腫れ上がっている。
「そうかな……」
「ひどいもんですよ。陛下に合わせる顔ではないです」
「うーん……」
「頭も殴られていますし、大事を取った方がいい。第一、あなたの体はもうあなたひとりのものではないんですから」
クロードは、斜め後ろの馬車に乗っているララの表情をちらと盗み見た。
少し、ララの表情に翳りが見える。
「……そうだな」
「負傷していることを我々から陛下に報告しておきます。隊長報告は文書でも出来ますから、後日提出するとお伝えしておきましょうか?」
「恩に着るよ、パトリス」
「まずは騎士団へ向かいます。あなたはそこで降り、ララさんと一緒にブノワ邸へ向かうといいですよ」
一行は騎士団詰め所に立ち寄る。クロードは馬を降りると、馬車を覗き込んだ。
「ララ。ここで私も馬車に合流し、これから君たちとブノワ邸に向かおうと思う」
ララは顔を上げ、ようやくほっとしたように笑った。
「よかった。そのひどいケガで、まだ何かお仕事をするのかなって心配してたの」
「今日のところは一旦休むよ。大事を取ることにした」
クロードが隣に座って来ると、ララはとても嬉しそうに微笑んだ。
彼はそれを眺め、心配をかけすぎたと内心反省する。
向かい側に座っていたリエッタはクロードの顔をしげしげと眺め、ぽつりと言った。
「ふーん。イケメンってケガしてもイケメンなんだね」
「……それ、ヤンさんにもララにも言われた」
リエッタはなぜか楽しそうに笑った。
ブノワ邸に到着すると、執事の指示で玄関前には家族と使用人がずらりと揃って待っていた。
クロードにエスコートされ、ララは一緒に歩いて行く。
彼の腫れあがった顔面を見て、ブノワ家一同は絶句していた。
「父上、ただ今戻りました」
モルガンはごくりと喉を鳴らしてから、青い顔で頷いた。
「クロード、そのケガは……」
「あとで詳しく話します。とりあえず、医者を呼んでもらっていいですか?」
「分かった。ほかのみんなは無事か?」
「はい。私以外は……」
ヤンとララとリエッタは曖昧に笑って見せる。
モルガンは息子に向き直った。
「分かった……とりあえず、今はゆっくり休め」
「はい」
「今は大事な時期だ。不用意に動くな、体に障るぞ」
一行は家の中に入って行く。
ララは祈るように、クロードの肩に寄り添った。
久し振りに調理室に入ったリエッタは、ブイヨンを煮だしている鍋を放って走り込んで来たアランにいきなり抱きすくめられた。
周囲の調理人から笑い声が起こる。リエッタは真っ赤な顔でアランを押し返した。
「なっ、何すんのこんなところで……!」
「リエッタ!クロード様に一緒にベラージュ村で働けるよう、頼んでくれたんだね!」
「えっ……?」
「ありがとう、リエッタ……」
リエッタはあちらが勘違いしていることに困惑しながらも、そうっと彼の背中に腕を回した。
(ま、いっか。そう思っといてくれれば)
調理場から拍手が沸き起こる。リエッタは流れに身を任せることに決めた。
「……真珠」
「うん」
「捨てないでいてくれてよかった」
「捨てるわけないじゃん」
「じゃあさ、その……」
「……」
「結婚しよう」
「いいよー!」
軽いノリで結婚を承諾し、リエッタは敬礼のポーズを作って見せた。
「では、我々はこのまま、後方支援隊に配属となる!」
調理場は軽い笑いに包まれた。
「覚悟はいい?アラン。たまに敵からブン殴られるわよ」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。だから、アランもちょっとは鍛えておきなさいよね!」
「それを聞いたら、鍛えるしかないな……」
リエッタはアランの顔を見上げてから、ふと考える。
アランは特別美男子というわけでもないが、そんな彼の顔だって誰かから変形させられるようなことがあったら、果たして自分の心は耐えられるのか、と。
(ララ、不安だろうな)
騎士があのように危険な職業だということが、この一か月で痛いほど分かった。
リエッタは、不安を打ち消すように胸元でパチンと手を合わせる。
「さ、ララとクロードのために、美味しい料理を出さなくちゃね」
「おっ。リエッタ、いきなりやる気充分だな」
「当たり前よ。みんな大変だったんだから、せめて私に出来ることぐらい、きちんとやっておきたいの」
リエッタはエプロンを身に着け、調理場で作業を開始した。
棚を漁ると、あの日持って来た保存食がまだ残っていた。