35.彼を愛する仲間たち
クロード親衛隊のお茶会──と言う名の尋問──は長いこと続いた。
クロードのプライベートを知れた親衛隊の熱で、どこかほくほくしている室内。だが最後にミーナが尋ねたことに、ララは背筋を伸ばすことになる。
「ところで、王妃陛下のクロード様へのちょっかいはどうなっているのかしら?」
ララはどきりと胸を痛めた。
貴族女性にまで、噂が広まっているのだ。そして同時に、周囲に知れ渡るほど見境なくクロードを引っ張り回していた王妃の振る舞いにも愕然とさせられる。
押し黙るララに、ミーナは寄り添った。
「今、クロード様は謹慎を言い渡されているんでしょう?王妃陛下ったら自分の目が届かないからって、彼を束縛しようとなさっているのね」
「……私も、とても心配なんです。クロードがこれ以上傷つくのは、見ていられなくて」
ミーナは親衛隊と頷き合った。
「私たちも、あれは看過出来ないと思って見ていました。クロード様は明らかに嫌がってましたもの」
「一応、これから私たち、田舎に引っ込もうと思うのですが……」
「それはいいアイデアね。でもこれから婚約、まして結婚なさるなら、ララ様は王宮の社交界に出て両陛下にお伺いを立てなければならないのよ」
ララは口を開けた。
「そ、そうなんですか……?」
「この国の貴族は伝統的に、王家への顔見せを重視するの。それから知り合いが何人いて、どのような繋がりがあるのかが貴族女性のステータスになるのよ。両陛下と仲良くなるのが、一番のステータス。でも王妃陛下があれじゃあ、きっとララ様は交友関係を妨害されるわ」
ララは暗い気持ちになった。だが。
「そう言う時は、是非我々を頼って頂戴」
「ミーナさん……」
「だって私たち、これからもずっとクロード様の幸せな姿を見たいんですもの。クロード様が結婚されるお姿……子どもを抱くお姿……出世街道を駆け上がり、隊を率いるお姿……ダンディなおじ様になるお姿……彼の尊い部分を、私の目が許す限り、全部見ておきたいの」
後半ミーナの願望が噴出したが、ララはそれを聞いて嬉しくなった。
「はい!ありがとうございます……!」
「それを邪魔されるようなことがあっては、我々だって困るのよ。目の保養も心の滋養も、日々の心の糧全てを奪われてしまう」
後半ミーナの欲望が噴出したが、概ねこちらに好意的な感情を向けてくれていることが分かり、ララはほっとした。
「でも、注意して欲しいのは──クロード様のファン全員が、我々のようにあなたに好意的というわけではない、ということよ。クロード親衛隊は実はそこかしこに秘密結社のごとく存在していて、〝結婚は絶対許さない派〟や〝女と目を合わせることすら許さない派〟……中には〝いつか結ばれるはず派〟〝前世は私と結婚していた派〟〝いっそ魂になって彼の魂に混在しようとするエターナル派〟というスピリチュアル系過激派さえ存在するの」
「ひっ……!」
「引くわよね?ファン心理はとっても難しいものなのよ。人の心の行き先は誰にだって強制出来ないから、傾向は細分化するわ。だからこそ、敵から身を守らなくては。ララ様、クロード様を心配している場合じゃなくってよ。そろそろ王妃陛下も帰っておいでになるし、自分の身を守ることもお考えになった方がいいわ」
ララはミーナの言葉を肝に銘じた。
「そうですね……色々教えて下さってありがとうございます」
「何かあったらすぐに我々を頼ってちょうだいね」
「あのー、ところで」
「何ですの?」
「この親衛隊は、一体どんな派閥なんですか?」
ミーナはにっこり笑って言った。
「〝推しの幸せ=自分の幸せ派〟よ!」
ララは、その哲学にきゅんと胸を引き絞られた。
「素敵。私も……その派閥に入れて貰っていいですか?」
「もちろんよ!ただし、クロード様を幸せにしてくれなかったら一生許さないから」
「……!」
「ほほほ、そんなに怖がらないで。ほら、あなたが幸せじゃないとクロード様が幸せにならないから……ね?」
誰をも傷つけず、幸福感を重要視しようとするのがこの派閥のいいところだが、やはり欲望に忠実過ぎるのが難だ。
しかし、このお茶会に出て良かったとララは心から思うのだった。
一方、その頃、パンプロナ公国では──
王妃デジレが〝クロードの結婚は絶対に許さない派〟から複数寄せられた手紙をまとめて受け取り、怒りで震えていた。
パンプロナ公国に滞在中、なんとクロードが謹慎の身でありながら、ある男爵令嬢と婚約に向けて動き出したと言うのだ。
謹慎を言い渡したのが仇となった。油断した隙に、モルガンが婚約者候補を見つけ、家に呼び寄せたと言うのだから。
デジレは手紙をぐしゃりと握り潰し、そばにあった花瓶ごと壁に叩きつけた。
物凄い音がしたので、妹のパメラが従者と共に部屋へと駆けつける。
「お姉様!どうなさったの?」
「どうもこうもないわよ!」
デジレは人の目も気にせず、感情のまま怒り狂った。
「クロードは私のものなのよ!なのに、なのに……泥棒猫が来て、婚約ですって!?」
「お姉様、何を言ってるの?落ち着いて……」
「式も終わったし、一刻も早く帰るわ!早く行かなければ、私の愛しい人が攫われてしまう……!」
姉から氷の騎士様の話を散々聞かされていたパメラは、事情を察知した。
「待ってお姉様。その前に……計画を練りましょう」
デジレの時が止まった。
「計画……?」
「そうよ。お姉様が感情のまま彼を謹慎させたから、逆に婚約の隙を与えてしまったのでしょう?」
「パメラ……」
「破談に追い込むにはどうしたらいいか、まずはよく考えましょう。動くのはそれからでも、遅くない」
デジレは妹の提案に、我に返った。
「そう……よね。私ったら、いっつもせっかちで嫌になるわ」
「お姉様の悪い癖だわ。それで?相手の女はどんな奴なの?」
姉妹は複数の手紙とにらめっこしながら、とある男爵令嬢の情報を集め始めた──