49.調査終了
あれからたっぷり二週間かけて、隊員たちはベラージュ村を調査することが出来た。
これにて一度、隊は王都へと帰る。ララはずっと旧マドレーン邸に滞在し、何かと調査を手伝ったが、あれから不思議とヤンがこちらに来ることはなかった。
ララはリエッタと寝起きする。最近のふたりは、このマドレーン邸を掃除するのに忙しい。
最終的にはブノワ家の人脈を集って、各部屋を改装することも視野に入れている。
まるで城をカスタマイズしているみたいで面白い。倉庫に入っては古びたインテリアを発掘し、磨き上げる。田舎娘たちには、そんなことが楽しかった。
はしゃぐ二人のいる部屋にクロードが入って来る。
「今日、ここを発つ。忘れ物はないか?」
「パパを迎えに行かなきゃ。王宮で婚約に立ち会ってもらうの」
「そうだな。リエッタはもう準備出来たか?」
「うん。親にも言っておいたよ」
「これから三日かけて王都へ帰るぞ」
荷馬車に後方支援隊の荷を運び込む。ララは隊長の婚約者として、いつの間にか隊員の一員のようになっていた。
隊列は一度、ヤンの家を目指す。
ヤンも荷馬車に乗って待っているところだった。
「パパ!」
「おうララ、何だか久しぶりだな」
ララはヤンの荷馬車に乗り込もうとしたが、ヤンに止められた。
「こっちに乗らなくていいよ。お前はクロードと一緒に居ろ」
ララは少し顔を赤くする。
「えっ?どうしたのパパ、急に……」
「俺が必ずお前を守ってやれるとは限らないんだ。騎士に囲まれていた方が安全だろ」
何が彼の心を変えたのかは分からないが、ヤンはどうやら父より婿に娘を守る義務があると考えたようだ。
「……そうね」
「王都に帰れば、またしばらく街での生活が待っている。それから、婚約の儀も」
「うん」
「その時に、結婚のことも話し合わないとな」
ララはじんわりと目頭を熱くする。
やっと熱意が伝わったのだろうか。リエッタも嬉しそうにララを覗き込んでいる。
隊列を組み、一行は王都へと帰る。
ララは、再びブノワ邸で貴族修行をすることを考えた。考えることが多すぎるが、三日も馬車に揺られていれば、考えもまとまるだろう。
何度か宿に泊まり、最後の宿に泊まった晩。
ララはリエッタと同じ部屋で寝た。すぐ隣の部屋ではヤンとクロードが静かに話し込んでいる。
「やっぱり、結婚するには王妃が邪魔なんだよな」
とヤンは切り出した。
「俺はよぉ……つい娘のことになるとカーっとなって、目の前のあんたに八つ当たりしちまうが……それはちょっとあんたに甘えてたからだと最近思うんだ」
クロードは、ようやく認められたのだと嬉しさにむずむずする。
「……気になさらないで下さい」
「いや、だからさ。クロードを責めてもしょうがない、周りを変えて行かないといけないと思うんだよ。一番は、王妃だ。何だってあいつは、クロードに執着するんだ?」
クロードは静かに言った。
「顔……なんじゃないですか」
「顔が好きってだけであんなに執着するか?例の賊もあいつの差し金だろ。突飛な意見だが……王妃はもしかして、ララどころかクロードすら始末するつもりなんじゃないのかね?」
クロードは、少しぞっとする。確かに、その可能性は──あることにはあるのだ。
しかし彼はそれを認めたくなくて、はぐらかした。
「まさか……私を殺して何になるというんですか」
「んー。クロードはまだ18歳だし貴族だから、恋愛のもつれについて詳しくないと見たぞ。あのな、相手に執着する奴らの中には相手を自分が支配したいがために……いや、支配の証として殺しにかかる奴がいるんだ」
「……!」
「そういう輩とは、なるべく顔を合わさない方が良い。ほとぼりが冷めるのを待つんだ。もしモルガンが許すのなら、結婚式なんかは田舎でやった方がいいかもしれん。相手を不用意に刺激しないためにも」
クロードは静かに考える。
「……確かにそうですね」
「貴族の慣例ってのがあるから、全部を変えるのは無理だろうが」
外は風が吹いている。
がたがたと激しい音がした瞬間、クロードは〝別の音〟を察知した。
「……来る」
ヤンは彼の声に問い返した。
「何がだ?」
クロードはそれに答えず、剣を抜くとそれを窓の下へと叩きつける。
くぐもった声がし、クロードはそのまま階下へ飛び降りた。
がつんと音がし、宿泊中の騎士たちがバタバタと宿の窓を開け放つ。
「敵襲!」
クロードがそう叫んだところで、階上から叫び声がした。
ララとリエッタの声だ。
「……!くそっ」
うかつだった。音でおびき寄せてから、ララの部屋を襲撃する段取りだったらしい。
クロードが階段を駆け上がると、ヤンが騎士風の男に枕を振り回しているところだった。
「ララ!」
ララはヤンの後ろで腰を抜かしている。
クロードはヤンと賊の間に滑り込み、応戦した。
……が。
相手と剣を交えた瞬間に彼は悟った。
(こいつは──ただの賊ではない!)