34.親衛隊のお茶会
あれから2週間後。
ギュイ伯爵夫人ミーナから手紙の返事があり、ララは初めて他家のお茶会に参加することが決まった。
リエッタや執事らを伴い、ララはいつもの荷馬車ではなく、ブノワ家の豪華な馬車に乗る。
ギュイ伯爵家は街の中にあった。領地を持たない伯爵家の中でも彼らは王宮の近くに居を構えているため、ブノワ邸より小さな屋敷に住んでいた。
ギュイ邸に到着し案内されて屋敷の中に入ると、既に応接間は見知らぬ女性で溢れ返っていた。
ララは度肝を抜かれる。ミーナは、誰が何人来るなどといった情報は、手紙に書いていなかったのだ。
お茶会とはこんなに賑やかなものなのか……?とララがひるんだ、その時。
「皆さま、ララ・ド・マドレーン嬢がお越しよ!」
その鶴の一声が空間を裂き、ララは次々腕を取られ肩を抱かれ、貴族の娘たちによって奥まった特等席に押し込まれた。
(こっ……これは一体……!?)
ララが目を白黒させていると、その周囲を紅茶とお菓子と女性らが取り囲んだ。
「さあ、取り調べを始めますわよ!」
そう言いつつ、女性の輪の中からずいと詰め寄って来たのは──
「申し遅れました、ララ様。私はミーナ・ド・ギュイ。クロード様親衛隊の隊長でございますわ!」
ギュイ伯爵家夫人、ミーナその人だったのだ。金髪のロールしたくせ毛髪をたなびかせ、ファーつきの派手な扇子を持っている。
これが、親衛隊長──ララはごくりと息を呑んだ。
「そして、ここに集っていらっしゃるのが、クロード様の親衛隊の皆様ですの」
自ら親衛隊を名乗る娘たちはなるほど、確かにそこらへんの令嬢とは面構えが違う。彼女たちの目からは、婚約者や夫がいようと道の真ん中で「クロード様が好き!!」と叫ぶのも厭わないという、それこそ騎士道を行くような気骨──もののふの魂が感じられた。
「こ、こんにちは……親衛隊の皆様。私はララと言います。皆様にお会い出来て光栄です」
ララは汗をかきながらも、笑顔でそう言った。婚約者や夫のファンだと言われるのは、意外と悪い気がしない。
ミーナは「ふっ」と目を伏せて笑って見せた。
「さすがはクロード様の婚約者……まるで動じませんのね」
「えーっと……動じています。でも、皆様が彼を好きと言って下さるのが、嬉しいんです」
親衛隊一同はざわついた。
田舎娘の謎の自信と根性の輝きに目をやられたのか皆眩し気に目を細め、襲い来る眩暈に耐えている。
「……やはり我々のクロード様が選ぶ女性は……一味違いましたわね。何にも怯えることのない、ド根性系令嬢でしたわ」
場はざわめきながらも、どこかララに好意的だ。
なぜなら……
「では、質問タイムと参りましょう」
ララの登場により、ファンが更に〝推し〟の裏側を知れるチャンスが増えたからだ。ミーナはパチンと扇子を閉じ、その音を合図に令嬢たちは一斉に席に着いた。
「皆様、先程配った整理券の順に、質問をお願い致します」
ララは首をひねった。
「えっ。待って下さい、これは本当にお茶会──」
「ではリディア様、どうぞ」
言われたリディアは立ち上がって質問した。
「クロード様とのなれそめを教えてください」
場が、興奮に包まれる。いきなり本題に突入だ。きっと彼のファンなら誰もが聞きたがっていることに違いない。
「ララ様、どうぞ」
「えっ!?」
「教えられる範囲で結構でございます。足りない分はこちらが脳内で勝手に補完致しますので」
「そうですか。えーっと……ブノワ家から、婚約の打診をいただきまして」
「……よくある流れですわね」
「最初は断ったんですけど」
「!!」
全員の口が、声なく驚嘆した。ララはどきどきしながら続ける。
「でも、クロードが我が家に来て」
「そ、それから……?」
「あちらも婚約破棄する気だったようなんですけど」
「……」
「でも……彼は私を実際に見たら、気が変わったらしくて」
「!」
「やっぱり婚約したいっていうことになりまして」
「!」
「でも、私は土地を離れられないからお断りして」
「!?」
「けれどやっぱりお互い好きだっていうことになって、じゃあ家を時期ごとに往復したらいいのでは、という結論に至り」
「!」
「婚約の運びとなりました」
ララが何か話すたびに大仰なリアクションがあるので、彼女はここまで話すだけでもかなり緊張した。
何人かはメモを取り、何人かはララをじっくり観察し、一名は気絶して使用人に運び出されて行った。
「素晴らしい……話題に事欠かない内容だわ。しかも、情報に余白が多すぎて想像の余地発生しまくりですわね」
ミーナは自らに扇子を向け、上気した顔をハタハタと仰いだ。それから、再び場を回し始める。
「では、次の方質問どうぞ」
「あのー、そろそろお茶を飲んでいいですか?」
「うふふ、いいですのよ。ララ様はご自由になさっていらして?」
ララはお茶を飲みながら、貴族のお茶会は不可思議なものだと思った。
ララの目の前の皿には話の対価のように、次々高級なフルーツが盛られて行く。
次は、ララから見たクロードの一日の動きを根掘り葉掘りされる。
部屋の隅で佇むリエッタが、そんなララを見つめ、例のごとく呟いた。
「……王都の人間は、どいつもこいつもヤベーな。マジ無理」