43.ふざけんなよ
「諦めんなよ」
とジルベールは言った。
「正直、仕事や生活なんてのはどうにでもなる。物乞いしてでも、盗んででも、何とかなる。けど、その時の自分や相手の気持ちっていうのは、後からどうあがいても、二度と手に入らないものなんだよ」
場が静まり返った。
「彼女を諦めたら、お前は死ぬまでそれを引きずるんだ。よかれと思って手放したら、死ぬまでお前が地獄を見る。もっと我儘を言ったらどうだ。諦めるっているのは、自分の人生を手放すことだぞ」
クロードはぐるぐると悩んでいた頭の靄が、その一言で一気に晴れた。
そうだった。
何もかも──ジルベールのせいだった。
「はぁぁぁぁ!?なーにが〝我儘を言え〟だ!馬鹿兄貴!」
クロードは途端に怒り狂った。ララはぽかんと我を失った彼を見上げる。
「元はと言えば、ジルベールが我儘を通したせいでこうなったんだろうが!!もっともらしいこと言ってんじゃねぇ!」
クロードの口調が突然変わったので、ジルベール以外の全員が慌てた。しかし、尚もクロードの怒りは収まらない。
「ふざけんなよ!あんたがいなくなったせいで、俺が嫡男にならなくちゃいけなくなったんだ!ララを見つけても、親が家にこだわって、ちっとも話が前に進まなかった!ようやく解決策を見つけたと思ったら、こんなところで攻撃されて──いつだって遠回りさせられるんだ、あんたのせいで……!」
一方、ジルベールはにっこり笑ってこう言った。
「人のせいに出来るようになったなんて……成長したなぁ。クロード」
途端にクロードは勢いを削がれた。
「は?」
「さっきから、君の態度に違和感があったんだよ。クロードは、大きな問題を全部ひとりで解決しようとしてたよね?……で、〝自分のせいだ〟って、自分を追い詰めてたよね」
「……」
「全部、お前のせいなんかじゃないよ。敵が悪いんだ、敵が。そうだろ?ヤンさん」
ヤンはそう話を向けられ、どこか居心地悪そうに肩をすくめる。
「ま、まあ……そうだけどよぉ」
クロードは何か考え、ララの頭頂部を見ている。
ララはその視線に気づいて顔を上げると、彼を元気づけるようににっこりと笑った。
「私……あなたを助けたくてここに連れて来たけど、やっぱり駄目だった?」
クロードはじんわりと鼻を赤くする。
「……そんなこと……ララにはここまで、たくさん助けてもらって……」
「いいよ。駄目だったら処罰覚悟で、また陛下に撤退を直談判するから」
「しかし……」
「騎士様ってひとつ間違うと死んじゃう職業だから、どうしても何だって後戻り不可って考えがちなのよね。大丈夫よ……この計画は失敗だったみたいだから、また別の案を考えましょう。お互いの最善の生き方を探って行きましょうよ、せっかくあちらの家族とも仲良くなれたんだし」
ヤンは話の腰を折られ、後頭部をボリボリと搔いている。
「なあララ。やめようって、こんな奴……」
「嫌よ。私、きっとクロードと生きられないって決まったら、意味のない人生だったって思いながら死ぬことになるんだわ」
「ララ……」
「クロードの代わりなんていない。こんなに強くて格好良くて情けない人、絶対に手放したくないの」
ジルベールは「あはは」と笑って、ブランディーヌは「うんうん」と微笑ましく頷いている。
クロードは呆気に取られてから、ふわりと笑った。
彼の中に堆積していた澱が、どこかへ流れ去ってしまったように。
「そうだな。俺のせいじゃない……」
「そうそう」
「敵を倒すべきだ」
「それが正解よ」
「パンプロナ公国か……あの国が参戦せずに物資を敵国に横流ししているという情報を得たのは、確か諜報部だったな……」
かつて騎士団にいたジルベールが、急に軍人の表情になって言う。
「俺がいた頃から噂はあった。いわば公然の秘密だったんだ」
「そうなのか……実は先頃、デジレ様の妹君がパンプロナ公国に嫁入りしたんです」
「ちょっとそれは注意しなきゃな。デジレ様から、情報が流れて……ああ、そういうことか。ならきっと王妃は、その時に後方支援隊の話をしたんだろうな。で、パンプロナ公国の誰かが賊を使って隊の攪乱を図った」
「あり得る話ですね」
「まさか俺が隊より早く旧マドレーン邸に来るなんて、賊は思いもしなかったんだろう。しかもこんな絵描きの成りした男が、元騎士だったなんて」
「とりあえず……逮捕出来たわけですが」
「拷問で真相を吐いてくれればいいんだがな」
とりあえず、賊らしい賊は一度返り討ちにすることが出来た。
問題は今後だ。
「陛下に手紙を送ろう……ララが攻撃されたことが、どうにも引っかかる」
「もっと兵を村に送り込んでもらったらどうだ?監視の目を増やせば、咄嗟の攻撃にも対処しやすくなるだろう」
「なるほど……」
今は悩むより早々に村を調査し、次の刺客が来る前にララと無事に王都へ戻る方法を考えるべきだ。
クロードは覚悟を決めた。
(絶対、敵の思い通りにはさせない)
村を守り、この国の後方支援形態を確立する。
それが一番手っ取り早く、二人ないしは国を助ける手段なのだ。