48.デジレ、到着
それから一週間後。
デジレは王都カロンに帰って来た。
何とも重たい気分だ。直接自身でララとやらに手を下した方が、いくらか気分はマシだったかもしれない。
あれ以降、手下からは何の反応もない。そのことが特に、デジレには胃が痛かった。
(多分……全て失敗)
パメラにそそのかされ、気が動転していたのもあって彼女は失念していた。
ララとやらを傷つけても、伯爵家の方が了解なら、そのまま彼女はクロードの妻になる。
殺されたとあれば葬儀などが行われ、噂が駆けまわって大事になるであろう。
もっといい方法が、本当はあったはずなのだ。
デジレは賊を雇って、今まで何もかも暴力的に解決して来た。しかしそれはデジレと揉めた相手であったから、攻撃された方は心当たりがあるから一定の脅しになるのであって、いきなり見知らぬ男にぶん殴られたところでララ自身にまるで心当たりがないなら、それは単なる「事故」として処理されるのだ。
どちらにせよ、婚約を破棄させるまでは行かないであろう。
(馬鹿だわ、私)
恋に浮かれて、とんでもないことをしてしまった。
(別の方法を考えるのよ。別の……)
それでもデジレはクロードを諦め切れない。自身を馬鹿と認めつつも、欲望に執着するたちであった。
王宮に帰って来ると、早速オレール三世が出迎えた。
「デジレよ、大事な話がある」
デジレは身構えた。
「何、そう固くなるな。めでたい話があるんだ」
デジレは愛想笑いを浮かべ、オレール三世に促されて部屋に入った。この夫はいつもまるで本音を話さず、常に不穏な秘密を抱えているように見える。
「……後方支援隊を新設した」
デジレはどきりと心の臓を弾ませながらも、さも嬉しそうに頷いて見せた。
「まあ……そうでしたの」
「我が国の悲願だったんだ。何せ、パンプロナ公国が戦場をうろつくおかげで、物資が敵国に溢れ返っていたものだからな」
デジレは立ち眩みそうになった。
「……は、はぁ」
「困っていたんだよ。だからどうしようかと考えていたら、マドレーン男爵家から農地を融通しようと持ちかけられてね」
「……」
「しかもその男爵令嬢は、ブノワ伯爵家のクロードと婚約する予定と言うではないか。ちょうどいいので、クロードは後方支援隊隊長としてその任地についてもらったんだ」
「……」
「で、だ。彼らはそろそろ婚約パーティーを行うことになっている。私も世話になっているものだから、王妃である君にも、王宮で二人と一度面通ししてもらいたいと考えているのだが」
デジレは歯噛みした。
やはり婚約話は進んでいたのだ。賊からの攻撃など、婚約を阻む事象にはなり得なかった。
しかも、こうして王の信頼まで得ている。
相手の方が何枚も上手だ。
デジレはふつふつと腹の奥が煮え返るのを感じた。
「面通し……どのように?」
「後方支援隊創設の記念と称して、王宮でもパーティーを行おう。そこで会うのだ」
「そう……ですね。それがいいわ」
そう言いながら、デジレの心の中に呪詛が去来する。
(誰のものにもさせない……かくなる上は、クロードもろとも……)
オレール三世は無表情のデジレににこりと笑いかけるが、その様子をつぶさに観察する。
デジレの動揺と呪怨が痛いほどに伝わって来る。王はその表情を見てひやりとした。
(こりゃまずいな……下手をしたら、醜聞どころの騒ぎじゃなくなる)
それこそ、ララどころかクロードすら殺しかねない危うさを感じた。
オレール三世は、若干今までの自分の後手な対応を悔やんだ。しかし時は巻き戻せない。
デジレを部屋に帰すと、オレール三世は諜報部を呼んだ。
「そろそろクロードたちが調査を終えて帰って来る。手練れのクロードはともかく、ララを守るべく人員を配置しろ。特に、村からカロンまでの街道を」
「……かしこまりました」
「賊の動きも把握しろ。叩ける賊は、今の内に叩け」
「はっ」
恋とひとことに言っても、淡いものから過激なものまで様々ある。
もしもそれが、国家の安寧すら脅かす爆弾になり得るとしたら──
「……かつての王が、猟城として使っていた古城があったな」
王の呟きに、諜報部員は首をひねった。
「は、はぁ」
「あそこを今の内に掃除しておけ」
「かしこまりました。しかし、なぜ……」
「いいから。特に寝室を念入りに掃除せよ。それからあいつが喜ぶような暇つぶしも用意するんだ。分かったな?」
オレール三世はそう言って、再びいつもの公務へ戻って行った。