39.死ぬからこそ
次の日の朝になると、後方支援隊の一団が街道をやって来た。
クロードはそれを見計らって街道沿いに待機し、出会い頭に昨晩の事情を説明する。
隊は旧マドレーン邸には行かず、ヤンの邸宅へと歩き出した。
犯罪者の引き渡しが行われ、今来たばかりの隊の一部が例の騎士風の侵入者を王宮に連れ帰る。
この土地の権利者である女男爵マドレーンが傷つけられたとあれば、ことは深刻だ。
「いきなりひどい騒動ですね、クロード殿」
隊を率いて来たクロードの部下、パトリスが馬から降りてそう言った。彼はエルネストの甥であり、かつて兵糧番に配属されていたひとりだ。
「賊は一体、何で騎士の格好なんかしていたんでしょう」
「……住民が、気になることを言っていた。昨日、騎士たちが旧マドレーン邸に向かったと」
「騎士の格好をした賊が、わざわざ一度旧マドレーン邸に行ってからこちらへ戻って来たということですか?」
「……騎士の格好というのが引っかかる。あの賊、うちの隊の格好に合わせて来たみたいじゃないか」
「事前にこの村に騎士が来るという情報を仕入れていた、ということになりますね。しかもあれは我が軍の以前使っていた鎧ですよ。どこで手に入れたと言うのか……」
「旧マドレーン邸を捜索しよう。パトリス。私は少し私用があるから、先に行っててくれ」
「かしこまりました」
パトリスと別れ、クロードは重たい気持ちでララの部屋へ向かう。
ララはあれからずっと自室にこもっている。怯えた表情でベッドに座り、包帯を巻いた自らの手をさすり続けていた。
「……痛むか?」
ララはびくりと身を震わせ、クロードを見上げた。
「すまない。もう少し私が早く向かっていれば……」
ララは、言葉もなく視線を逸らした。
「……ごめんなさい。少し、ひとりにして」
「どうした?あれから様子がおかしいぞ、ララ」
ララは肩を落とすと、覚悟めいた顔で彼にこう問うた。
「クロードは、人を殺したことがあるの?」
クロードは面食らった。敵を殺す。それが彼の職務だ。この質問をするということは、彼女がそのことをまるで理解していなかったことの証だ。
その質問を遠ざけたところで、二人の関係は進まない。
「ああ」
クロードは、あえてこともなげにそう答えて見せた。
「戦場では、殺さなければ殺されるんだ」
「……」
「国がなくなったら、土地が蹂躙されるぞ。みんなが苦労して築いた財産も家族も、全て取り上げられて敵国の言いなりにさせられるんだ」
「……」
「それを防ぐのが我々の役目だ」
ララは理屈は理解しているものの、感情が追いついて行かない。
「ごめんなさい。でもちょっと、怖くなったの」
「ララ……」
「夜のことで分かったの、クロードはとっても強い人なんだって。でも、そう思ったら……あなたは殺し殺される中にいるってことが、急に分かってしまって……。クロードは、いつか戦場で死んでしまうの?」
クロードは、この農民の娘に自分の仕事を説明していなかったことに気がついた。
「そうかもしれない」
「クロード……」
「でも……だからこそ、ララと一緒に暮したいんだ。分かるか?」
ララは溢れそうになる涙を堪えた。
「そ、そう……そっか」
「誰だっていずれは死ぬ。だからきっと、それまではなるべく好きな人と暮らしたいと願うんだ」
「……うん」
「いきなり騎士を理解しろと言うのは難しいけど……一緒に暮らして、少しずつ理解してくれればいい。そして二人でいられる毎日を、お互いかけがえなく思えれば」
クロードはそう言って、まだ包帯の白が痛々しいララの手をそっと受ける。
ララはようやく感情を溢れさせ、彼の肩に頭を預けた。
「うう……ごめんなさい。私、騎士のお嫁さん失格だわ」
「そんな風に思わなくていい。合格も失格もない。私はララといられるだけで幸せなんだ」
「本当?」
「もちろん。それにこれからは後方支援隊だから、また違った戦い方をする。私が戦場の最前線で剣で敵を殴ったり刺したりすることは、しばらくなさそうだ」
「言われてみれば……」
ララは徐々に笑顔を取り戻して行った。
「じゃあ私たち、毎日愛し合わなきゃ勿体ないわね」
「……そういうこと」
ララはぎこちなくクロードにしなだれかかると、軽く唇を寄せ合った。
それから彼の肩に腕を回し、甘えるように囁く。
「ねえ、今日は後方支援隊が来たんでしょう?これからみんなどこに行くの?」
「そりゃ、女男爵に所有地の規模を教えてもらうんだ」
「まさか、私も後方支援隊の隊員なの?」
「そうとも言えるな」
ララは自分の土地の境界をぼんやりと思い出していた。まず、測量といったところか。
「騎士の皆様にご挨拶しなければ」
「無理はするな。今日は休め、傷に障る」
「大丈夫。足は動くわ!」
「……いいから、ここで待っててくれ」
そう言いながら、クロードはララの金の御髪を撫でる。
この感触が、生きる糧。生きている証だ。
絶対に彼女を手放したくないし、彼女を傷つけたくない。彼女のいないところで死ぬわけには行かない。
クロードはその覚悟を新たにした。