38.刺客
ララはいつものベッドに横になり、うとうとと船を漕いだ。
王都は確かに刺激があって楽しかったが、やはり生まれ育った家が一番落ち着くものだ。
そう言えば、村人が騎士が数名やって来たと言っていたが……
(クロードはどうして、今日あっちに行かなかったのかな?)
きっと明日落ち合う予定なのだ。彼の性格上、仕事をすっぽかすことはあり得ないから、きっとそうだろう。
(……明日はクロードと旧マドレーン邸に行こうっと)
田舎特有の、虫や蛙が騒ぐ、静かなようで静かでない夜。
ララがすとんと寝に入った、その時。
ガタガタ。
小さな音がして、ふとララは目を開ける。
その瞬間、頬にひやりとした物が当てられた。
ララは驚き、咄嗟にその冷たいものを掴む。
その手に、鋭い痛み──
ナイフだ。
「あっ!」
ララが叫ぶと、その口を何者かの手が押さえつけて来る。頭上からくぐもった声がし、もうひとつの手がララの喉口を締め上げた。
部屋に見知らぬ誰かがいて、なぜか殺されそうになっている。
ララは薄れゆく意識の中、手の主を見上げた。
それは、全く見知らぬ騎士風の格好をした男だった。彼はララに馬乗りになり、彼女の柔らかい首を執拗に締め上げている。
「だ、誰……かっ」
ララがどうにかそう声に出した、次の瞬間。
ドンという衝撃音とびゅっと空を裂く音がし──気づけば目の前の男はベッドから斜めに倒れ落ちていた。
男のまろび落ちる音とうめき声がしたかと思うと、どすんとその体に馬上のごとく飛び乗ったのは、クロードだった。
「物音がするから来てみれば……貴様、何者だ?」
相手は答えない。
「……ララに何をした」
ララは、その冷徹な声色に総毛だった。
「……殺す」
初めて聞いた、愛する人の呪詛。
クロードは男に馬乗りになると、相手に見せつけるように月明かりの反射する剣を抜く。
「苦しまずにあっち側に行かせてやる……感謝しろ」
そこには月の光に照らされて青白い顔をした、正真正銘の〝氷の騎士様〟がいた。感情なく、短時間で敵を殺す。婚約者はそれを生業とする男なのだ。頭では分かっていたはずなのに、ララはその光景にぞっとした。
「ま、待って」
クロードの冷徹な視線が、邪魔だと言わんばかりにそう割って入ったララを刺す。
ララは怯えながらもこう続けた。
「殺したら、何者なのか分からないわよ。もっとそいつから情報を引き出しましょう」
するとクロードはようやく笑った。
「……確かにな。ララは賢い」
しかしクロードは、剣を収めず柄を反対に握り直した。
「じゃあとりあえず、動く気にならない程度にこいつを破壊しよう」
ララは、提言を瞬時に後悔した。
クロードは無言で、馬乗りになったまま侵入者の顔面を剣の柄で殴りつける。続けざまに、何度も何度も。
相手の男がついに痛みと恐怖に声を発し始め、口から血を流す頃には哀願し始めた。
「や、やめてくれやめてくれ……」
「ほー、この程度の拷問に耐えられないとは──騎士風の格好だが、お前、シャノワールの騎士ではないな」
そこに、ランタンを持ったヤンがようやくやって来た。
「おいおい、何の騒ぎ──うわっ」
「パパ!泥棒が入ったみたいなの」
クロードはその言葉に首をひねったが、
「彼女を襲ったのはなぜだ?」
そう尋ねると、あちらは〝それだけは言うまい〟という緊張感を醸し出す。
「表情管理がろくに出来ていない……賊か?」
相手の表情はランタンの灯りの中、回答よろしくころころ変わる。
クロードはため息を吐いた。
「確かに……泥棒かもしれないな」
「おいクロード、こいつをどうする?」
クロードはヤンに向き直った。
「家の外で監視しよう。幸い今は暖かいので」
「よし、小作農を叩き起こして監視させるか」
「明日、隊もこの村に到着する。連中も加われば、こいつから何か吐かせられそうだ」
クロードは慣れた手つきで賊を縄で縛り上げ、ヤンと運び出して行く。ヤンは尋ねた。
「おいクロード。こいつが賊だとしたら、辺りに同類がもっといるのか?」
「可能性はあります。家の住人を全員殺してから奪うタイプの賊もいますから」
「……おっかねーな」
「やはり閂錠を設置するべきですね」
ヤンは小作農を何人か叩き起こし、クロードと共に賊の監視に当たった。
ララは部屋の中でひとり、手に包帯を巻きながらじっと考え込んでいる。
(クロードの仕事は、きっといつもあんな風に命懸けなんだわ……いつだって、彼は命の危機にさらされている)
そう思うと悲しくなって来て、ララはほろりと涙を流した。