44.料理人募集中
次の日からクロードはララと馬に乗り、村中を調査した。
広大な麦畑。
そこに点在する小作農の小屋。
川沿いにある粉ひき水車。
近隣を一周し、旧マドレーン邸に着く。
内部は、兵士の人海戦術のおかげでずいぶんと綺麗になっていた。彼らは既に建物内部の調査も終えていた。
クロードはララを馬から下ろすと、疲れた体で二人、旧マドレーン邸に入って行く。
「ねえクロード、台所はどこ?」
「一階の奥だ」
ララと一直線に台所へ向かったが、台所は思ったよりも狭かった。
「他の部屋は広いのに、ここは意外と狭いわね。ここを拠点にするなら、もっと台所を広げなくては。野戦食を作るんでしょう?」
「ああ……そうだな」
「一階を全部台所にしてもいいんじゃない?」
「それを叶えるには、大工の手配が必要だ」
「あと、コックも必要よ。兵士を料理人にするわけにもいかないと思うし」
「ああ……そういった人員までは考えていなかった。でも、確かにそうだな」
ララは後方支援隊の一員らしく、必死にアイデアを出そうとしていた。クロードはそんな彼女の背中を微笑ましく眺める。
と、その時。
「……ララ?」
聞き覚えのある声が後方から飛んで来た。
「あっ、リエッタ……!」
リエッタが佇んでいた。なぜか顔を赤くして、周囲をきょろきょろと気ぜわしく眺めている。ララは駆け寄った。
「こんな辺鄙なところまで、よく来たわね!馬で来たの?まさか、歩いて……」
「えーっと、ララ……ここに、いくつかまた馬車が来たよね?」
「うん。そうみたいだけど……どうしたの?」
「こ、ここに……その……アランは来てないの?」
ララも、ちょっと赤くなった。
「来てないわよ」
「……そう。もしかしたら、と思ったんだけど」
リエッタが肩を落とす。クロードがやって来た。
「どうした、リエッタ」
リエッタはうつむいて、少し口を尖らせた。
「アランが……真珠と一緒にくれた言葉」
ララとクロードは顔を見合わせる。
「すぐにそっちへ行くから……この真珠と、待っててくれって」
リエッタの首には、あの日渡された真珠がころころと輝いている。
「あいつ、そんなことを言ってたのか……」
「やっぱり、気休めで言ったのね……いきなり使用人を辞めることなんか出来ないもん」
クロードはすぐさま閃いた。
「……呼ぶか?」
リエッタは目を見開く。
「へ?」
「アランを、ここに」
ララも、途端に顔の曇りが晴れ渡った。
「隊長、いいの!?」
「渡りに船だ。隊長になって人事権があるから出来る。本部に、コックの募集をかけよう。幸い、ブノワ邸には料理人が三人いる。その内の一番若いのを融通してもらうとするか」
リエッタはぽかんとする。
「えっ、そんな……悪いよ」
「じゃあ、やめる?」
「!おっ……。お願いします」
クロードはリエッタをからかって、くすぐったそうに笑った。
「タイミングが良かった。今、ちょうどそんな話が出たところだったから」
「そうなの?」
「ここの一階を台所にして、野戦食を作れるようにしようかと……でも、それを作る人員がいなかった。兵士を料理人にするわけにはいかないし」
「そっか……」
「全てを調査し終えて陛下に報告書を提出する際、それも頼もうと思うんだ。アランにも聞いてみる」
リエッタはようやく笑顔になった。
「アランっていつも……すぐに思いつきを言ってしまうところがあるの」
「ああ、分かる」
「感情のままどんどん動いちゃうから、結構見てて危なっかしくて」
「ははは」
「だから……気持ちをどんどん言ってくれるのは嬉しいんだけど、いっつもちょっと……うっすら不安がつきまとっていて」
ララは親友の、どこか乙女な表情をどきどきと眺めた。
そう、彼女も適齢期とされているのだ。そして、一緒に生きる相手を探している。
「じゃあリエッタも、後方支援隊に入れるか……」
リエッタはクロードのひとり言で、一気に現実に引き戻された。
「えっ!?」
「君も、ブノワ家で色々調理の腕を仕込まれただろう。この際だから、アランと一緒に作業に従事して貰いたい」
「で、でもまだ結婚したわけじゃ」
「……時間の問題だろ?」
リエッタは真っ赤になる。
「そ、そうかな……」
「アランはちょっとせっかちなところがあるが、いい奴だぞ。男からもお勧め出来る」
「でも……」
「双方が掛け値なしに互いを好きでいられるっていうのは、奇跡的なことだと思うけど」
クロードのその言葉に、リエッタのみならずララもきゅんとする。
リエッタはその言葉を奥歯でぎゅうっと噛みしめた。
「ず……ずいぶんアランを推すじゃん……」
「隊長としては、情で繋がっている仲間というのは使いやすい」
「なっ、何ですって?私たちは、ていのいい小間使いっていうわけ?」
「……そういうわけだ」
「!またからかって……」
けれど、リエッタは楽し気に笑っている。
「ねえ、私が手伝えることとかってある?」
「そうだな。ヤンの周辺にいる小作農がどれぐらいいるのかとか、小作農の現状みたいなのの調書を取らせてもらいたい」
「いいわよ。報酬はお昼ご飯ね」
「もう、リエッタったら」
様々な疑念はあれど、計画は順調に進んでいる。
パトリスがやって来た。
「クロード殿。明日郵便屋が来ます。ここで一度、陛下に報告書を提出致しましょう」
「ああ、そうだな。色々あり過ぎたから……」
クロードがララとリエッタを振り返る。
「どうする?今日は泊まって行くか?」
「いいの?」
「騎士が詰めている分、あっちよりは安全だ。それに……」
クロードは顔をしかめた。
「兄上がララに何を吹き込むか、予想がつかないからな……」