表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/65

30.父との約束

 ブノワ邸に帰るとクロードは父の書斎へ赴き、早速一連の出来事をモルガンに報告した。


 モルガンは険しい表情でそれを聞いている。


「……すると、クロードはベラージュ村へ行くということか?」

「……はい」


 すると、モルガンはこれ見よがしに深い深いため息を吐いた。


「……してやられたな、ヤンとララに」


 クロードは思いがけぬ反応が返って来て、ぽかんと父を眺める。


「どういう意味です?」

「ふん。どうもこうも……跡取りを取られるということだよ」

「……!」

「お前のことを考えて組んだ縁談だったが……このような結果になるなら、間違いだったようだな」

「父上……」

「私がこの家を存続させるためにどんなに自分を犠牲にして来たか……農民はまだいいとして、陛下もお前も、分からなかったわけだ」


 クロードは、静かに父と対峙する。


 彼は実の父親ではない。


 育ててもらったことには感謝しているし、だからこその遠慮がある。しかし──


「父上こそ、お分かりになっていない」


 クロードは迷いを振り切るように反論した。モルガンは息子の変化を察し、少し怯えるように顔を上げる。


「私は家を存続させる道具ではない。あなたもその役割を嫌がっていたように、私も家の犠牲にはなりたくないのです」


 モルガンは歯ぎしりしたが、その言葉を噛みしめ、落胆するように項垂れた。そしてあえてこう吐き捨てる。


「では、こう言えばどうだ?家がなければ……爵位がなければ……お前にはどのような価値がある?」


 クロードは少しひるんだが、静かに父の言い分を聞く。


「お前は何も分かっていないんだ。お前が騎士になれたのも、好きな女と結婚出来るのも、その地位があったからだ。お前たちの地位を守るために、私たちは自己を犠牲にして来たのだ。その恩をお前は踏みにじっている。親不孝だとは思わないのか?」


 モルガンは怒りに唇を震わせている。クロードは、あえて平静を保ってこう言って見せた。


「大袈裟ですよ、父上。住む場所が変わるだけです」

「クロード……」

「ところで父上。兄上にも以前、きっと同じことをおっしゃったんですよね」


 図星だったらしく、モルガンは黙った。


「なら、こちらもあえてこう言わせてもらいます。父上、あなたも私や兄と同じことを考えている──我々親不孝者と、同じことを」


 モルガンは青ざめた。


「やめろ、クロード……」

「姉上も、そうかもしれませんが」

「やめてくれ……」

「皆、耐えられなくなって来ているんです。あなたの言う、地位を守ることに。それはなぜだと思いますか」


 モルガンは黙っている。


「みんな、家より大事なものがあるからです」


 クロードは、なるべく無感情にそう言った。


「そしてあなたも……それを分かっている」


 モルガンは怒りを抑えるように黙っている……


 クロードはそれを見下ろし、父を哀れに思って取りなした。


「……そんなに落ち込まないでください父上。私は別に、この家を捨てるわけではありません。……少しの間だけ、あちらの村に行くだけですから」


 モルガンは、ようやく望む言葉が息子から降って来て顔を上げた。


「……ほ、本当か?」

「ですから、ララさんとの婚約を許してほしいのです」


 途端にモルガンの顔が曇った。


「ふん……そればっかりだなお前は。いいだろう、元はと言えば私が蒔いた種なのだ……婚約は許してやる。ただし、条件がある」

「……何でしょう」

「私が生きている間に、お前は必ずこの家に戻れ。そしてララとその子どもと、必ずここに住むこと」

「父上……」

「でなければ、私が私の人生を投げた意味がなくなる。私はこのブノワ家のために、自分の人生を諦めなければならなかった。そうまでして守ったものを、お前たちの気分で放り投げられたら困るのだ」


 ずしりとクロードの心に、重しがのしかかる。


 モルガンは家の存続のために、自分の人生を得られなかったのだ。


 自分の妻も、自分の子も、職業も、何も選べなかったのだ。


 そして今、そうまでして守ろうとしたものの何もかもが、努力の甲斐虚しくその手から零れ落ちようとしている──


 そこまで父を追い詰めるのは、本意ではない。


「分かりました」


 クロードは父を憐れみ、その要望に応えることにした。


「必ずブノワ家を存続させます。いつか、必ず家に帰って来ます。ですから……ララさんと結婚させて下さい。お願いします」


 モルガンは注意深く、息子の顔を観察した。長兄との関係で一度失敗している以上、更に強く出ることは出来ない様子だ。


 モルガンは自らを制し、納得させるように頷いた。


「……本当だな?」

「はい」

「それならば、まあ……やぶさかではない。であれば、やはりララには貴族の振る舞いを学んでもらう必要がある」

「はい」

「そして、彼女にはブノワ家に入って貰う。それが最低条件だ。あと彼女の財産である畑だが……婚姻によりどうすべきなのか議論しよう」


 話が動き出し、クロードはほっとする。


 彼は、父の一番大事なものまでは取り上げられなかった。


 考えてみれば、父の言う通りである。父が守った地位があったから、この家の者は皆、好き勝手に動けているのだ。クロードはそれを軽んじたり、無視したりするようなことはしたくなかった。


 血が繋がらないからこそ、その苦労は計り知れないと思う。血の繋がりがないのに育ててくれた父の恩に、これから報いねばならないだろう。


(……ララさんとも、今後のことを話し合わなければ)


 クロードは話し合いを終えて書斎を出ると、執事の部屋へと向かった。


「ちょっといいか?……宝石商を呼んでもらいたいのだが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農業令嬢は氷の騎士様を溶かしたい。好評発売中!
i684843
― 新着の感想 ―
[一言] こういう問題は、現代日本でもよくありますよね( ˘ω˘ ) それでよく泥沼になるw
[一言] ララにも領地は有りますからねぇ… どーすんでしょ。
[一言] モルガンが自身の子を作れなかったのか、作ることを 妻から拒否されたかはわかりませんが、自分自身を 捻じ曲げるつもりで生きてきたのをなかったことされるのは 耐えられなかったんでしょうね。 家…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ