50.君を守るためなら顔なんて
相手の剣の刃の磨き上げられ方、切っ先と構え、総合的に見て──彼はただの賊ではない。
彼は先の戦場で戦った相手、またその剣術と同等の訓練された無駄のない動きをしていた。
(これは……手こずる……!)
相手の動きをかわし、敵は瞬時にこちらの懐に入ろうとする。クロードは中に入られるのを嫌い、しゃがみ込むように下段斜めに構えた。
下から剣を振り上げ敵の胴を狙ったが、失敗。
敵は真上に跳ぶと、剣をクロードの顔面めがけて叩きつけた。
ララが叫ぶ。
「クロード!」
目の前に、鮮血。
クロードの顔面に激痛が走る。
(ぐっ……右側頭部をやられた)
彼は冷静にそう考え、痛む右の顔をおさえてうずくまった。これ幸いに、相手が再び剣を振り下ろす。
(……そう来ると思った)
クロードは剣を捨てると、相手の足をめがけてタックルした。敵はまさかクロードがあっけなく剣を捨てて足に飛び込んで来るとは思わなかったらしく、声を上げて床にもんどりうつ。
クロードはことが狙い通りに運び、ほくそ笑んだ。
(やはりな……こいつはどうやら、我が国の騎士の特徴である、この重量のある鎧を着慣れていない)
重量のある鎧は、歩けている時は攻守共に最強となるが、怪我をしたり転んだりすると一気に無用の長物となる。
クロードは夜寝る直前だったので鎧を着ておらず、彼より早く動けた。それだけのことで勝敗は決まった。
相手はきっと、異国の強敵。
けれど慣れない格好をさせられて負けた。戦いとは、いつでもこのように運任せで、あっけないものだ。
クロードはその鎧の上に跨ると、敵の肩にどすんと剣を突き立てた。賊のうめき声と共に少女たちの悲鳴が上がり、床には血の海が出来る。
「お前はパンプロナ公国の騎士か?」
相手は歯を食いしばって黙っていたが、
「さっき発した声は、パンプロナ訛りの痛がり方だ」
とクロードは喝破した。
ララはその光景を見つめながら、ガタガタと震える。
(クロード……顔が……)
彼の顔右半分が、真っ赤に腫れ上がって流血している。右目上に、ぞっとするほどの瘤が出来ていた。
氷のように美しい顔の中にも、血液がある。
戦いにほとばしる血潮が。
ララはそれを見て、ぼろぼろと泣いた。
不思議と悲しくはない。
ただ、恋人を傷つけられたことが、無性に悔しかった。
「クロード殿!」
騒ぎを聞きつけ、パトリスが駆け込んでくる。クロードは血濡れた顔で振り返ると、敵の騎士の肩から無造作に剣を抜いた。
「ああ、パトリス……こいつを頼む。刺客だ」
「えっ、またですかぁ?」
「もうすぐ王都だ。流石にこいつで最後だろう」
「あちらさんもしつこいな……ところで、大丈夫ですか?」
「……ん?」
クロードがはようやく自身の顔の惨状に気づき、ごしごしと袖で顔を拭く。
血で真っ赤だ。
「冷やして、止血を……」
「私がやるわ」
ララは、涙に濡れながらクロードの顔に近づく。
「……ごめんね、クロード」
「……何が」
「私のせいで」
クロードは静かに首を横に振った。
「ララを守るためなら、顔なんてどうでもいい」
ララは頷きながら、彼に抱きついてわんわんと泣いた。
最初は、彼の顔を好きになった。
だけど今は、その傷までが愛おしい。
「……お熱いところ悪いけど、早くしろよ、ララ」
ララはヤンに急かされ、はっと我に返った。
「そ、そうだわ。とびきり冷たい井戸水を用意しなくちゃ……!」
「殴られたから、クロードはしばらく動かない方がいいぞ」
騎士がどやどやとやって来て、まるで荷造りでもするように敵国の騎士を縛り上げて行く。ララは水を求めて出て行った。
鮮血ばかりを残す不穏な寝室に、クロードは横たわる。
そんな彼を、ヤンが見下ろした。
「案外……クロードは殴られた顔の方が、かっこいいぜ」
クロードは、にやりと笑う。
「これでも武人のはしくれですから」
「顔からは想像もつかなかったが、お前、強いんだな」
「実のところララにも話していないが、後頭部は殴られて若干陥没してるし、体にも傷は多いんです」
「へー……」
ララが部屋に帰って来た。ヤンはそれを見て、入れ違うように部屋を出て行く。
「クロード……顔を見せて」
ララは無遠慮にクロードの顔をごしごしと拭いた。彼は痛がったが、水を入れた皮袋を右目の上に当ててやると、ほっとした表情に戻った。
「……クロード」
「何だ?」
「クロード、傷ついた顔もかっこいい」
クロードは吹き出した。
「それ……ヤンさんにも言われた」
「えっ、そうなの!?」
「でも……そう言ってもらえると、嬉しい。少し痛みが和らぐよ」
ララは少し皮袋を横にずらすと、泣きながらクロードの腫れあがる右目蓋に軽くキスをした。