36.王妃の妹パメラ
手紙に書かれた詳細な情報を読みながら、パメラはデジレに言った。
「ふうん、後方支援隊……というものが出来るのね。そこにクロードは隊長として任命された。実質上の昇進。本部は──ベラージュ村」
「マドレーン男爵令嬢はベラージュ村に住んでいるらしいわ。名前はララ……」
デジレはその男爵令嬢を想像する。男爵家の娘のくせにクロードと釣り合うとモルガンが判断したとすれば、その娘とやら、よほどの金持ちか美人に違いない。
「ということは、クロードったらベラージュ村に引っ込むつもりなのね」
「クロード様の異動に、この男爵家がひと噛みしていることは確実ですわね」
「きっとクロードは誰かに入れ知恵されたのよ。そうだとしたら、マドレーン男爵とやらはよほどの知恵者ね。娘を伯爵家に嫁入りさせ、王が新しい部隊を作ることを嗅ぎつけて、ここぞと言う時に取り入ってクロードを自分の村に引き込んだのだから……」
それを聞くや、パメラはくすくすと笑う。
「ふふふ、ファン心理と言うものは罪深いですわねぇ、お姉様」
「……?何が言いたいの、パメラ」
「順序が逆ですわ。きっとお姉様から逃げたいクロード様とそのご一家が、田舎のご令嬢を探し出したのです。何かの折につけお姉様を振り切り、用事を作って田舎に引っ込めることが出来るように」
「……パメラ!」
痛いところを突かれたらしく、デジレは怒り狂った。
「何なの、パメラ!まさかあなた、私がクロードに嫌われているとでも言いたいのッ!?」
パメラは死んだ魚のような目で、姉の醜態を眺めた。
「……はい?」
「そんなことはないはずよ!だってあの人、誘えば来たもの!」
「誘ったら来た……?それって、命令に逆らえなかっただけでは?」
「冷徹な表情だって、私の部屋に来た時にだけは悩まし気に……それこそ官能的な表情になって……」
「……多分、彼はかなり困っていらっしゃったんですねぇ」
「でもっ、でもっ、何だかんだ誘えば来たのよ!彼だって男だもの、私に多少の下心があったはず──」
「話がループしてますわ、お姉様。まあ、とにかく……」
パメラは複数の手紙に目を通して呟いた。
「パンプロナ公国にとっては……この〝後方支援隊〟とかいうのはとーっても邪魔者ですわねぇ……」
デジレはふと、妹が闇の気配を纏ったのを察知する。
「……パメラ?」
「いえいえ、こちらの話ですお姉様。とにかく、婚礼の儀にお姉様がいらしたタイミングでこの情報が寄せられたのは僥倖です。まだ彼らは婚約の段階。マドレーン男爵令嬢との婚約を破棄させ、ベラージュ村の後方支援隊とやらの計画を阻止しましょう。そうすればクロード様は独身のまま、再び王都で暮らすことになるでしょう」
デジレは、妹の言葉をゆっくり噛みしめる。
「そ、そうね。まずは婚約だの結婚だのを止めなくては……」
「それは、後方支援隊の壊滅と並行して行うべきですね。クロード様が二度と王都を出て行かないように」
「え?あ、うん……」
「お姉様のことだから、どうせどこかのごろつき……いいえ、子飼いにしている暗躍部隊がいるんでしょう?」
「……なぜあなたがそんなことを知ってるの?」
「彼らに、ララを片付けてもらいましょう。体に傷でもつければ、体面を気にする伯爵家のこと。きっと彼女を放逐するわ」
デジレは妹の残酷な提案にぞっとしたが──クロードが誰かのものになるという恐怖には、抗えなかった。
「そうね……伝令を出すわ」
「早い方がいいわ」
「私も、もう帰ることにする。いてもたってもいられなくって……」
「じゃあここでお別れね、お姉様」
「……じゃあね」
デジレは何のためらいもなく妹の部屋を出た。
いてもたってもいられないというよりは──妹と二人きりでいることが、急に怖くなったのかもしれなかった。
(そういえばパメラ……パンプロナ大公と婚約してから、変わってしまった。妙に言動が毒々しくなったみたい)
婚約や結婚を経て女は大きく変わるものだ。
けれどここまで変わってしまうと妹ながら恐怖の対象となる。デジレは言いようのない、妙な胸騒ぎに囚われていた。