46.女の友情
旧マドレーン邸に夕闇が迫りつつあった。
ララは窓から夕陽を眺めながら、少しそわそわと周囲を見回す。
(もう、家には帰れない……よね?)
そんな時。
「ララー!」
リエッタがララのいる部屋に走り込んで来た。
「騎士たち、野外でこれから風呂入るってさ!」
「!!」
ララは真っ赤になる。リエッタは嬉しそうにはしゃいだ。
「これも後方支援隊の訓練なんだってよ。確かに疫病の予防にもなるし、戦場であっても風呂は入るべきよね!」
「……」
「ララ、どうしたの?顔真っ赤」
「やっぱり帰った方がいいかしら……」
「何言ってるの。せっかくだから私たちも湯浴みしない?」
「リ……リエッタの馬鹿!」
ララは震える声で叫んだ。
「こんなに若い男性がいっぱいいるところで、湯浴みなんか出来……」
「あ、言い忘れてた。この邸宅、お風呂場あるらしいよ。女子はそっちに入れるってさ」
「もう……。それ、早く言ってよ……」
「だから、一緒に入ろうよ」
ララはようやく笑った。
「そっかぁ……リエッタと一緒にお風呂に入るの、久しぶりだね」
「うん!」
「お風呂場どうなってる?」
「騎士さんたちが、もう掃除してくれたってさ」
二人は探検がてら、風呂場のある一階に降りて行く。
一階は玄関が開け放たれ、台所からリレー方式で鍋の湯を外に持ち出しているところだった。
遠くの川岸では、大きな樽に沸かした湯をどんどん入れている。川から水を汲んで来て温度を調節しながら、裸の騎士たちが次々と入浴していた。
それをぽかんと眺めていると、二人同時に背後から首根っこを掴まれる。
「……こんなところで何をしている」
「わっ、びっくりした!」
二人の服を引っ張ったのは、クロードだった。
ララは彼を見上げてはっとする。
クロードは既に、風呂から上がった後だった。
「ク、クロード。もう入ったの?」
「ああ。隊長だから、一番に……」
ララは、そう呟いた湯上りのクロードにうっとりした。いつもの黒い髪が濡れているし、頬は上気しているし、少し汗ばんで息も荒い気がする。これぞ眼福である。
「別の男の裸なんか見てるなよ。ほら、君たちはあっち」
背中を押され、風呂場に直行させられる。
磨き上げられた風呂には、暖かい湯気を上げた湯船があった。
「わ!広ーい」
「私がここで見張っておくから、ゆっくり浸かっといで。何かあったら声をかけてくれ」
「はーい」
ばたんと風呂場を閉め、クロードは扉の前に座り込んだ。
そして、廊下を行き交う騎士たちに睨みをきかせる。
ララはずっとリエッタと話したいことがあった。
「ねえ、結婚したらどうしようかな」
リエッタは微笑む。
「ララはしばらく村にいるんでしょ?」
「そのつもり。アランもここに来てくれるといいね」
「今日、クロードが郵便屋さんに手紙を出してくれたの。アランに協力要請を出したんだって」
「アランも入隊したら、一度リエッタのお父さんにも話をしないとね」
「実はもう、したんだ」
「へー。どうだった?」
「こっちに来る分には、どんな男でも構わないんだって。どうせ最後には農作業させるから」
「ふふふ。結婚のハードルが低くて良かったわね」
「ララは……あれからどうなの?」
ララは少し沈んだ。
「パパは……やっぱり、心の奥底では賛成じゃないみたい」
「えー。ララ、こんなに頑張ってるのに?」
「でも私、絶対クロードと一緒に生きたい。もし駄目なようなら、ジルベールさんみたいに……」
二人は静かになった。
「私、ララとおばあさんになるまで一緒の村で暮らしたいんだけどなぁ」
「リエッタ……」
「旦那さんも大事だけど、親友も大事だよ。どっちもさ、なかなか手に入らないものじゃん?」
「……うん」
「私もヤンさんを説得するから、駆け落ちなんか絶対やめてね。誰かを不幸にして得た幸せなんて、ララには似合わないよ」
ララはずきりと心が痛んで頷いた。
「そ、そうだよね……」
「みんな色んなことを言うけど、それはララに幸せになって欲しいからなんだよ」
「……」
「一番いい方法をまた考えよう。私に出来ることがあったら言って」
「うん!」
女二人はにっこりと笑い合った。
風呂から上がると、クロードがララの肩を抱いた。
「ララとリエッタの部屋を用意してある。今日はそこに泊って行くといい」
リエッタは湯上りの二人をじいっと見つめると、
「私、しばらく台所にいるからさぁ」
と訳知り顔で笑う。クロードとララは少し赤くなった。
「二人で使ってていいよ、その部屋」
「リエッタ……その、どうして台所に……?」
「ふん、白々しいったら。親友が気を利かせてあげてるんだから、これからの時間を、素直にありがた~くなおかつ有効に使いなさいよねっ」
クロードとララは、目配せして互いの出方を待つ。
リエッタはダッシュで台所へと駆けて行った。