29.後方支援隊任命
あれから一週間後。
王宮で会議が招集された。
ヤンとララとクロード、それから今回はエルネストが加わり、会議の席に着く。
「後方支援隊本部をどこに置くか、だが……」
オレール三世は議長席でそう宣言すると、宰相らと共にベラージュ村の地図と地域資料を広げた。
「この旧マドレーン邸は競売に出されているのか。しかもずいぶんと破格だな」
「現マドレーン様は相続を放棄されたそうです」
「そういうわけか……ではこの邸宅を隊の詰め所にしよう。しかし、かなり広い屋敷だな……かつてはこの男爵家も、栄華を誇った時代があったのだろう」
王から、並々ならぬ熱意が感じられる。クロードはじっとそれを眺め、オレール三世がここまで兵糧に熱を上げるのは、見えない物資がかなりパンプロナ公国から敵国へ流れている情報があるのだろうと察した。
オレール三世はヤンに尋ねた。
「こちらに貸し出せる土地はどれだ?」
「マドレーン邸の前だ。詰め所に近くていいだろう」
「いい地質か?」
「今は干上がっているが、かつてあの辺りは湿地だったから地質はいい方だ。雑草も毎年わんさか生えて来る。だから、しばらくは雑草との戦いになるかもな」
「……雑草が茂るなら、いい土地だ」
オレール三世は顔を上げた。
「では、クロードをここに配備しよう」
クロードは目を見開く。
ついに、物事が動き出したのだ。
「……はい」
「近衛兵の任は、本日付で王の名において解く。クロードは後方支援隊に配備が決定した。クロードよ、まずは現地視察の上、村の状況を報告せよ。地理を把握し屋敷の面積を測り、村に現在ある余剰の保存食の量を確認せよ。その状況を鑑みた上で、今後村で消費が予想される物資と資材の発注を行う」
まずは現地視察だ。村の地理を把握し、マドレーン邸の内部も探っておく必要があるだろう。
「……仰せの通りに」
そう言ってから、エルネストがどこか寂し気にクロードを眺める。クロードは努めて前向きな表情を作り、彼に笑って見せた。
氷の騎士は、新たな任務に就く。
婚約者のいる土地で。
(後方支援隊か……)
今まで前線か王宮でしか活動していなかったので、後方支援の経験は初めてだ。
貴族の騎士は、騎士見習いを経て主に戦場で活躍する。他方、後方支援は貴族でない者も多く、目立たない存在だ。しかし彼らが影ながら奮闘していることはクロードも知っていた。兵糧番は食料の管理、武器運搬は武器の用意、衛生兵は兵士の衛生状態を保つ任務がそれぞれあった。これを統合して更に大きくするという王の判断は、今後の戦い方を変えるという宣言でもあった。
かつては戦闘と言えば「兵力」「攻撃力」を指していたが、現在は「補給力」「経済力」にシフトしていることも、クロードは戦闘中、肌感覚で何となく感じていた。
(後方支援隊を強くすれば、国が救える……)
クロードはもう、騎士の形態にこだわらなくなっていた。王妃に振り回され、今までの努力が報われていないと思う時もあったが、己を顧みず尽くしてくれたララに会って彼は変わった。
本当に大切なものに出会ったら、どんなに泥臭いことでもやれる。自分の姿形にまるでこだわらなくなったようなのだ。
一方、ララはそんなすっきりした顔の彼を、どこか心配そうに眺めている。
会議はこれを以て一度解散し、ララは再びクロードに寄り添って歩き出した。そして開口ひと言、
「……大丈夫?」
と尋ねる。クロードは目を瞬かせた。
「……どういう意味?」
「だって後方支援っていうことは、クロードは〝騎士〟でなくなるんでしょう?」
それを聞いてクロードは笑った。
「後方支援も、騎士に与えられる重要な任務のひとつだ」
「そうなの?」
「騎馬隊よりは地味かもしれないけど──国や土地を守ることにかけては、どちらも役割は同じだよ」
王宮を出ると、エルネストが二人に向かい合った。
「……どうやら私が君の直属の上司でいるのは、今日で最後のようだね」
クロードは呆気に取られたが、微笑んで首を横に振った。
「そうかもしれませんが……私はいつだって、あなたの教え子です」
「今度からは、君の世話になるんだろう」
「そうですね……後方から騎馬隊を支援させていただきます」
クロードがそう言うと、エルネストが手袋を外し、手を差し出して来る。
二人は固く握手した。
「その内、私もベラージュ村にお邪魔させてもらうよ」
「待っています、エルネスト殿」
クロードはその手の温もりを手放し、ララに手を伸ばす。
ララはどこか神妙な顔をして、彼の手を取った。
クロードはその手を繋ぐと、じっと彼女の薬指を眺める。
「……どうかしたの?」
「……いや」
恋に浮ついていた気持ちは徐々に固まって重みを増して行き、クロードの腹の中にずしんと落ちて行く。
(これから……ララたちと、新しい土地で、新しい生活を始める)
小さな覚悟が、彼女との手の中に満ちて行く。
ブノワ家の馬車は、王宮から街中へと戻って行った。