41.賊の目的
パトリスに連れられ嫌々戻って来たクロードだったが、
「どうも後方支援隊を潰そうとする一派が、パンプロナ公国にいるそうだな」
と突如ジルベールが言い出したので彼は驚愕した。
「……兄上。何か知っているんですか?」
「少し前のことだ。俺はパンプロナの国境付近の宿に泊まった際、聞いてしまったんだ。隊を襲撃する前にベラージュ村のマドレーン邸を偵察に行こう、と賊が話しているところを」
クロードは訝しんだ。
「そいつらはそんな大事な任務を、なぜ宿屋で話す?軍人ならば、そんなことは絶対にしないはずだ」
「俺もそこが引っかかってここへ来てみたんだよ。それに……あいつら、クロードの話もしてやがったから」
「私の……?」
「ああ。まずはクロードの婚約者のララ・ド・マドレーンを襲撃すると」
「!!」
「これは憶測だが、賊はクロードを動揺させて後方支援隊の動きを止めようとしていたんじゃないか?ま、お前のことだから、とっとと敵は返り討ちにしたんだろうが」
クロードはじっと考え込んだ。
パンプロナ公国の奇妙な動きと賊の襲撃。しかもその全員がまるで後方支援隊と勘違いさせるように、騎士の格好をさせられている。彼らはきっと、ただの泥棒などではない。
「このことを、陛下にも……」
「その方がいいと思うね」
「くそっ……私だけならまだしも、ララにまで手を出すとは……」
ジルベールは静かに弟と向き合った。
「その、ララさん……婚約者って、どんな子?」
クロードはあからさまに口をへの字にする。
「兄上には言いたくない」
「ま、いいけどさ。いい子なの?」
「……いい子だ。とても」
「……ならよかった」
ジルベールは微笑むと、遠くのおんぼろソファでくつろぐブランディーヌに声をかけた。
「おい、あの女嫌いの弟が婚約だってさ。今日は祝杯を挙げよう」
「……はい?ここで?私、そこに転がってる賊の飲みかけなんか飲みたくないんだけど?」
「あ、そっか。おいクロード、どこかにいい酒場はないか?」
クロードは即答した。
「ない」
「つれないなぁ。遠回しに〝ご飯奢って〟って言ってるんだけど」
「……」
クロードは兄のペースに巻き込まれないよう、必死で無視を決め込んだ。
だが、やはり気になる。
なぜパンプロナ公国の賊が、隊長のクロードはおろか、その婚約者であるララのことまで知っていて、彼女を襲撃したのだろうか。彼らはどう見ても軍人ではなかった。そこにもクロードは引っ掛かっていた。プロのスパイを送り込まず、素人同然の賊を雇う意味──
答えはすぐに導き出せる。恐らくスパイを動かせない事情があるか、スパイを動かせない立場の人間が、こちらを傷つけようとしているということなのだろう。
「まさかとは思うが……嫌な予感がする」
クロードはそう吐き捨てると、いてもたってもいられなくなった。
「パトリス、ちょっとここを頼む」
「はい……?」
「悪いが、私はしばらくララのそばにいることにした」
パトリスも、一連の話の中で思うところがあったようだ。
「今はパンプロナ公国に、デジレ様が……」
「私も同じことを考えたんだ。ララのことに関しては、王妃が関わっている可能性があるな。だから軍人までは動かせなかったんじゃないか?」
「もしかして、パンプロナ公国側は事前にクロード殿の婚約準備を知っていたのでしょうか?あの鎧は他国への横流しを禁じられており、我が国の高位の者しか用意の出来ないものです。しかしながら、王妃陛下なら可能……」
「憶測で語っても仕方のないことばかりだが……念のため、しばらく私はララの家からここへ通う。部下の前で言うことではないかもしれないが、今の私にはララが一番大事なんだ」
パトリスは理解を示し、力強く頷いて見せた。
「そりゃそうです。誰だって、家族が一番大事ですよ」
クロードは微笑む。
「ありがとう、パトリス」
「ところでジルベール様の方はどうします?仕事の邪魔なんですけど」
「あれは一応、大事な証人だからな。本当は関わり合いになりたくもないが、逃げないように見張ってくれ」
「はい」
「兄のおかげで複数賊が捕まえられたのは幸いだった。三人もいれば証言が取りやすい。ああいう輩はどうせすぐにしょうもないことで仲間割れを起こして、ベラベラ喋り出すだろうからな。扱いやすい」
クロードは屋敷を出ると、再び馬に跨った。
きちんとララにも事情を説明し、身を守っていてもらう必要がある。
(また、何があるか分からない。彼女にも話をして、状況を知って貰わねば……)
一方、ジルベールは二階の窓から弟の進路を見守っていた。
「ふーん。婚約者とやらの屋敷はあっちか……」
彼は先程の部屋へ戻り、ブランディーヌに声をかける。
「おい、ご飯が食べられそうなところを見つけたぞ」
彼女は大きく欠伸をした。
「あら、食堂でも見つけたの?」
「ああ。とっておきのレストランを」
「行きましょう。私もう、お腹ペコペコ」
「ちょっと時間がかかるが、いいか?」
ジルベールはその足でパトリスの元へ行き。こう言った。
「おーい、クロードの向かったララさんの家とやらに連れて行ってくれよ」
パトリスは、かつての先輩騎士及び上司の兄貴に反発することなど出来ない。
「あ、はい……」
しかもクロードから彼らの監視を言い渡された以上、ただ放逐するわけにもいかなかった。
パトリスはしかたなく騎士のひとりに御者を任せ、荷馬車に二人を乗せてやると、ヤン邸へと送り出した。